ここは放棄して戦線を下げるぞ
ちょっと短いです。加筆するか、次話を早めに投稿するかします。
午後7時50分頃に加筆修正しました。
「ビビアン、終わったぞ・・」
ハスキーが後ろから支えるように、立ち尽くすビビアンの両肩を叩いた。
振り向きざまに何か言いかけたビビアンだったが、魔力切れによる急速な睡魔に襲われて、口を開きかけたまま、眠ってしまった。
「よく頑張ったな・・」
ハスキーは、ビビアンをそのまま横抱きに抱え上げると、仲間の元へと連れて行った。
「おいおい、お姫様扱いかよ、相棒」
「それだけの働きをしたってことさね。今は寝させてあげな」
黒蜘蛛の死体を検分していたスタッチとソニアが、いつもの調子で出迎えた。
「こいつらについて何か分かったか?・・」
「いや、さっぱりだ。奇形の蜘蛛としかわからん」
「アタシも見たことないね。レッドバックウィドウの上位種にしては、ヘイストなんて使ってきたからね」
ハスキーが見ても、奇妙に足が長いだけの黒後家蜘蛛にしか見えなかった。毒霧までは想定内だが、まさか加速まで使いこなす存在だとは思わなかった。
「とにかくギルドに報告だな。できれば死体の一つでも持ち帰りたいところではあるが・・」
それとなく側のエルフに話を振ってみたが、きっぱり断られた。
「今回の報酬は、先に提示してあったはずですよね」
ハリモグラを3匹従えながら、テオと名乗ったエルフが強気に言い返してきた。
「しかし、こんなに湧いてでるとは聞いていなかったぜ。追加の報酬があっても良いんじゃないか?」
スタッチが粘って交渉を始める。
「キュキュキュ!」
「だとしても、これはダメだそうです」
「おい、交渉役はそっちかよ!」
スタッチは、通訳のエルフから、この場で一番偉そうなハリモグラの親方に視線を移した。
「レッドバックウィドウの総数は最初から曖昧だったから、多少増えても文句はないが、この黒いのは完全に勘定に入ってなかったろ?だったら1体ぐらいこっちに譲ってくれても良いだろう?」
「キュキュ、キュキュキュ」
「この死体の価値を分からない相手に譲る気はないそうです」
「いや、俺らも冒険者ギルドに新種の発見報告をしたいんだよ」
「キュキュキュ」
「それなら1体まるごとはいらないだろうと・・」
「なら半分でいいや」
「キュ」
「じゃあ四分の一」
「キュキュ」
「おいおい、十分の一は酷くねえか・・」
やがて駆け引きが終わって、スタッチが意気揚々と引き上げてきた。
「足1本と、牙2本、目玉4個、もぎとってきたぜ、へへへ」
「いや、どう見ても交渉で負けてたろう・・」
「ハリモグラに言い負かされるとか、情けなくて涙がでるさね」
黒蜘蛛の死体は4体あるので、吸収ポイントに必要な9割を残したとしても、その4倍ぐらいは剥ぎ取っても問題はないはずであった。
「厳しい交渉しましたね、親方」
「キュキュ」
「なるほど、職人は妥協してはいけないと」
「キュ」
テオと親方は、職人の心得の話をしながら、塹壕内に変換された木製の橇を引き上げる作業をしていた。
4台あるので、それぞれに黒蜘蛛の死体を乗せて、最北湖まで運ぶようだ。
3台は熊が牽くが、残り1台をどうするかで、、もめた。
「キュキュ」
「いや、ここは譲れないね、ブヒィ」
「キュキュキュ」
「確かにそっちは眷属としては先輩だが、これはアタイ達の戦果だ。凱旋するなら牽いて行くのはこっちの権利だろ、ブヒィ」
「キュー」
希望者が多すぎて、もめたのだった。
「皆、橇を牽いてみたかったんですね・・」
結局はアイスオーク三姉妹が、その栄誉を勝ち取ったようだ。
塹壕は領域から外して、埋め立てる事になった。
隘路はそのままにするしか方法がないが、この先、通過する隊商や冒険者がいるとするなら、塹壕は邪魔以外の何者でもない。
なので、黒蜘蛛の死体は、最北湖に沈めて保管することにしたようだ。
「準備が出来次第、最北湖に向けて撤収!」
「「「ガウガウ」」」
「あいよ!、ブヒィ」
「カタカタ」
殿を骸骨戦士長が務めながら、部隊は南へと下っていった。
ちなみに戦闘が終結してからすぐに、ロザリオは熊に纏わり付いて離れなかった。
「私の名はロザリオという。できれば貴殿の名前を教えてくれないか?」
「ガウ」
「そうか、『アキ』というのか・・この季節にちなんだ良い名前だな・・」
それを眺める、テオ以外のエルフ親衛隊の隊員達は・・
「さすが大尉だ、抜け目ない」
「我々もアピールするべきではないだろうか?」
と隘路の崖の上から羨ましそうに見ていたのであった・・・
ナーガ族の隠れ里にて
昨晩に、空中に張られた蜘蛛の糸を伝って強襲された後は、隠れ里は穏やかであった。まるで、大蜘蛛達は、この場所を攻めるのを諦めたかのようであった・・・
「そんなわけ、ないだろうがな・・」
「嵐の前の静けさってこと?」
「こっちが油断するのを待っているのかも」
六つ子のリーダーと二人の姉妹は、何度目かの巡回を終えて、里の広場で集合していた。
ちなみに残りの3人は、昨晩、頑張りすぎてダウンしていた・・
何を頑張ったのかは、ここでは追及しないが・・
応援に来てくれたシャドウウルフのチョビ達は、今は里の周囲の斥侯に出かけている。彼等の影を伝った移動には、妹レンジャーも同行できない為に、お留守番である。
「ちぇー、背中にしがみ付いていれば、私も影に潜れると思ったんだけどなー」
「いや、それ無理だろ・・」
「出来たとしても、途中で手を離したら、影空間から出て来れなくなるわよ」
「それは勘弁だなー」
そんな会話をしていた3人に、ナーガ族の戦士長が駆け寄ってきた。
「伝令蛇から報告だ。東北東に、黒い煙が立ち昇っているらしい、シュル」
「距離は?」
「里から見えないから、5kmぐらいは離れていそうだ、シュル」
「5kmなら索敵できるな・・」
「魔力も回復したし、鷹を送ってみるよー」
レンジャー妹が、召喚の呪文を唱えると、呼び出した2羽の鷹を空に解き放った。
「さあ、見ておいで!」
一直線に東へ向う鷹を見送ったあと、それらと視覚を同調し始めたレンジャー妹を残して、他の二人は荷物の準備を始めた。煙の正体が判明したら、すぐに現地に移動できるようにである。
「すまないが、うちの連中を叩き起こしてくれないか」
「ああ、そうだな。声を掛けさせるとしよう、シュルシュル」
たぶん、すぐには動けないだろうが、自分たちが出かけている間の、里の守りを任せることは出来るだろう。
というか、それぐらいさせないと駄目だな・・
「いた、何かが蜘蛛に襲われてるよ」
「冒険者か?」
「馬車にも見えるけど、見たことない形だね。四角い金属の箱みたい・・2台ある・・」
「蜘蛛の数は?」
「うーんと、10以上だけど20はいない感じ・・」
「煙はその馬車もどきから出てるの?」
「・・だね・・片方から、もくもく出てる・・」
まだ蜘蛛が群がっているということは、中に生存者がいる可能性があった。
「よし、救出に行くぞ!」
「蜘蛛の誘いって線はないの?」
「可能性はあるが、そうだとしても、囮にされている誰かが居るという事実は変わらない・・」
「はあぁ、いつもの事か・・」
ドルイド姉は、リーダーを説得することを諦めて、騎乗用の馬を5頭召喚した。
「こいつらなら、蜘蛛が罠を張っていても、振り切って逃げれるからね」
蹄の音で、接近に気付かれてしまうが、今は、隠密性より速度を優先するしかない。
多めに召喚したのは、現地で生存者がいた場合の予備だ。騎手がいなくても、召喚者である姉ドルイドが先導すれば、素直についてくるはずである。
「私も行こう、シュル」
ナーガ族の戦士長が、リーダーを心配して同行を申し出てきたが、それは断った。
「貴女はこの里の守りの要だ。罠かもしれない場所に連れて行くことはできない・・」
「しかし・・シュル・・」
「大丈夫だ、危険だったら戻ってくる・・」
「約束だぞ・・シュルシュル・・」
「・・ちょっと、いつの間にかリーダーも良い感じになってるんですけど・・」
「アタシは、チョビ達がいるから寂しくないよ」
「・・一人ぼっちは、あたしだけかい・・」
姉ドルイドは、乱暴に乗用馬に跨ると、声を張り上げた。
「さっさと行くよ!」
「「お、おう・・」」
二人は慌てて馬に跨ると、遭難現場へと向けて出発した・・・




