心の奥に刺さった骨
投稿が遅くなりました。申し訳ございませんでした。
第4階層のドワーフ居住区では、歓迎会と顔見せを兼ねた宴会が開かれていた。
とはいえ、荷解きを女性陣に任せて、男共が勝手に始めた酒飲み会の延長ではあったので、その様子は正に混沌と言う他なかった・・
「ガハハハ、酒が美味いのう」
「そうじゃのう、キャラバンで逃げ回っていた時は、まったく飲めんかったからのう」
「そうそう、生き延びて、こうやって酒が飲めるだけで幸せじゃわい、ガハハハ」
「おう、ワタリもこっち来て、飲めや。お前さんには、えらく世話になったなあ」
「ういっす、いただくっす」
「おお、いい飲みっぷりじゃあ、それでこそワタリだぜ」
「意味わからないっすよ」
「すげえってことだよ、ワハハハ」
「あたしの名前はギンだ、皆からはギン婆とか、おギンとか呼ばれてるよ。5号車の班長をやっていたけど、今度から、ここに厄介になることに決めたので、よろしく頼む。あたしと他の4人が、縫製担当で、大抵の事は出来るから、布と革なら任せておくれ」
「この酒は・・澄み切った喉越しに、仄かに香る果物の風味・・すげえ、こんな酒を造れる奴が、ここにいるのか・・」
「兄貴、負けちゃいらねれえぜ。酒造りで後れを取ったらドワーフの名折れだぜ」
「馬鹿野郎、杜氏に種族は関係ねえんだよ。どれだけ美味い酒が造れるかが大事なんだ」
「モフモフだー、モフモフだー」
「キュキュ?」
「こらこら、走り回ったらお皿の料理を溢すでしょ。静かに食べなさい」
「「はーい」」
「キュキュー」
そんな喧騒の中で、静かに酒を飲んでいる一団があった。
「流石にドワーフだ、お酒は底無しだね」
「まあ、逆に酒さえあれば殆どの奴等は、文句を言わないからのう・・」
僕とアイアン爺さんは、カジャにお酌してもらいながら、宴会を眺めていた。
アイアン爺さんは、ダンジョン特製のブランデーを、僕はドワーフ製の火酒を水と氷で薄めたものを飲んでいる。氷は、アイスドレイクがブレスで凍らせてくれた特製だ。
「このブランデーとかいう酒は、香りが強いのに口当たりが柔らかくて、美味いのう」
「うちの自慢のお酒だからね。でもドワーフには少し物足りないかと思ってたけど?」
「いやいや、若い者はとにかく強い酒を好むが、ワシらぐらいの歳になると、美味い酒を好むようになるんじゃよ」
「なるほどね、舌も熟成してくるわけだ」
「ガハハハ、旦那も上手いこと言うじゃないか」
「その旦那って呼び方、気になるんだけど?」
「ああ、どうもワシらだと、マスターとかご主人様とか呼びなれてないからな。リザードマンが『大頭』って呼んでるから、ワシらは『旦那』にしてみたんだが、ダメか?」
「いや、皆、好き勝手に呼んでいるから構わないよ。なんか商家の主人みたいだなって思っただけ」
「まあ、ギン婆さんみたいな大年増に、旦那って言われると気色悪いかもしれないがな」
「誰が、大年増だって?・・」
「うお、いつの間に!」
アイアン爺さんの背後には、鬼の形相をしたギン婆さんが立っていた。
「さあ、聞かせてもらおうか、誰が大年増だっていうのさ」
「ワシと同年代じゃろう、立派な婆さんだろうが・・」
「何を言ってんだい、アタシはアンタより10も年下だよ」
「ドワーフの10歳なんぞ、無いも同然じゃわい」
「まあまあ、ここは楽しくお酒を飲む場ですから・・ささ、おギンさんも一献どうぞ」
「ああ、すまないね、騒がせて・・旦那に挨拶に来たのに、気を使わせてしまったねえ」
カジャが上手く取りなしてくれたので、ギンさんも腰を落ち着けて話始めた。
「ここは不思議な所だねえ・・ゴブリンとエルフとオークとドワーフが、一緒に飲み食いしてるとか、自分で自分の目を疑うよ・・」
「なに、美味い酒と肴があれば、誰でも幸せになれるんじゃよ」
「それは飲兵衛の言い草だけども、皆が笑顔なのは本当だからねえ・・」
穴熊の背中で、雪原ウサギと一緒にはしゃいでいるドワーフの子供を見ながら、ギン婆さんが呟いた。
「リザードマンもナーガ族も暮らしております。もちろんモフモフもスケルトンも大切な仲間です」
カジャが、お酌をしながら、静かに語りかけていた。
「ダンジョンってのは、もっと殺伐とした所だと思っていたんだけどねえ・・」
「それでも移住を選ばれたのですか?」
「アタシの旦那は、防衛隊でね・・最初の襲撃に対応して、骨まで消し炭になっちまったよ・・あそこにはもう未練は無いのさ・・」
「それは・・ご愁傷様でした・・」
ギン婆さんは、一気にゴブレットを煽ると、テーブルに打ち付けた。
「だから、心機一転、出直そうと思ってね。思い切って引越してきたわけさ」
カジャは、そっとお代わりを注ぎながら尋ねた。
「移住先にこちらを選んだのはどうしてですか?」
「どうしてかねえ・・こっちの方が職人として働きがいがあるとは思ったけれど・・」
ギン婆さんは遠くを見ながら、ここにはいない誰かに語りかけていた。
「本音を言えば、あの性悪魔女達に、一泡吹かせたかったのかも知れないねえ・・」
武器を取って戦う事が出来ないから、職人として出来る事を・・
それがギン婆さんなりの、けじめの付け方なのだろう・・
「湿っぽい話になっちまったね・・旦那に挨拶したい連中が並んで待っているから、アタシはこれで失礼するよ」
「仕事場に不満はない?」
「ああ、予想よりずっと立派だよ。一つだけお願いするとしたら、皮の鞣しが始まると、すごい異臭がするからね。換気だけ十分に頼むよ」
「了解、コアに伝えておくよ」
それからも順繰りに、ドワーフ達が挨拶に来てくれた。
アエン達、魔道具制作チームは、リンとお別れ会をしているので、ここには居ない。
あと7号車の子供達まで、親衛隊に入隊希望してきたのはどうかと思う。ロザリオだと、大人と区別なくスパルタで特訓しそうなので、予備隊で我慢するように説得しておいた。
話題の雪原ウサギも生で見れた。
うん、あれはペットじゃないね、使い魔とか召喚獣の類だ・・
なぜか、やる気なさそうに両足を放り出して座りながら、赤蕪を齧っていたけれど・・・
やがて酔が回ってくると、あちこちで宴会芸が始まり出した。
定番のワタリを的にした射的と、穴熊チームの曲芸、狼チームは新演目で影絵だった。
ドワーフ側も、火吹きに始まって、酒樽のジャグリングに、酒樽転がし、腕相撲勝ち抜き戦ではアイアン爺さんとグドンが死闘を繰り広げた。
飲んで食べて、騒いで笑って、悲しいことは今だけ忘れて、皆が笑顔で、はしゃいでいた。
「良かったのかな・・」
僕の呟きにカジャだけが気がついた。
「まだ、悩んでいらしたのですか?」
「半分も犠牲者が出たからね・・」
12台のキャラバンも、無事にたどり着けたのは6台だった。
「レッドバックウィドウの大氾濫に遭遇したのですから、半数が生還できただけでも奇跡だと思いますが」
「移住を提案しなければ・・ね・・」
カジャは僕のグラスに新しい水割りを作ると、静かに答えた。
「それでも、生き延びた彼らは、ご主人様に感謝していると思います。あのまま囚われの身でいるよりも、遥かに生き甲斐のある職場を与えられたのですから・・」
「・・そうかな」
「そうですよ・・」
宴会場では、皆の笑い声がいつまでも響き渡っていた・・・




