調剤の基本は愛情です
第二階層、癒しの泉の洞窟にて
ダンジョン防衛戦になれば、回復の為の主戦力になる癒しの泉であったが、平穏な時は、たまに昼寝と水浴びにモフモフ達がやって来るぐらいで、ほとんど使われる事はない。
それでもポチが居候していた頃は、日参するケモナーがいたが、今は閑散としていて、ハーブ畑で居眠りしているフェアリードラゴンのラムダが居るだけであった。
そんな不思議生物の安眠を邪魔しないように、そっと足音を忍ばせながら部屋に入って来た一団があった。ナーガ族の見習い薬師のタラとミラを案内する、妹弟子のヘラである。もちろん彼女には護衛としてグドンが付き従っており、さらにユニコーンのニコが寄り添っている。
「ここが、回復の泉と薬しょうの畑がある洞窟でしゅ」
「へえ、思ったより大きいのね・・」
「こんなに薬草が集まっているなんて、ダンジョンて不思議な場所よね・・」
ヘラが指差した泉とハーブ畑を、二人は興味深げに眺めていた。
「それで、あのフェアリードラゴンに似ているのも、ここの住人?」
タラが、安眠のハーブ畑で、花々の上で横たわっているラムダを指して尋ねた。
「しょうでしゅ、ゲシュトしぇい霊のラムダでしゅ」
自分の名前が呼ばれた事で、気がついたのか、ラムダはゆっくりと空中で1回転すると、逆さまになりながら、どこかに飛んでいった・・・
「もしかして、ここが不思議なだけなのかしら・・」
ミラの呟きに、ヘラとグドンは静かに頷いた。
「でしゅね」
「だと思うだ」
ニコは我関せずとばかりに、薬草を食んでいた・・・
彼等の目的は、薬草からヒーリングポーションと解毒薬を作ることであった。
癒しの泉の水は、1日に一度しか効果が無いし、容器に汲んで持ち運べば、直に効果を失ってしまう。
ヒーリングポーションに変えて置けば、そのデメリットが無くなるのだ。
さらに、毒消しのポーションは、先のレッドバックウィドウ戦において、その重要性が再認識されたこともあって、マスターから優先して調剤して欲しいと要請されていた。
「なぜ摘んだ薬草が翌日には生え変わっているのか謎ですが、遠くまで採集しに行かなくて済むのはありがたいですね」
効果の高そうな新芽を摘みながら、タラが呟いた。
「癒しの泉も、それ自体の魔力は薄れるとしても、調剤に使う水としては最適ですからね。きっと美味しいポーションが出来ることでしょう」
ミラが妙な事を言った。
「ミラお姉しゃま、味は関係しゅるんでしゅか?」
「しますよ、美味しく出来たポーションは、効果が高いんです」
「しょうだったんでしゅか・・」
しかし、その後ろではタラが、ナイナイと手を顔の前で振っていた。
「あうう」
どちらを信用すべきか困惑するヘラであった・・・
ニコは、食べるだけ食べて満足したのか、泉の水をごくごくと飲むと、ヘラの側で眠ってしまった。
「これだけ摘めば十分でしょう」
3人は草で編んだ籠に、3杯分の薬草を摘むと、泉の水を満杯にした大瓶をグドンに背負ってもらって、洞窟を出ることにした。
「それでどこで調剤をするのですか?」
ミラの問いに少し悩むヘラであった。
「しょうでしゅね・・治療室でも構わないんでしゅが、どうしぇなら、あの大釜を使った方が良いかもでしゅ・・」
「大釜?」
「はい、フィッシュボーンにある魔女の大釜でしゅ」
ヘラは気安く提案したが、それからが大変だった。
通常は、地下水路を辿って行き来するフィッシュボーンであるが、今は薬草を抱えているのだ。地上を行くしかないが、それでは護衛がグドンだけだと許可が出なかった。
急遽、影狼チーム3頭が派遣されて、偵察と警護を担当することに決まった。
「チョビ達も疲れているのにゴメンでしゅ・・」
「「「バウバウ」」」
謝るヘラに、気にするなと答える影狼チームであった。
この付近では、チョビ達の気配がしただけで、大半の動物は逃げ出してしまうようになっていた。オークの丘から三日月湖に掛けては、流れの羆でも出ない限り安全である。
ゴブリンやオークなどの亜人達も、この領域には足を踏み込まなくなっていた。彼らにとって、不吉な丘として認識されたのである。
ただし、フロストリザードマン達は、逆に良く見かけるようになった。オークの丘の主が、穏健派のダンジョンマスターで、元「下弦の弓月」のハクジャのパトロンだと知れ渡った為である。
今も5・6人の集団が、どこかに狩りに行くのか、横切っていく途中で、手を挙げて挨拶をしていった。
グドンも手を挙げて応えたが、ヘラは両手が塞がっているので頭を下げるだけに留めた。
「リザードマンとは友好的なのね」
その様子を見たタラが尋ねた。
「しょうでしゅね・・ハクジャしゃんがこの地域の長老会に加われたしょうでしゅ。なので加盟クラン扱いみたいでしゅよ」
「そうなんだ、この湖沼地域に広い勢力を持つ、リザードマンと友好的なら安心ね・・」
「敵対しぃていたクランもあったのでしゅが、滅びましゅた・・」
「「滅んだんだ・・」」
ヘラは、自滅したというニュアンスを込めたかったようなのだが、姉弟子二人は素直に、ダンジョンマスターの怒りに触れたのだと解釈した・・・
やがて、三日月湖が見えてくると、フィッシュボーンへ向かっている別の集団が目に入った。
どうやら、南のドワーフ移住村からやって来た特使らしい。
ヘラ達は、特に気にせず近づいていったが、ニコだけは、見知らぬ集団に警戒したのか、一足先にフィッシュボーンに逃げ込んだ。
するとしばらくして向こうも気がついたのか、声を掛けて来た。
「やあ、確か君はハクジャと同じ眷属の・・ヘラさんだったかな」
ヘラは遠くから一度見た事がある相手だと気がついた。
「えっと、リュウジャさん・・でしゅたよね?」
「そう、丁度良かった、『不凍湖の竜』のリュウジャが訪ねてきたと伝えてくれないか」
「御用件はなんでしゅか?」
「酒を都合して欲しいという相談でね」
「「「ああ、なるほど」」」
それを聞いた全員が、何が起きたかを悟って、納得した・・・




