まずは施工主の要望を聞いてから
死神長屋の朝は早い。
ぼて振りの浅間は、日が昇る前には、仕入れに出かけているし、大工の信濃は、天気が良ければ遠くの普請場まで足を運ぶ為に、暗いうちに長屋を出ていた。
髪結いの梓は、早朝に湯屋に来る客の為に、身支度を終えて家から出てきた所である。
「ギャギャ(おや、傘張りの旦那はまだ寝ているのかい?)」
一軒だけ、住人が起きていなさそうな家があった。
傘張りを内職にしている浪人、渡里雪乃丞だけは、放っておくと、昼過ぎまで寝ているのが常であった。
「ギャギャ(旦那、もう朝ですよ、起きてくださいよ)」
梓が外から声を掛けるが、一行に返事が無い。彼女はあきらめて仕事場へと向かうのであった。
やがて昼過ぎになると、寝ぼけ眼の浪人が、伸び放題の髪をボリボリ掻きながら、長屋から出てきた。
井戸端に行くと、釣瓶で水を汲み上げて、盥に移す・・
「ういーー、冷たいっす」
二日酔いの顔を、冷たい井戸水で洗って、さっぱりした浪人は、日課の掃除に取り掛かった。
長屋の突き当りには、小さな御社が祀られていて、長屋の住人が交代で、掃除やお榊の取替えをしているのだった。そして他の者が、外に働きに出ている以上、その役目は渡里に回ってくることが多いのである。
「これも、拙者のお役にござるっすよ」
そう呟きながら、御社の小さな扉を開いた。
中には、小動物を象った小さな石像と、お神酒、お榊を供える器が並んでいる。
お神酒の杯には、井戸水を、お榊立てには、野草を供えて拍手を打つ・・
「大江戸大明神様、今日も長屋の住人が息災で過ごせるようにお守りくだされっす・・」
渡里は、ハリモグラを象った神像に、無病息災を祈った。
掃除を終えて、扉を閉めようとした渡里の目に、石像の背後に隠された、和紙に包まれた何かが映った。 そっと手にとって、袖口に落しこむと、何食わぬ顔で扉を閉めた。
だが、自分の家に戻って、その包みを開いた渡里の顔には、別人の様な険しさが浮かんでいた・・
その夜、他の住人が寝静まった頃に、渡里の家に集まる4人の姿があった。
「ギャギャ(今度の依頼人は誰なんですか?)」
「依頼人は魚骨長屋の住人で、まだ5歳だそうっす」
「ギャギャ(そんな子供が、仕置き人に頼みごととは、よっぽど思いつめたんだな・・)」
「なんでも、母親が借金の形に無理矢理連れていかれて、賭場で酌婦として働かされているらしいっす」
「ギャギャ(で、その悪の元締めの名前は?)」
「冥途の加持屋の異名を持つ、女親分っすね・・」
「ギャギャ(おいおい、大看板じゃねえか、迂闊に手を出したら、返り討ちに合いかねないぜ)」
「ギャギャ(それで報酬は?・・)」
「今回は、依頼人が子供なので、包まれていたのは、蟋蟀が5匹っす・・」
4人の間に沈黙が流れた・・
子供としては精一杯の報酬なのだろうが、何十人もの手下を抱える、大親分を相手にするには安すぎた・・
「キュキュ」
そこに、いつの間にか姿を現した、頭巾を被ったハリモグラが立っていた。
「ギャギャ(御前、いつの間に?!)」
「キュキュキュ」
「ギャギャ(この仕置き、受けろとおっしゃるのですね・・)」
「キュ」
そう言って、正体を隠したハリモグラは、懐に蟋蟀を仕舞うと帰っていった。
後には、4つのリンゴが残されていた。
「ギャギャ(へへっ、御前も粋なことをなさる)」
浅間がリンゴを一つ掴み取った。
「ギャギャ(オイラは蟋蟀でも受けてたけどな)」
信濃もリンゴを一つ掴んだ。
「ギャギャ(なら、それは置いていっても良いんですよ)」
梓は、自分用に一つ掴むと、最後の一つを手ぬぐいで磨いて、渡里に手渡した。
渡里はリンゴを受け取ると、一口齧ってから宣言した。
「闇の仕置き人が、この仕事、請け負ったっす・・・ゲハッ!」
そして血を吐いて倒れた・・・
その後、毒殺の犯人を巡って疑心暗鬼に陥った仕置き人は、人知れず、解散したという・・・
-- 完 ーー
「というコンセプトで、長屋を造りたいっす・・」
延々と喋っていたワタリの妄想を聞き終えて、僕らは、ぐったりしていた。
「突っ込みたい所が山盛りなんだけど、まずは、これ、ゴブリン長屋の設計の話だよね?」
「そうっすね」
「なんで時代劇風なの?」
「長屋のイメージを表すには、これっす」
それにしては、要らない要素が多すぎだよね・・
「私からも一つ宜しいでしょうか?なぜ私の配役が悪の元締めなのですか?」
「やっぱり賭場と言えばカジャの姐御っすよ」
「リザードマンの女性から、扱いについてクレームが来そうなのですが・・」
貸しを作って、メイドに引き込むとか、微妙に有り得そうなのが、怖いよね・・
「ご主人様、何か仰りたいことでも?」
「いえ、何も」
『がくぶる』
「ギャギャ(ワタリさんを殺したのは誰なんでしょうか・・)」
ああ、浪人の毒殺犯ね・・なぜ必殺仕置き人が毒殺されるのかも良くわからないけどね・・
「ギャギャ(実は御前が、証拠隠滅の為に・・)」
「ギャギャ(そもそも依頼の子供が仕組んだのかも・・)」
「リンゴを噛んだら、口から血を流すのがお約束っすよね」
それは歯茎だね・・
「ギャギャ(やはり殺人現場には、歯形のついたリンゴが残されているんですね・・)」
それだと、名探偵が登場しちゃうね・・
「そもそも長屋の配置には、リンゴや蟋蟀は関係ないと思われますが?」
カジャがバッサリ切り捨てた。
「えっと、井戸のある細い通路の両脇に、向かい合って数軒の部屋があれば良いのかな?あと、突き当たりに御社も必要なのかな?」
「あると良いっすね。普通は狐を祀っているらしいっすけど、うちはハリモグラで」
大江戸大明神って、実在しそうで怖いんですけど、大丈夫なんだろうか・・
「キュキュ」
『かしこみ~』




