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ダンジョンマスターは眠れない  作者: えるだー
第1章 サバイバル編
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女神の福音

 2枚目の柵が叩き壊された衝撃で、槍で突こうと待機していたアズサとアサマが残骸をくらって吹き飛ばされた。

 「この野郎っす!」

 怒りに我を忘れたワタリが、指示を無視して羆に槍を投げつけた。だが渾身の一投も分厚い毛皮に阻まれてかすり傷しか与えられない。

 「き、効かないっす」

 愕然とするワタリに、灰色羆は必殺の前肢振り降ろしを加えようと1歩前に進む・・・

 「い、今のは冗談っすから・・・」

 後ずさるワタリを追い詰める羆。

 カチッ カパッ 「ガアアア」 ドズサッ ツプツプツプ

 落とし穴が発動して、羆の巨体はもんどりうって深い穴底に落下していった。


 「やったすか」

 こわごわ穴を覗き込むワタリの目には、必殺の槍衾の上を平気で歩く羆の姿だった。

 「ダメか、6mの落下による追加ダメージ付の槍衾でほとんど傷つけられないなんて。これだと他の罠だとまったくの無傷だね」

 「そんな、どうするっすか」

 「とにかく奴が穴から出てこないうちに2人を連れてコアルームに退避して」

 「穴底にいるなら上から槍を投げ続けるのはどうっすか?」

 「奴は登攀技能持ちだよ、すぐに這い上がってくる」

 「ひえええ」

 

 倒れた2人をワタリが補助して、コマンド部隊が退避してくるのと、羆が深い穴から這い上がってくるのは同時だった。

 目の前にいた亜人の後を臭いで追跡しようとする羆は、途中でいくつもの罠を発動させるが、それらをことごとく無傷で乗り越えていく。


 「やっぱりダメだね。普通の落とし穴はサイズが大きくて嵌らないし、槍衾は直撃しても知らん顔だ」


 奴は既にコアルームのすぐ前に来ている。この扉が開いた時が最後のチャンスだ。槍を構えたアップルチームとコマンドチームが固唾を呑んで待ち構えている・・・


 ドギャン

 木の扉がものすごい勢いで開いて、壁にぶつかって壊れた。トンネルから奴がゆっくりと姿を現し始めたそのとき。

 カチッ ガラガラガラ  ズシャーーン

 重い地響きを轟かせて、天井から鉄格子が奴の鼻先に落下して、トンネルを塞いだ。

 「今だ!」 「ん!」 「「「ギャギャギャ!」」」 

 6本の槍が、鉄格子の隙間から羆に突き刺さった。


 「ギャギャ(浅い)!」

 正面から突き入れた槍は、確かに羆に手傷を負わせたが、とうてい致命傷にはなり得ない。

 そして手負いになった羆は怒りの咆哮をあげた。

 「ガルルルアオオオオン!!」

 「うわ」「ぴょ」 「キャイン」 「・・・」「・・・」「・・・」


 ランク7魔獣のハウリングは、恐怖耐性を持たない全てのメンバーを絶望で硬直化させてしまった。

 動けるのは僕と、コアとケン、リュウ、ガイだけだ・・・

 「こんなのアリかよ!」 「ぴょ」

 ケン達は鉄格子の向こうの羆にさかんに吠え立てるが、間に格子があるので攻撃はできない。攻撃したとしても反撃で、一撃で命を狩られてしまうだろうから、できなくて良かったんだけど。

 羆も狭いトンネルの途中では力を出し切れずに鉄の格子は壊せないようだ。

 「ケン、今のうちに皆をダンジョンの外へ引っ張り出して。急いで!」 「ん!」「バウ」


 指示をうけた3頭が、硬直化したワタリ達の足を加えて引きずっていく。あとであちこち擦り傷だらけになるだろうけど、許してもらおう。今は命大事にだ。


 「コア、親方達にも退避を指示して」 「ん・・・ん?」

 「え?やんまー一家が揃って死んだまねしてる?親方に起こしてもらって」 「ん・・・ぺし」

 どうやら親方がぺしぺししてやんまー達をおこしているらしい。羆はまずこっちを襲うだろうから親方達はゆっくりでも脱出は間に合うはずだ。

 

 ケン達は正面通路で硬直化している五郎〇達を先に引きずり出すことにしたらしい。通れないからね。

 

 その時、聞きたくなかった音が響いてきた。

 ギシ、ギシ、ギシ

 鉄格子がゆっくり持ち上げられている・・・


 壊せないと判断した羆が、窮屈な体勢から両前肢で鉄格子を上に持ち上げている。

 「うそだろ、そんな知恵があるのかよ!」


 「ガアーーー」

 気合とともに羆は鉄格子を天井へと押し戻してしまった。そして・・・


 カチッ ガラガラガラ ズシャーーン

 再使用時間を過ぎていたので、再び鉄格子が落下した。


 「・・・」「・・・」

 鉄格子越しに見つめあう僕らと羆の間に、気まずい雰囲気が流れていった・・・


 「ガアーーー」

 なにごともなかったように再び鉄格子リフティングに挑戦する羆。

 我に返って、硬直したメンバーを急いで引っ張り出すケン達と僕。この頃にはアップルが硬直が解けて、搬送を手伝ってくれていた。


 羆が再び鉄格子を天井に押し戻す前に、なんとかコアルームにいたメンバー全員を正面通路から外に運び出すことに成功した。正面通路は拡張してないから高さが90cmしかないから、奴は通れないはずだ。僕らがここから離れれば、いつかはあきらめてねぐらにもどるだろう。


 でもコアは通路のギリギリに留まって、親方達に指示を出し続けている。

 いや、もう指示はいらないはずだ。コアはダンジョンから出たくないだけなんだろう。

 たぶんコアがダンジョンの外にでればリンクが切れる。そうなれば眷属の皆はバラバラになってしまうし、もしまたここを取り戻してコアルームに接続しても、元通りになるかどうかはわからない。

 ここは僕らの初めてのダンジョンだったから・・・

 「コア」   「・・・・・・ん」

 返事はあったけど、コアは動かない。

 抱えようとした時、信じられないものが見えた。

 奴が、正面通路を無理やり抜けてこようとしている。


 熊は冬眠するとき、大きな穴を掘ってそこで越冬するが、その寝床の入り口は想像するよりずっと狭いという。外気をできるだけ遮断する為だろうが、その巨体を器用に縮めて穴に潜り込むらしい。

 羆も熊である以上、冬眠もするし、穴も掘る、そして狭いところにも潜り込める。


 「それでも限度ってものがあるだろう!」


 さすがに窮屈なのか前肢で壁を削りつつ、徐々に前進してきている。奴が通路を抜けてしまえば、この広い場所で襲われた僕らに勝ち目は無い。ハウリングに抵抗できないメンバーは虐殺される未来しか残されていない・・・

 今ならケン達は攻撃できる。でもその攻撃が通用しないんだ。五郎〇達は、硬直は解けたけど向かって行ける状態じゃないし。

 躊躇している間にも奴はズリズリと進み続ける・・・

 どうする、どうする、せめて奴の気を少しの間でもそらせれば・・・・


 その時、どこかで女神の福音が聞こえた気がした。

 クワアーーン

 その鐘の音は通路から響いてきた。

 「あ、金盥か」

 正面通路に仕掛けた罠が発動して、羆の頭に金盥が落ちたらしい。狭い通路なので落下速度もつかず、ただ当たっただけだが、羆は攻撃されたと勘違いしたみたいだ。

 目の前に落ちた金盥に思いっきり噛み付いたが、その反動で盥が頭にかぶさってきた。振りほどこうとするが、牙が薄い盥を貫通していて取れない。

 前を塞がれた羆が苛立ちの唸り声をあげる。


 「今だ!、動けるメンバーは全員で通路の天井をくずして埋めて!」 「ん!」

 僕も軍曹で掘ろうと思ったけど、アップルに渡した。そのほうが効率いいからね。

 「コア、やんまー・こまつ組にコアルーム側から同じことさせて!」 「ん!!」

 コアの指示でやんまー一家が連なって巣穴からコアルームに到着する。


 「やんまー、いまこそ縦回転だ!」 「ん!」 「ギュギュ!」

 一家は通路にとりつくと、縦回転で、壁といわず天井といわず掘り返して崩していく。

 「いや、それ、そういう技じゃなかったっすよね?」


 あっというまに通路の前後が埋め立てられた。

 「でも、あのパワーだとこんな土壁すぐに突破されないっすか?」

 「いいんだ、これは奴を閉じ込めるためじゃない」

 「へっ?」

 「コア、正面通路の室温を限界まで上昇!」 「ん!」

 「蒸し焼きにできるほど熱くなるっすか?」

 「いや気温35度ぐらいが限界だね」

 「それじゃあ・・・」

 「コア、正面通路の気圧を限界まで下げて!」 「ん!」

 「耳鳴り攻撃っすか?」

 「いや、酸素欠乏症さ」


 天井を崩して埋めたのは空気の出入りを無くす為だ。気温が上昇すれば体温を下げるために呼吸数があがる。気圧がさがると酸素濃度もさがるからね。あの巨体なら通路内の酸素をあっというまに消費するはず。


 5分が過ぎても奴はでてこなかった。

 「やったすかね?」

 「それフラグなんだけど」

 「でももう死んだでしょう?」

 「コア、奴の生体反応は?」  「んーーーー?」

 「微妙なのか、冬眠するタイプは仮死状態になるからなー。いいよ吸収できるまで待とう」

 「鬼っすね」

 「褒め言葉だよね」


 さらに5分後、コアが奴を吸収した。


 僕らは護りきった。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつもどおりのギャグとほのぼのがあっても壊れない緊迫感に、バランスが絶妙だな、と思いました。 むしろ、危機的状況でほのぼのされるから余計に焦るんですかね? 「かわいい……けど、そんな場合じ…
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