黒き落し仔
早朝に投稿する予定でしたが、この時間まで伸びてしまいました。申し訳ございませんでした。
それは言葉にすれば、巨大な黒い蜘蛛であったけれど、間近で見れば、それでは言い表せない恐ろしさがあった。
全高3m、全長にして6m、レッドバックウィドウのほぼ2倍の大きさである。特徴的な背中の赤い模様が無く、全身が真っ黒で、腹の下面に砂時計の文様が浮き上がっているのが、唯一の共通点と言えるかも知れない。
8つの赤い目で、周囲を警戒しながらも、顎から生えた牙から、ダラダラと紫色の唾液を垂れ流していた。歪なほど長い8本の足で、器用にその巨体を支えながら、上下にゆっくりと身体を揺らしている。まるで何かのタイミングを計っているようだ・・
「こいつらが親玉ってわけだ」
塹壕の防衛は熊に任せて、スタッチはビビアンと黒い蜘蛛の間に割って入った。
「4体も出張ってくるようじゃあ、良くて中ボスさね」
その脇でソニアも、もう1体の蜘蛛を抑える位置に移動していた。
「どちらにしろ、ここで倒す・・」
ハスキーは、ビビアンを背中に庇いながら、二人への援護の為に弓を構えた。
そして反対側にいるロザリオに声を掛けた。
「そっちの2体は任せる・・」
「ああ、安心してくれ。貴殿の想い人には、蜘蛛の足一本触れさせない・・」
ロザリオの発言に、ビビアンの精神集中が揺らいだ。
「・・ちょ、ちょっと、何を言ってるのよ・・」
術者の動揺は、そのまま呪文に影響する。
炎の壁の威力が、急激に変化し始めた。
「ビビアン、集中が乱れてるぞ・・」
「・・ごめんなさい・・でも・・」
「本当の事を言われて動揺するな・・」
「・・えっ・・それって!・・」
炎の壁の出力が急上昇した。
「うわっ、なんだ!熱い、熱い、ブヒィ」
「義姉じゃ、炎の壁から距離をとるんだ、ブヒィ」
「火炎術士がピンチなんだべか?」
塹壕の中でアイスオーク3姉妹が、とばっちりを受けていた。
「おいおい、この場面で惚気るかね、相棒」
「いつもの調子に戻ったってことさね。さあ、気合いれていくよ!」
「「おう!」」
ビビアンを中心にして、3人と反対側では、テオとロザリオが2体の黒い蜘蛛と対峙していた。
「テオ軍曹、一人で抑えきれるか?」
この中で、一番ランクの低いであろうテオをロザリオが気遣った。
「イエス、マム、後方支援もありますので、大丈夫です」
「「キュキュ!」」
テオとビビアンの間に陣取った、ハリモグラ隊の2匹が、元気よく答えた。
「そうか、奴等は見た目以上に身体能力が高そうだ。しかも凶悪な毒牙を持っていると予想される。倒すことより、後衛を守ることを優先しろ」
「イエス、マム!」
ロザリオ自身は、たった一人で黒い蜘蛛の前に立ちはだかっていた。
「カタカタ?」
骸骨戦士長が支援を申し出てきたが、ロザリオはそれを断った。
「スケルトン部隊は、塹壕を死守せよ。黒い奴がこれだけとは限らんからな」
「カタカタ」
塹壕戦で常に最前線で戦っていた骸骨部隊の損耗は、激しかった。
彼らには毒は効かないので、どうしてもテオや冒険者達の盾になることが多かったのだ。
しかし毒が効かなくても、爪や牙で攻撃されれば傷を受ける。8体いた前衛の骸骨戦士は、2体を残すだけになっていた。スキルで再生させるにも、骸骨戦士長達の魔力は、まだ回復していなかった。
スカルリーダーは、素直に熊と3姉妹の後詰をすることにした。
ギチギチギチギチ
4体の黒い蜘蛛と、4人の戦士が、お互いに身構える・・・
ギィギィーー
先に仕掛けたのは黒い蜘蛛の方だった。
スタッチは、その突進を大盾で受け止めると、反撃で蜘蛛の前足に切りかかる。
「こいつはやべえな・・吹っ飛ばされないようにするのが精一杯で、攻撃に力が乗せられねえぞ・・」
ソニアは、両手で構えた戦斧を、蜘蛛の顎を目掛けてカウンター気味に叩き込んだ。
たたらを踏む蜘蛛だったが、両前足を振りかざして反撃してきた。
「足の爪に毒はないようだけど、思ったより痛いさね」
片方の爪を避けきれずに、肩に傷を負っていた。
ハスキーは、二人の援護の為に矢を放ったが、黒い蜘蛛の硬い甲殻を射抜くことが出来なかった。
「硬いと予想はしていたが、刺さりもしないとはな・・ならば・・」
そう呟くと、背中の矢筒に手をかざして呪文を唱えはじめた。
「放たれし時を待つ鋼の矢よ、炎を纏いて敵を焦がせ・・アロー・オブ・フレイム!(燃え盛る矢)」
詠唱を終えて、矢筒から引き抜いた2本の矢の矢尻からは、炎が立ち上っていた。
「矢のダメージは攻殻で防げても、追加の火炎ダメージは防げまい。いくぞ、ツイン・シュート!」
再び、ソニアに反撃をしようとしていた蜘蛛に、2本の火矢が突き刺さった。思わず、後ろのハスキーに敵意を向けた蜘蛛であったが、その隙を見逃すソニアではなかった。
「お前の相手はアタシさね!」
力一杯振りかぶった戦斧を、黒蜘蛛の頭部に叩きつけた。
「パワーアタック!!」
硬い攻殻を叩き割って、蜘蛛の紫色の体液が飛び散った。
片側に並んだ4つの目が全て潰れている。蜘蛛は怯んで、1歩後ろに下がった。
「いけるぞ、ソニア、もう一度だ」
「あいよ、援護頼んだよ」
その横でスタッチが叫ぶ。
「俺の援護もしてくれよ、相棒!」
ハスキーは横目でスタッチの様子を確認すると、ソニアの援護に集中した。
「大丈夫そうだな、こっちが終わるまで耐えてくれ」
「おいおい、扱いが酷くねえか?」
「男なら、文句を言わずに良いとこ見せるさね」
「こん畜生め、やってやろうじゃないかよ」
どちらにしろスタッチには、ソニアほどの攻撃力はなかった。だが防御力なら負けないという自負がある。
「かかってきやがれ、完封してやるぜ」
攻撃を捨てて、防御に専念したスタッチは、黒蜘蛛の攻撃を弾き返し続けた・・・
テオはさらに過酷な戦闘を強いられていた。
元が遠距離戦が主体な上に、盾の技能も持っていない。
攻撃はなんとか通用するが、相打ち覚悟では、倒れるのは絶対にこちらが先だ。元来、エルフは接近戦に弱いとされている。できれば離れて戦いたいが、後ろの術者を守る為には、ここで立ち向かうしかなかった。
右手にロングソード、左手にショートソードを握った二刀流で、蜘蛛の前足の攻撃を捌きながら、噛み付きを避ける。攻撃は考えず、とにかく時間稼ぎをすることを最優先に戦っていた。
「キュキュ」 「キュキュキュ」
それを助けるのが、2匹のハリネズミである。
2匹はテオの後方で、蜘蛛を観察しながら、その攻撃の瞬間を声で知らせていた。
「キュキュ(右足、避けて)」 「キュキュキュ(噛み付き、来るよ)」
そして、テオが避けきれないと判断すると、背中からトゲを飛ばして蜘蛛を牽制していた。
「なんとかなるもんだな・・」
テオは自分でも驚くぐらい、回避が成功することに驚いていた。剣によるパリィも、普段は使わないのに実戦ではほとんど失敗していない。
だが、テオはそれを自分の力量が上がったと勘違いすることはなかった。
「モフモフが応援してくれてるからだな、きっと・・」
確かに、2匹の的確な指示は、テオの回避力を底上げしていた。しかしそれだけではこの状況は説明がつかなかった。
テオは気付いていない・・右手のロングソードが、パリィをしようとするたびに、薄く光を放っていることを・・・
そして鑑定さえしてあれば、それが+2ディフェンダーという名の防御系魔法剣であることを・・・
最後にロザリオは・・・無双していた・・
「どうした、お前たちの力はそんなものか?これならレッドバックウィドウの集団の方が歯ごたえがあったぞ」
黒蜘蛛の攻撃は盾と剣で受け流し、さらに反撃までしている。
毒には耐性があるし、通常の攻撃は抜けない、しかも黒蜘蛛は光属性に惰弱性があるようで、エレメンタルソード(光)が良く効いていた。
「アンデッド・・ではないが、お前たちは闇の眷属のようだな・・」
見た目は醜悪な巨大蜘蛛だが、どうやらそれだけではないらしい。
「奥の手があると、厄介だな・・まずは1体!」
ロザリオが止めを刺そうと突進すると、それを待ち構えていたように、黒蜘蛛が毒霧を吐いた。
「だが、遅い!」
ラウンドシールドを掲げて距離を詰めると、毒霧が広がる前に盾で押さえ込んでしまう。もちろんロザリオ本人には毒霧は効果がない。
「もらった!!」
立ち竦む黒蜘蛛をロザリオの光霊剣が切り裂いた・・・かに見えた・・・
「なに!?」
外す間合いではなかった・・受けられたのならまだしも避けられるとは思っていなかった。
ロザリオの前には、不気味に上下動を繰り返す、黒い蜘蛛が立ちふさがっていた・・・




