蛇の目のお宿
ナーガ族の隠れ里にて
「どうやら蜘蛛の氾濫は治まったらしいな・・」
「チョビ達も、周囲に蜘蛛は居ないと言ってるよ」
「蜘蛛以外にも問題は山積みだけどね・・」
隠れ里に戻って、警戒を続けていた六つ子の3人だったが、その後の蜘蛛の追撃は無かった。
どうやら黒衣の沼へと帰って行った様だ。
夜になるまで様子を見てから、大氾濫は終結したと判断した。
それでも少数の見張り番を残しながら、里では祝宴が開かれることになった。
生き延びた事を祝う宴である・・・
「この度は、我等が里をお救い下さり、誠にありがとうございました。里を代表してお礼申し上げまする」
族長のベラさんが、六つ子達3人に頭を下げて感謝してきた。
周囲のナーガ族も一斉にお礼を述べる。
「いえ、偶然こちらに伺った時に、大氾濫が起きただけで、我々も自分の身を守る為に協力したに過ぎません・・」
「ですけども、貴方方がいなければ、この里も大蜘蛛に蹂躙されていたのは間違いないのです。どうぞ我らの感謝をお受け取り下さいませ」
そう言って、族長は後ろの見習い巫女に持たせていた、二つの葛篭を差し出してきた。
大きな葛篭と小さな葛篭である・・・
「うわ、これあれだよね・・」
「間違えるとヤバイやつだ・・」
姉妹は伝説を思い出そうとして、頭を捻った。
「小さい方が当りなんだっけ?」
「ハズレはミミックなんだよね」
「お前ら、贈り物に対して失礼だろう・・しかもまだ頂くと決めていない」
リーダーが後ろでこそこそ話しをしている姉妹を窘めたが、即座に反撃された。
「「リーダーこそ、ここで断るとか、失礼以外の何者でもないよ!」」
「お、おう・・そうかな・・」
兄妹の会話を、楽しげに聞いていた族長が、艶やかな笑い声を上げながら告げた。
「そうですよ、遠慮なさらずに両方の葛篭をお持ち下さい。どちらにも我らの感謝の想いが詰まっておりますゆえ、ホホホホ」
「そ、そうですか・・それでは有難く頂きます・・」
「「ありがとうございます!!」」
のちに中を確認してみると、小さい葛篭には傷薬や毒消しの軟膏が、大きい葛篭には6着のカピバラの毛皮のマントが入っていた。そのマントの手触りの良さに、姉妹は大層喜んだという・・・
めでたしめでたし
「なんか、良い話風に終わってるよ?!」
「お土産もらっただけで、まだ問題は解決してないからね!」
六つ子の姉妹の言う通り、幾つか処理しなければいけない案件が残っていた。
「まず、あのドワーフの娘子の先行きですね・・」
族長が話し始めた。その視線の先には、お腹が一杯になって、アルマジロにもたれ掛かって、うとうとしているドワーフの娘がいた。
「男の子でしたら是非とも里で引き取りたかったのですが・・」
それを聞いた姉妹が、影で内緒話をする。
「・・それって育てて、食べちゃうって事だよね・・」
「・・違う意味だけどね・・」
「・・きゃあー♪・・」
そんな二人をあえて無視しながら、リーダーは尋ねた。
「女の子では駄目ですか?」
「いえ、ここで暮らしたいのであれば歓迎しますよ?ですけど、この里の環境が、彼女にとって良いかどうか・・・」
族長は、そう言ってナーガ族の女性だけしか居ない里を見渡した。
「なるほど・・普通の村で育てた方が良いと言うわけですね・・」
「ここでは、同族の方とめぐり合える可能性は低いですから・・」
「確かに・・」
リーダーは、テントの中でミイラの様に干からびている3人を思い出していた。
命に別状はないらしいが、しばらくは激しい運動は控えるしかなかった。
もし旅のドワーフが、偶然この里に立ち寄ったとしても、ああなる可能性が高い・・
「では、彼女は私達の村に連れて行くことにします。そこでドワーフを捜してみます・・」
「そうして頂いた方が、あの娘には宜しいかと存じます」
ということで、居眠りをしているドワーフの娘を、姉妹が起こしに行った。
「さあ、向こうのテントで寝ましょうね」
「そういえば、貴女のお名前は?」
ドワーフ娘が、眠そうな目を擦りながら答えた。
「・・セレン・・」
「セレンちゃんかー、歳は幾つ?」
「・・5つ・・」
「そうなんだー、エライねー」
「・・むにゅう・・」
セレンは眠気に負けて、再び目を閉じてしまった。
そんな彼女をそっと抱きかかえて、姉妹は、自分達専用のテントへと運んでいった。
その後を2頭のアルマジロが、心配そうに付いていく・・・
それを見ていた族長が、思い出したように話し始めた。
「あの2頭は、こちらで引き取りましょうか?」
「いえ、彼女に懐いているようですし、一緒に連れて行きます・・」
「ですが、食べさせるのにも苦労するでしょう・・里に置いて行った方が良いのではないですか?」
「・・実は欲しいんですね・・」
族長は俯きながらも答えた。
「女所帯で、力仕事が得意なものも少なくて・・」
「なるほど・・しかしセレンが何と言うか・・」
「あの3方が残って下さるなら、その方が良いのですけれども・・」
リーダーは、今もテントで寝込んでいる弟達を思いだした。
「残して行くのが、弟達の幸せかと思う事もありますが・・」
族長が期待の篭った目で見つめてくる・・
「放っておくと、精気を失って、衰弱死しそうなので連れて帰ります」
「そうですよね・・今でもあの状況ですからね・・」
族長も諦めた表情で、頷いた。
「でしたら、あの狼だけでも残していってくれませんか?」
族長は、宴会で里の娘達から焼肉をもらっているチョビ達を見た。
「いえ、彼らこそ置いて行くわけには行かないんですよ・・彼等の主人は別にいて、帰りを首を長くして待っているでしょうからね・・」
「では、皆さん、全員で里を離れてしまうと・・」
「申し訳ありません・・良くして頂いたのに・・」
「・・仕方ありませんね、それがこの隠れ里の宿命ですから・・」
族長は、悲しげに呟くと、後ろにいた二人の見習い薬師を呼び出した。
「この者達には、外の世界を見せたく存じます。出来れば孫のヘラの主の下へ送り届けては、くれませぬか?」
「帰り道ですし、それぐらいなら喜んで・・」
「では、よろしく願います」
翌日の朝、六つ子とセレンとアルマジロ2頭、それにナーガ族二人に増えたパーティーが、隠れ里を出立した。
大勢の村人が見送ってくれたが、その中に戦士長は見あたらなかった。
召喚した乗用馬に、贈り物の葛篭と、干からびた3人を縛り付けて、ゆっくりとした足取りで里を離れていった。
「彼女、見送りにこなかったねー」
「誰のことだ・・」
「またまたー、あちこち捜していたくせに」
「・・さあな・・」
言葉を濁すリーダーに姉ドルイドが追い討ちをかける。
「そんなんだから、彼女が出来ないんだよ。もっとはっきり気持ちを伝えないと」
「伝えたところで、どうなるものでもないだろう・・」
「兄さんは、これだから・・」
そんな二人の会話を、妹ドルイドが遮った。
「そうでもないみたいだよ、ほら、あれ!」
指差した先には、一際高い岩が聳え立っており、その上からナーガ族の戦士長が、一生懸命手を振っていた。
何かを叫んでいるようだが、遠くて聞き取れない。
しかし想いは伝わってきた・・
「また来ないとね・・」
「そうだな・・」
「そうだよ」
3人は手を振り返しながら、そう呟いていた・・・




