泡銭の使い道
ダンジョンコアルームでは、今まさに修羅場を迎えていた。
「ぜんぜん蜘蛛が止まらないんだけど、どうなってるんだよ!」
「あちらも本気ということかと」
『あわあわ』
造成した隘路におびき寄せて、ビビアンの炎の壁で一網打尽にする作戦は成功した。
したのだが、敵の総数が僕らの予想を遙かに越えていたので、不味いことになっていた。
塹壕に溜まった蜘蛛の死体を吸収する度に、1000ポイント以上のDPが加算されていく。このまま続けば確実にコアの容量をオーバーしてしまうことだろう。
しかもこれはまだ吸収した分だけで、その後に撃退ポイントがやって来るのだ・・
「ぜったい無理だろう・・これ」
塹壕の掃除の為には、死体の吸収は継続する必要があった。どこかに保管しておいて後でゆっくりという手は使えない・・
『あうあう』
コアもパニックになっている。
僕らにとってDPを無駄に溢れさせることは、禁忌を犯す行為に他ならなかった・・
戦闘はこちらが有利に運んでいるはずなのに、追い詰められているのは僕らの方だった。
「恐ろしい・・これが黒衣の沼の魔女の本気なのか・・」
『がくぶる』
「あの・・召喚でも変換でも、消費なさればよろしいかと・・」
カジャが起死回生の一手を放った。
「『それだ!!』」
褒められたカジャがジト目で睨んで来た。
「実は、気付いていらっしゃいましたよね・・」
『てへっ♪』
領域内で戦闘中なので、設置と拡張は不可だ。なので基本は、召喚と変換で消費する。
「移住希望者の眷属化にも使用可能ですが・・」
「それは後回しかな・・迷われると時間のロスが大きいからね」
コアの演算処理能力なら、戦闘を監視しながら、同時に眷属化も可能だろうけど、ドワーフ側の心の準備が出来ていないかもしれない。
ベニジャのときみたいに逃げ回られるとやっかいだ。まあ、あの時は悪戯したこちらが悪かったんだけどね・・
「まずは食料を確保しておこう。コア、4階層の食料庫に大量変換の準備を」
『らじゃー』
「働き手が増える分、食料も必要になりますからね」
「コア、大麦、ライ麦、大豆を各100kgずつ変換」
『むぎー』
「次に猪肉、鹿肉、トカゲ肉を500kgずつ変換」
『にくー』
「さらにリンゴ20kg、じゃが芋100kgを変換」
『ぽていとー』
「ついでに蟋蟀と蜂の子を10kgずつ変換」
『くりけっとー』
「大盤振る舞いしたけど、DPの方はどんな感じ?」
「指示している間に溜まった死体を吸収した分で、相殺されました・・」
「まじですか?!」
『まじー』
なら次は武器だ!
「武器は、これからドワーフの職人が作る物の方が、出来が良いかと・・」
「くっ・・・」
だったらお酒だ!
「ドワーフの消費量を考えますと、DPで変換していたら、ものすごく効率が悪くなりますが・・」
「今は目をつぶろう・・コア、エールとシードルを200リットルずつ、アップルブランデーと蜂蜜酒を100リットルずつ変換して」
『ういっ、ひっく』
ヤバイ、コアが変換するだけで酔っ払いかけてる・・
「アエンさんの飲酒量をドワーフの平均として換算すると・・この量でも15人いれば1日でなくなりますね・・」
「まじですか?!!」
いくらDPが溢れるといっても、1日で消える嗜好品に使うにはもったいなさすぎる・・
『ういっ、べらんめぇ』
せめて設置が使えれば、欲しい施設は山ほどあったのに・・
「カジノとバーカウンターがあれば素敵ですね・・」
ああ、カジャならディーラーもバーテンダーも出来そうですもんね・・
コアも家具通販のリストを、物欲しそうに検索していた。今なら選び放題だったのにね。
『おねだんいじょー』
その頃、塹壕戦では
「なんか、死体の消失が遅くなってきてねえか?」
定期的に消えていた、塹壕の蜘蛛の死体が、積み重なるようになってきた。
スタッチの報告を受けて、それが事実であることを確認したハスキーが、ロザリオに尋ねた。
「死体の処理に限界があるのか?」
聞かれたロザリオも首を傾げる。
「いや、事実上は無制限のはずなんだが・・まさか主殿の悪いクセが・・」
貧乏性の主君とそのダンジョンコアが、もったいない病を発症している可能性はあった。
「しばし持ちこたえてくれ、連絡をとってみる」
「それは構わないが、急いでくれると嬉しいさね。そろそろ跳び出してきそうな奴が居るんでね」
今も、仲間の死体を踏み台にして、塹壕から跳ね上がった蜘蛛を切り倒したソニアが、戦斧にこびりついた体液を振り払いながら答えた。
「了解した。親衛隊も状況を報告せよ!」
「イエス、マム!こちらも状況は同じです。このままですと炎の壁を抜けた蜘蛛が、一足飛びに塹壕を越えてくる危険があります!」
「イエス、マム!蜘蛛の後続は途切れません。未だに隘路に向けて集まってきています!」
「キュキュ!、キュキュキュ!」
一部、エルフの親衛隊ではない報告も混じっていたが、戦線が崩壊の危機にさらされているのが理解できた。思った以上に蜘蛛の圧力が強いのだ。
「真紅殿は大丈夫か?」
ロザリオが、背後に佇むビビアンの様子を覗ってみる。
「これ、見た目以上にきついのよ・・アタシじゃなければ、こんなにもたないんだからね・・」
やせ我慢している口調の中にも、疲労が色濃く漂っていた。額から汗をたらしながら懸命に炎の壁を持続しているビビアンではあったが、魔力を過剰に練って威力を増した弊害が、制御の難しさになって現れていたのだ。
油断すれば暴走して、この一帯を炎のカーテンで覆いつくしかねない。
ビビアンは、ワンドの力と自らの魔法技能をフルに発揮して、暴れる魔力の奔流を押さえ込んでいた。
そんなビビアンの消耗した姿を見て取ったロザリオは、足元で様子を覗っていた親方にそっと話しかけた。
「見ての通り、こちらはギリギリだ。主殿に、急いで次の手を打つように伝えてくれ」
「キュキュ」
親方は、片手を上げて了解した旨を伝えると、地下の連絡通路から念話を飛ばす為に、地面へと潜っていった・・・
隘路から離れた場所で、戦況を見つめる者がいた。
このコロニーを指揮するダークライダーの神官である。
彼女は、未だに燃え続ける炎の壁を見つめながら、敵の力量を測り続けていた。
「あの規模で、まだ維持できるとは・・僕を嗾ければ、直に崩壊すると思いましたが、存外にねばりますね・・」
既に倒された蜘蛛の数は、50を越えようとしていた。炎の壁に焼かれたものは回復する暇もなく燃え尽きてしまうので、得意の戦法もとれない。
周辺の偵察部隊までかき集めた、この大型コロニーの3分の一までが、あの壁に食われてしまったことになる。
「これ以上の損害は、たとえ目的を果たしたといえども、許容できかねます・・」
そう呟いた神官は、周囲にいる異形の蜘蛛達に向けて指示を出した。
「落し仔たちよ、我らが主の災いとなりし敵を屠りなさい」
ギチギチギチ
レッドバックウィドウの2倍はありそうな巨体を揺らしながら、真っ黒な蜘蛛の集団が、隘路を目指して走っていった。
その先にいるはずの、怨敵を食い殺す為に・・・




