一網打尽
湖は半径200m程の歪な円形をしていて、大きな池と言ったほうが良い大きさだ。それでも水深は深く、透明度が高いにも関わらず湖底は見えない。ワタリの話では、この周辺には大小様々な湖沼が点在していて、湖は地下で繋がっていると噂されているらしい。
「一番大きい湖には、水竜が住んでるって話っす」
「へー、誰か見たの?」
「おいらが聞いたのは部族の祈祷師で・・」
「お、身近に目撃者が?」
「その人の子供の頃に爺さんから聞いた話だと・・」
「ん?2世代遡った?」
「近所に住んでた漁師がその友達から聞いたそうっす」
「それ友達の友達から聞いた話より遠いよね」
「そうっすね」
真っ直ぐ渡れば400mぐらいでも、外周を1周すれば1.2kにはなる。岸辺から10~12mは湖水に洗われて平地になってはいるけど、それより森に近づけば木々が生い茂り、獣道以外は走るのは困難だ。
風上から追い立てて、森の中への逃走ルートを潰しておけば、ヘラジカの群は湖畔沿いに風下に走ってくるはず。
合図とともに勢子役のアップルチームが槍を構えながら、群に向かって突撃し始める。それと同時にケンチームが、森の中を回りこむように走り始めた。
襲撃者に気がついたヘラジカの群は、一瞬パニックになるが、すぐにリーダーの雄鹿が取りまとめて、風下の方へと走り始めた。リーダーは群の最後尾で、ゆっくりと襲撃者達の様子を覗いつつ、逃げ遅れた仲間がいないか確認しているようだ。
アップルチームは威嚇の為に石槍をリーダーに向かって投げつけた。命中は期待できないぐらい距離が離れていたが、3本投げたうちの1本がリーダーに直撃するコースに飛んだ。
「ギャギャッ!(当たるか!)」
アップルの投げた石槍は、力強い弧を描いて雄鹿に向かっていったが、命中する直前に、おもむろに振られたヘラジカの角に弾かれてしまった。
「ギョギャ(馬鹿な)」
偶然ではなく、狙い澄ましたパリィに驚いてアップルチームの足が鈍る。それを見届けた雄鹿は悠々と群の後を追っていった。
同じ頃、ケンチームは森の中をヘラジカの群と併走するように疾走していた。
交代で茂みの陰や、木の後ろから姿を見せては隠れるを繰り返して、実際の数よりも多数の狼が追跡しているように見せかけている。彼らの役目は鹿の群を、森に逃げ込ませずに、湖畔を周回させることだ。
獣道に逃げ込もうとする個体を、吠え掛かることで威嚇して群に戻す姿は、牧羊犬の様にも見える。
やがて待ち伏せの陣地に近づくと、ケンチームは森から飛び出し、鹿の群を真後ろから追い立て始めた。
鹿達は行く手に恐ろしい罠が待ち受けているのも知らずに、狼から逃れる為に、速度を上げた・・・
ところで、モグラがなぜ畑を荒らす害獣だと言われてるか知ってるかな。確かにモグラは地面にトンネルを作るけど、主に昆虫やミミズを食べるから畑の作物を荒らすわけではないんだ。
それよりも農耕用の牛馬が、モグラ塚を踏み抜いて、骨折したりするほうが被害が大きいので害獣とされているらしい。
ゆっくり歩いている牛馬でも、はまれば脚を怪我するモグラの穴に、激走するヘラジカが脚をとられたらどうなるか・・・
こうなるんだよね。
ガッ ボキッ 「ピャギーーー」 ドウッ
ガッ ボキッ ドウッ グキッ
ガッ ボキッ 「ピャギッ」 ドタンッ バタンッ
後ろ足が嵌ると、即時骨折して腹ばいに倒れる。ヘラジカの巨体は片足でも失うと、もう立ち上がれないから、後は槍で止めをさせばいい。
前足が嵌るともっと悲惨で、即時骨折のあと、慣性が残っているので頭から地面に激突。運が悪いと全体重を首に受けて頚椎骨折で即死するんだ。
親方達の掘ったデストラップを偶然にも突破した個体には、茂みに隠れていたコマンド部隊が槍を投げて奇襲してくる。
前を走っていた仲間が、転倒したのに驚いて急停止した個体には、後方からケンチームが襲い掛かる。
この死地を脱出できたのは、危険を察知して脇に逸れた雄鹿のリーダーと、それに付き従った3頭だけだった。
仲間の3頭を森の中に逃した後で、ヘラジカのリーダーはしばらく森の端に残っていた。罠に嵌った最後の仲間が息絶えるのを見届けると、そのまま森の奥に姿を消していった。
「復讐よりも群の存続を優先したのかな」
「ですかね」
雄鹿の瞳は黒水晶のようで、そこに何を映し、何を思っていたのかはわからなかった。
さあ、事後処理をしてしまおう。
今回狩れたヘラジカは合計で6頭だ。モグラトラップで4頭倒して、うち1頭が首を折って即死していた。残りの3頭は離れた位置から槍をなげて確実に止めを刺した。
コマンド組は奇襲で1頭を仕留めていた。ケンチームも最後尾の1頭を引き倒して、喉を噛み切っていた。
さすがに6頭は持ち帰れそうにないので、3頭をこの場で捌いて、肉の美味しそうな部位と角だけ持ち帰ることにした。余った部位はケンチームの腹に詰め込んでもらった。生肉でも平気なアップルチームも参加していたが、コマンドチームは戻ってから焼いて食べたいそうだ。
それでも3頭分の内臓の大部分と皮が残ったけど、これはあきらめよう。
用意した簡易ソリに1頭ずつ乗せて落ちないように縛りつけると、急いで帰還する。血の臭いに引き寄せられて、何が来るかわからないからね。
親方達はちゃっかりソリに便乗していたけど、今回の殊勲者だから仕方ないかな。
ソリはスノーゴブリン達が2人で1台を引っ張っている。その周囲を、お腹がポッコリ膨らんだケンチームが警戒している。ハーネスがないから犬橇みたいにケン達に引いてもらえないんだよね。帰ったらなんとか作ってみよう。
幅3mのソリが通り抜けできる場所はそんなに無いので、しばらくは湖畔沿いに移動していた。その時、急にケンが唸り声をあげて後方の警戒態勢に入った。
振り向くと、大分離れた鹿の処理場に、灰色の巨大な何かが蠢いているのが見えた。
「奴だ・・・」
それは全長3mを越えていそうな巨大な灰色羆だった。




