204号室の入居者
「どうやら本人にその気は無いみたいだぞ。諦めて帰ったらどうだ?」
ロザリオが、ビビアンの魂を連れて行こうとする死神を説得しようとした。
「残念デス、磨けば光る素材なのデスが・・」
「今が曇っているように言うな!」
すっかり調子の戻ったビビアンから、鋭いツッコミが飛び出す。
「どうやら、お呼びでは無くなったようデスね。それでは又のご利用をお待ちしているデス・・」
そう言って、死神は床に沈んでいく・・
「おい、外はそっちではないぞ!」
半分ほど床を透過した死神に、ロザリオが指摘した。
「いえいえ、せっかく居心地が良い別荘を用意してくれたのデスから、しばらくは旅行気分を満喫するデス」
「迷惑だから、消え失せろ」
「そう言われても、貴女は私の上司でもないデスし・・」
死神はそのまま床に消えていった・・・
「主殿、どうする?完全に居着くつもりだぞ、あれ」
『うーん、闇の精霊が住み着いてくれるのは、最初の予定通りだから良いのだけれど、ゲスト認証も受けてくれない相手なのは、困ったね・・』
「拒絶されたのか・・」
『あれ?そういえば申請出してない?』
『まだー』
「主殿・・・」
いやいや、いきなり精霊の泉(闇)から移動したから、てっきり制御不能と勘違いしただけだから・・
「コア、一応、レッサー・デスにゲスト申請してみて」
『ん・・・』
まあ、拒否されると思うけどね・・拒否するよね?
『・・・にんしょう』
なぜ?!
コアの投影するダンジョンマップには、第二階層の奥で、ゲストを表す緑色の光点に変わった死神が映っていた。
「つまり最初に、主殿がゲスト申請を忘れなければ、こんな騒ぎにはならなかったと・・」
「それってつまり、アタシも掻かなくて良い恥を掻かされただけだと・・」
『やれやれ、ですね』
「「元凶の片割れのお前が言うな!!」」
幽霊メイドに突っ込む、ロザリオとビビアンの声が重なった。
『メイドですから・・』
「逸材ですね・・ご主人様、あのメイドを雇用しましょう」
コアルームに戻ってきていたカジャが、モニターを熱心に見つめながら呟いた。
「え?でも幽霊だよ?」
「問題ありません。ダンジョンに幽霊メイドは憑き物です」
上手いこと言ったね・・
「第二階層の地下墓地なら、雰囲気もぴったりですし、あれだけの人材を遊ばせておく必要はないと存じます」
カジャはえらく乗り気だけれど、なにか柵が有りそうなんですけど・・
「因縁が無ければ、ゴーストになったりしませんので」
ごもっともです・・
「それでなんでエルマがここに居るのよ?しかも幽霊になって・・」
『もちろん貴女の安眠を守るためです。幽霊になったのは偶然です』
「ぐ、偶然なんだ・・・」
メイドのエルマの説明によると、死んだ場所が、特別だったらしく、彼女の意識ごとそれに取り込まれたらしい。その後、気がつくと幽霊となって麦畑に立っていたそうだ・・
「ちょっと待て、麦畑と言ったか?」
横にいたロザリオが、聞き捨てならない言葉を耳にして、慌てて話しに割り込んだ。
『呪文で焼き払われた、ライ麦の畑です』
「キャッチャーか・・・」
ロザリオは額に手をあてて呻いた・・
「ねえねえ、何か不味いの?・・」
ビビアンが、心配になって尋ねてきた。
「うちで一番恐れられている存在だ・・」
「なによそれ、最恐は貴女じゃないの?」
「・・どういう意味で最恐なのか、あとでじっくり問い糺すとしてだ・・私などは足元にも及ばぬな・・」
「こ、この威圧感が、足元にも及ばないって・・嘘でしょ?!」
「私もまだまだ鍛練が足らないという事だ・・」
「・・どんな怪物を飼っているのよ、ここは・・」
ビビアンは、そんな怪物に、一度は取り込まれたというエルマを心配して尋ねた。
「それで、体調・・は幽霊だから関係ないか・・精神状態・・は、人をからかう位だし平気そうね・・見た目も半透明なだけで、以前とちっとも変わらないし・・うん、大丈夫みたいね」
『私よりビビアンです。4年前から見て、まったく成長していないように見えますが・・』
「少しは成長したわよ!」
『身長と体重は増えたようですが、それ以外の・・』
「ストップ、それ以上、乙女の秘密を口にすると、エルマと言えども容赦しないわよ・・貴女はここの眷属じゃないから遠慮はいらないわけだしね・・」
ビビアンの本気の脅しに、ロザリオでさえ一歩後ずさった。
『なるほど、眷属になれば良いわけですね』
ベテランのメイドは、ビビアンをあっさり、かわした。
「ちょっと、貴女はオババの眷属でしょ。勝手に所属を替えたら怒られるわよ・・」
『今はフリーですので、問題ありません。ということでお願いします』
メイドは見えないコアルームに向かって、要請した。
「ちょ、ちょっと、エルマ、本気なの?!」
焦るビビアンの目の前で、メイドは、足元に出現した白い魔法陣から立ち昇る光の柱に包まれていった。
眩しい光が治まると、そこには・・・さっきと変わらぬ半透明のメイド服姿があった・・
だが、投影マップを見ることができたなら、そのマーカーが、オレンジから、眷属の青に変わったことに気がつけたはずである。
半透明のメイドは、スカートの裾を摘まむと、片膝を折り、正式な作法で、この場に居ない雇用者への挨拶をした。
『メイドのエルマと申します。今後ともよろしくお願い申し上げます』
呆気にとられていたビビアンが、何かを言いかけたが、それより早くエルマが話し始めた。
『それでは、先程の続きでよろしいでしょうか?』
「続きって?・・・」
『もちろん、ビビアンが淑女として成長していない件についてです』
「・・あんたは、そんな事の為に、眷属になったのかああああ」
何度目になるか分からない、ビビアンの絶叫が、ダンジョンに木霊した・・




