陥穽
14:30、加筆投稿しました。
キャラバンの後方、2km程の距離を置いて、レッドバックウィドウの集団が移動していた。
その中心には、上半身を硬革鎧で覆った、1体の女性形ダークライダーが存在した。彼女は次々と現れる負傷した蜘蛛に、治癒の呪文をかけると、戦場へと復帰させていた。
「チキチキチキ」
そんな彼女の元へ、伝令役の蜘蛛が何かを伝えてきた。
「追い詰めたと思ったが、案内人が居たか・・」
しばし考えたあと、伝令に命令をする。
「逃がすな、一気に追え・・」
「チキチキ」
伝令役の蜘蛛は、足早に前線へと走り去っていく。
それを見送ったダークライダーは、次の一手を考えていた。
「湿原を抜けられると面倒だな・・例の湖までに捕捉したいが・・」
考え込みながら移動する彼女の後方には、さらに大量の蜘蛛が集まりつつあった・・・
その頃、キャラバンは、先頭の1号車が、浮き草の群生地を抜け出そうとしていた。
『どうやら、難所を突破できたな・・』
団長のほっとした声が、伝声管から聞えてきた。
周囲を包囲していた蜘蛛達は、水深が深くなった沼に足止めされたり、浮き草に隠れた縦穴に水没したりして、立ち往生していた。
大蛙の道案内で、巡航速度のまま通過できたキャラバンとは、かなり距離が開いたはずだ。
「けど、まだ追って来ているっすよ」
ワタリの視線の先には、後方で、縦列を組んでキャラバンの行路を追う蜘蛛の姿があった。
散開していたはずの蜘蛛が、キャラバンが通過した場所には、縦穴がないとわかっているかのように、それが通り過ぎた後をなぞっていたのだ。
交通標識の代わりをしていた大蛙達は、最後尾の7号車が通過すると、順々に縦穴に沈んで旗ごと姿を隠してはいたが、攪拌された泥水が、通過したルートをくっきりと残している・・・
『しつこい連中だな。そこからなんとかなるか?』
「縦穴を避けるのに蛇行しているから難しいっすね。バリスタも射界外っす」
『なら、逃げの一手か・・』
体力の限界に近い牽引アルマジロに、これ以上の負担をかけるのは忍びなかったが、できればここで、完全に引き離したかった。
「ああ、でも大丈夫みたいっす・・」
『どういうことだ?』
「仲間が、ここはまかせろ、って合図してるっすよ」
遙か後方で、特徴的な三つ又矛を振る、ベニジャの姿が見えた・・・
そのキャラバン後方では、速度を上げて一気に追いつこうとする蜘蛛の集団が、最初の縦穴の横を通過したとき、先頭を走っていた個体が、突然水中に消えた。
それは、足元の穴に落ちたのではなく、横に開いていた縦穴に、引きずり込まれるように水没したのである。
チキチキチキ
蜘蛛は警戒音を発しながら、キャラバンを追うが、第二、第三の縦穴の側でも、水没する個体が発生した。中には自力で縦穴から這い出してくるものもいたが、すぐに何かに引かれた様に、再び水中へと姿を消すことになった。
浮き草の下を覗き込めば、縦穴に潜む大蛙の舌に絡め取られた蜘蛛が、引きずり込まれまいと、穴の縁に8本の足を引っ掛けているのが見えたに違いない。
「水中戦なら負けないぜ、ジャー」
陸上での1対1なら蜘蛛に軍配が上がるが、水中でなら互角以上の戦いが可能だった。
レッドバックウィドウは、大蛙が飲み込むには少し大きすぎるが、舌の綱引きをしている間に、呼吸困難に陥った蜘蛛は、やがてぐったりと動かなくなった。
キャラバンの後ろを辿ってきたのは、十数体の蜘蛛の集団だったが、縦穴の側を通り過ぎる度にその数を減らしていき、結局、浮き草の群生地を抜け出す事が出来た個体は1体もいなかった・・
「「ケロケロ」」
その頃のダンジョンコアルーム
「レッドバックウィドウ、2体追加!」
『らっしゃい!』
縦穴に引きずり込んで、溺死させた蜘蛛は、コアが片端からDPに変換していった。
コアは何故か半被を着て、捻り鉢巻をしている。
千客万来ということなのだろうか・・・
今まで、ダンジョンの領域外でしか蜘蛛を倒してこなかったので、大分、フラストレーションが溜まっていたみたいだ。遠話で撃破数を報告されるたびに、虚しいカウントだけが増えていった。
縦穴の殆どは、地下水道に繋がっていて、大蛙達を転送で送り込むことができた。なので、そこで倒した蜘蛛は吸収出来るし、この襲撃が終息すれば、撃退ポイントも入ってくる予定だ。
かなり先の話になりそうだけれども・・・
ちなみにレッドバックウィドウのランクは4で、1体を吸収すると80DPになる。
『まいどありっ!』
キャラバンを追跡してきた蜘蛛の小集団は、全て大蛙に捕食されたみたいだ。反撃で舌に噛み付かれて、麻痺毒を受けた大蛙もいたけれど、麻痺をしている間に獲物に逃げ出されただけ済んだ。
逃走に成功した蜘蛛は、水面に浮上すると同時に、待ち構えていたベニジャ達に打ち取られていた。
「殿は任せろ、ジャー」
「「シャー!」」
「ご主人様、領域が繋がっているのですから、現地で眷属化の後に転送で、ドワーフを収容することができると思うのですが?」
カジャが、安全確実な策を提案してきた。
「それは最後の手段かな・・まず眷属化の承諾を得るのに時間がかかりそうだし、アルマジロや車両は運べないからね」
「なるほど、財産は放棄することになりそうですね」
「しかも全員を眷属化して、転送できるほどDPもないし・・」
「・・・蜘蛛を呼び込みますか?」
それは僕も考えた。
せっかく大発生した害虫なのだから、駆除するのも吝かではないのだけれども・・
「数にもよるよね・・」
「確かに・・消化しきれなかったら、腹を食い破って出てきそうですね・・」
蜘蛛のコロニーで確認されているのは、大きいもので50匹前後の個体で形成されている。それ以下の小集団は、そのコロニーが分割もしくは数を減らされたことにより発生しているらしい。
そしてこの大型のコロニー毎に、統率者がいる。
大氾濫の初期のコロニーは、ただ広がっていくだけで、統率者が随伴しないものもあったのかも知れないが、今はほぼ居ると見て間違いなさそうだ。
すでにメンバーが倒した蜘蛛だけで、100を越えている。しかしそれは氷山の一角に過ぎない。
なぜなら追ってくる蜘蛛の集団は、減ったように見えないし、北西にも移動中のコロニーが存在することが確認されているからだ。
「全部、一辺にこられると、捌ききれないね」
「ですが、コア様は乗り気ですが・・」
ふと横を見ると、コアが、刺身包丁を研いでいた。
『ふふふ』
ヤバイ、誰かさんが憑依してる・・
『かもーん』




