魔法少女の追憶
私は夢を見ていた。
子供の頃の夢を・・・
低い天井、簡素な造りの壁、土の臭い、硬いベッド・・
夜明けが訪れても、差し込まない朝日。
メイドが起こしに来るまでの、短い時間、こうやって、うとうとするのが好きだった・・
朝食は、いつものパンとスープ。
代わり映えしない、飽きたメニュー。
でも、食べさせてもらえるだけ幸せなのだろう・・
私は、ここでも、余所者なのだから・・・
人族の父が、エルフの里から母を連れ出して駆け落ちしてから、私が生まれた。
そしてすぐに無謀な冒険の結果、命を落としてしまう・・
母と私に苦労を掛けさせたくなかったのだろう・・身の丈に合わない依頼を受けて、そして戻らなかった・・
乳飲み子の私を抱えた母は、人族の村では暮らすことができず、エルフの里に逃げるように戻った。
しかしそこで待っていたのは、軽侮と忌避の視線だけだった・・
母がどうなったかは知らない。
両親の駆け落ちの顛末も、後に偶然出合った冒険者から聞いただけで、真偽の程は定かでなかった・・
ただ一つ、確かなことは・・私がダンジョンの前に捨てられていたという事だけである・・・
私を見つけたのは、そのダンジョンのメイドだった。
もしそれが他の眷属であったなら、私は今頃、吸収されてDPに変換されていたはずだ。
だが、乳児だった私は、その幸運に気付くはずもなく、ただ空腹を訴えて泣きじゃくっていたらしい・・
不思議な事に、その時の記憶は、薄っすらとではあるが、残っている。
ただ、とても心細かったときに、温かい何かに抱き上げられて、安心して泣き出した記憶だ・・
「もう大丈夫です、危険は排除いたしました」
そう囁かれた気がしたが、メイドが捨て子に掛ける言葉には思えないので、これは私の記憶の混乱かも知れない。
ただ、彼女なら、拾った乳児に対しても、生真面目に声を掛けた可能性もあったのだが・・
兎に角、その結果、私はダンジョンに居候することになった・・・
私が物心つき始めると、有無を言わさず働かされた。
「働かざるもの、喰うべからずじゃからの」
このダンジョンのマスターは、そう言って、幼児をこき使った。
魔女の様な風貌を見るたびに、私は怖くなって泣き出したが、マスターは意に返さず、雑用を命じてくる。
その度に、メイドが助けてくれようとするが、それをマスターは禁じた。
「この子は、一人で生きていくことを学ぶ必要があるのじゃよ。直に頼る癖をつけるのは、本人の為にならんぞ」
そう言われて、私は涙を袖で拭いながら、マスターの顔を見ないようにして仕事を続けた・・・
その間に、一通りのことは仕込まれた。
読み書きが出来なければ、机の上に散らばった本を、表題順に並べ直せない。
毒草と薬草の区別がつかなければ、乾燥させたそれらを、種類別に戸棚に仕舞うことが出来ない。
風呂釜のお湯を沸かす為に、火属性の魔法も教え込まれた・・・
今思えば、居候の私に、教育を施してくれたのだろうが、あの頃は、役立たずと言われるのが恐ろしくて、無我夢中で働いていた。
捨てられるのが怖かったのだ・・・
私は最初から、捨て子で、忌み子であると言い聞かされて育ってきた。
だから役に立たなくなれば、ここにはいられないと思いこんでいた。
「お前の居場所はここじゃない・・いつか出て行くんだ・・分かったかい」
マスターに言われて、ただ頷いた。
心の中では、拒否したかったけれども・・
「メイドに成りたいのですか?それならまず空間魔法の修練からですね」
空間魔法は覚えられなくて挫折した。
メイドになれば、ここにずっと居られると思ったのだけれど・・・
そして私が拾われてから、12年の年月が経ったある日、マスターが言った。
「さあ、もう十分じゃろう、ここから出てお行き・・これは餞別じゃよ」
そう言って、バックパックに詰めた荷物とともに、ダンジョンから追い出された。
私はずっと覚悟していたので、その日がやってきたことを、ただ黙って受け入れた・・
見送りきたメイドに、頭を下げると、荷物を背負って歩き出した。
ダンジョンから遠く離れて、一度だけ振り返った。
霞んで見えた入り口に、まだメイドは佇んでいた・・・
あの日から3年と少し、辿り着いたビスコ村で冒険者登録を済ませ、父と同じ道を歩んできた。
その間に、冒険の途中で出会った、父の元同僚と名乗る人物から、私の両親の話を聞く機会もあった。
その人物は、程なくして魔物に食い殺されてしまったので、それが本当かどうかを確かめることはできなかったが・・
私は、ハーフエルフの外見と年齢がそぐわない事を利用して、ベテラン冒険者の様に振舞った。
実年齢がバレれば、保護者顔して搾取しようとする輩が、集まってくるからだ・・
3年も冒険者をやっていれば、人族の心の闇を覗くことなど、数え切れないほどあった。
その闇は、得意の火炎魔法で焼き払ってきたけれども・・・
そんな中、彼らに出会った。
一人は、以前に顔馴染みになっていた女性のバーバリアン。
一人は、寡黙だけれど、誠実そうな男性のレンジャー。
あとその相棒のファイター。
最初は、いつもの通りに様子見でパーティーを組んでみただけだった。
ところが、依頼に失敗して全財産を失ってしまったのだ。
無一文になった私達は、身を寄せ合って生きていくしか方法がなかった・・・
ブーツが無いと、すぐに足の裏が痛くなって歩けなくなる、だとか。
濁りのある湖の水よりも、蕗の葉につく朝露の方が飲み水として安全だとか。
ザリガニは食べれるとか、キノコは素人が手を出したらこうなる、とか、貧乏生活に役立つ知識ばかり増えていった。
でもそれが楽しかった。
肌着一枚で、夜の森を疾走したり、茣蓙を被って村に潜入しようとしたり、自分だけだったら絶対にしない様な事を、皆でやるのが楽しかったのだ・・
やっと自分の居場所を見つけられたと思った。
いつまでも皆で馬鹿騒ぎができれば良いと思っていた・・
そんな幸せは、私には訪れないと、分かっていたはずなのに・・・




