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ダンジョンマスターは眠れない  作者: えるだー
第1章 サバイバル編
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俺の屍を

 熊に出会ったらどうするか?

 昔は死んだ振りをしろといわれていたけど、それは間違いらしい。

 たぶん、熊は死肉を食わないという言い伝えや、急に動くものを反射的に襲うからという動物学的行動を元にした対処方法だったんだと思う。つまりあわてて背中を向けて逃げ出すより、その場でじっとしていろという意味で。

 でも熊の前で息を殺してじっとしているのは胆力が必要だし、死体に見えようがちょっかいだしてくる可能性は高い。さらにそばに子熊でもいようものなら、確実に処理されるに違いない。あと熊は死肉でも食べるそうだ。

 「だからワタリ、死んだまねしてるなら置いてくよ」

 「ちょ、穴熊一家と扱いが違うっす」

 「あっちは条件反射みたいなものだから」

 「ですかね」


 ヘラジカの解体された血肉の臭いに誘われたのか、この辺りのヌシと思われる巨大灰色羆が姿を現した。

 「あそこに残した内臓や食べ切れなかった肉で満足してくれるなら、それでいいんだけど」

 「そうでなけば、どうなるっすか?」

 「こっちを追ってくるかな」

 「すすすぐに、逃げましょう」

 「慌てて走ると、興味を惹いて追われる可能性があがるよ」

 ロープを引いて駆け出そうとしたワタリが、ピタリと動きを止めた。

 「まあ、この場に留まっても事態は好転しないから、ゆっくり丘に向かおう」

 「ういっす」


 後ろを気にしつつ、前進を再開した僕らだけど、その足取りはさっきまでより早足だった。

 「走っちゃまずいんじゃなかったっすか?」

 「ははは、よく見てみなよ、両足が同時には地面から離れていないだろ、これは競歩さ」

 「競技委員はごまかせても、熊に通じるっすかね?」

 

 通じなかったみたい。


 「バウ!」

 ケンの警戒した吼え声が、短く聞こえた。後ろを振り向くと、灰色羆が臭いを辿りながらこちらを追跡し始めた。

 「視認したわけでなく、目の前の餌をほっておいて臭いで追ってくるとなると、捕食や威嚇じゃないね」

 「というと?」

 「縄張り荒らしへの制裁かな」

 「とほほほ」


 実際、腹が減ってるならヘラジカの死体で満足しただろうし、近くで動くものを見つけて、好奇心や警戒心で接近してきたわけでもないなら、目的は侵入者の排除だと思う。

 熊にしてみれば、「われ、うちのシマ荒らして五体満足で帰れる思うなよ!」って感じだろう。


 「で、どうするっすか?」

 「こっちは重い荷物を引っ張ってるから、誰かが囮になって足止めしないと、すぐに追いつかれるだろうね。だからプランAで逝こう」

 「無理っす」

 「じゃあプランBで逝く?」

 「おいらが逝くこと前提のプランしかないんすか?」

 「プランFまではそうだね」

 「しくしく」

 「まあそれは冗談ということで、予備プランに回しておいて・・・」

 「破棄はされないんっすね」

 「プランGで行くよ!」

 「ギャギャ」「バウバウ」「ういっす」



 そのグリズリーは苛立っていた。自分の縄張りにオオカミと亜人が入り込んで、太るまで育てていたシカを、群ごと狩っていったのだ。あざけるように残り物を大量に残して。まるで「お前は残飯でも食ってろ」といわんばかりの暴挙だ。

 ここは自分の縄張りだ。流れもんの好き勝手にさせるわけにはいかない。この土地のぬしが誰であるのか、思い知らせてやる。

 オオカミも亜人も皆殺しだ!


 奴らは獲物を巣穴に運ぼうとしているようだ。シカの血の臭いが、はっきりと奴らの通った道筋を教えてくれる。この臭いの強さなら、すぐに追いつくことだろう。

 やがて、奴らの姿をとらえられる場所までたどり着いた。

 ここは森の中の獣道の途中だ。

 その真ん中に今は、邪魔なものが立ち塞がっている。確かあれは人がつくる木でできた囲いだ。子供の頃に人の集落で見かけた、ウシを逃げないように囲っていたものに似ている。

 だが、なぜそれがこんな獣道にある?

 よくよく見ると、囲いの向こう側に、獲物のシカを盾にして、偽の角を振りかざす亜人が3体いる。

 待ち伏せとは、しゃらくさい。あんな粗末な囲いで、この土地の主である自分を防げるとでもおもっているのか。


 いやまて、亜人はひ弱だが知恵を使うはず。あまりにも見え透いた待ち伏せは罠だな。

 そう思って、辺りを注意深く探れば、囲いの左右の森に、亜人とオオカミの臭いがわずかに嗅ぎ取れた。

 なるほど、正面が囮で、本当の待ち伏せは両側にいるのか。だが、見抜かれてしまっては奇襲にはならんぞ。

 「ガアアアアアォン(獲った!)」

 グリズリーは恐ろしい吼え声を叩きつけると、その巨体から想像もつかない素早さで右側の茂みに隠れている奇襲部隊に襲い掛かった。

 カラン

 だが、灰色羆がなぎ払ったのは地面に突き刺してある石槍と、茂みに被せてあった灰色狼の毛皮だけであった。

 怒り狂った羆は、左側にも飛び込んだが、そこにも槍と毛皮が置かれているだけである。

 さらには柵の裏にいるとおもった亜人も、十字に組んだ槍に、毛皮を羽織らせた偽兵であった。

 狂乱した羆は、柵やヘラジカの死体に八つ当たりの攻撃を加えるが、その頃には荷物を軽くしたソリは遠く離れていた。


 「空蝉の計・・・といったところかな」

 「うまくかかったみたいすね」

 「ヘラジカ1頭と備品はもったいなかったけどね。まあ、危険を冒してまで囮作戦はしないさ」

 「ヘラジカを一頭置いてきた意味はあったんすか?」

 「いや、足止めの柵にソリを1台使うから、乗せ切れなかっただけだよ。あと2台を6人で牽けば、その分速くなるからね」

 「なるほどっす」


 ヘラジカ2頭を引きずりながら、無事にダンジョンに帰り着くことができた。 

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