欲望という名の
7号車に蜘蛛が取り付いたのは、1号車の屋根の上からでも見ることができた。
「7号車がやばいっす。ここは任せるっすよ!」
ワタリは伝声管に向って叫ぶと、2号車に飛び移っていった。
1号車の車中では、ワタリの代わりに、蜘蛛に止めを刺す役を担うために、クロスボウの射手が前方に集中して配置される。
巡航速度とはいえ、走行中でしかも揺れる車両の屋根を、ワタリは平地のように走り抜けていった。
途中で車両同士の距離が開いていて、ジャンプしても届かないときは、牽引アルマジロの背中も踏み台にして、あっという間に7号車に辿り着いてしまう。
その頃には、ピョン太の活躍で、屋根に乗った蜘蛛は除去されており、7号車は隊列から遅れた距離を稼ごうと、速度を上げている最中であった。
「無事っすか?」
7号車の伝声管に呼びかけると、中からエルフの小隊長の返事があった。
『ワタリ殿か、蜘蛛に屋根に張り付かれたが、なんとか切り抜けられた。怪我人は出ていない。キャラバンの定位置に戻る途中だよ』
「了解っす。しばらく屋根に陣取るので、何かあったら言って欲しいっす」
『こちらも了解した。4号車が遅れているので注意してくれ』
そう言われて後方を見ると、7号車自体が少し隊列から離れていた上に、4号車はさらにキャラバンから
遅れていた。
「まずいっすね・・」
ワタリの視界には、遅れだした4号車を狙って、後ろから追走している蜘蛛の集団が映っていた・・・
その頃、4号車の車中では、貴族派同士で言い争いをしている最中であった。
「なぜもっと速度を出さないのだ?!このままでは蜘蛛どもに追いつかれるぞ」
「貴殿の荷物が重すぎるのだよ。速度を上げたいのなら、半分ほど捨てれば良かろう」
「馬鹿な、貴様の甲冑こそ、役に立たんではないか。とっとと脱いで蜘蛛どもに投げつけた方が十倍ましじゃ」
「ああ、皆さん、ここは班長である私に免じて、穏やかに話し合いで・・・」
「「班長は私だ!」」
そこに伝声管から声がした。
『積載重量がオーバーしていて速度がでてないっす。至急、要らないものを投げ捨てて軽くしないと、蜘蛛がそこまで迫ってきてるっすよ!』
「すでに不要な物は放棄してきた。これ以上は無理だな」
『いやいや、他の車両はもっと軽量化してるっすよ』
「庶民と一緒にしないで欲しい。我らには守らなければならない矜持というものがあるのだよ」
『それって、命より大切な物っすか?』
「ある意味そうだな。そして我らの安全を守るのは、お前達の役目だろう」
ワタリは、貴族派の勝手な言い草にあきれ返りながら、それでも警告を続けた。
『警護しようにも、キャラバンと離れすぎたら援護が届かないっすよ』
「ならば、キャラバンより、我らを優先すれば良かろう。アイスドレイクで周囲を固めれば、蜘蛛どもも近寄れまい」
貴族派の身勝手な言い分に、ワタリも返す言葉がなかった・・
その隙をついて、後方の蜘蛛が一気に間合いを詰めてきた。
『来たっす!』
ワタリは屋根の上から、一番近い蜘蛛を狙ってクロスボウを撃ち続けた。
車内からも散発的に、クロスボウが放たれたが、狙いが甘く、大した効果はあげられなかった。
「速度があがらん、屋根から降りろ!」
伝声管からの無茶な指示に、ワタリは驚いたが、彼の体重分、車重が増えているのも確かであった。
『オイラがどいたら、全速でキャラバンに追いつくっすよ!』
そう言い残すと、ワタリは身を翻して、7号車へ向ってジャンプした。
その頃には、最後尾の4号車と7号車では、車両3台分の距離が開いてしまっていた。ワタリの全力の跳躍でも7号車に飛び移るのは無理かと思われた。
「スイッチっす」
跳躍の頂点で、転移スキルを発動すると、ワタリの姿は7号車の屋根に現れた。
その代わりに妙に黄ばんだ通信旗が、ヒラヒラと宙に舞っていた・・・
しかしワタリが7号車に移っても、4号車の速度は上がらなかった。
元々、スノーゴブリンの体重はそれほど重くない。それは現状で、7号車の速度が落ちていない事でも分かる。
4号車が遅れ気味なのは、牽引アルマジロの体力が限界に来ていたからであった。
他の車両の2割増しの荷重を、ずっと牽きつづけていた4号車のアルマジロは、巡航速度でキャラバンに付いていくのが精一杯だったのだ。
ここにきて、多数の蜘蛛に追われるプレッシャーから、その疲労はピークに達していた。幾ら運転席から叱咤されようとも、身体が思うように動かなくなっていた・・
7号車からは、ワタリの他にも、車中から援護射撃が盛んに放たれたが、4号車の真後ろに位置した蜘蛛には攻撃ができない。
やがて最初の1体が、4号車の後部に取り付いた・・
グンッと沈み込むような感覚を覚えたと思ったら、速度が急に下がり始めた。
「なんだ、どうした、速度が落ちているぞ!」
「蜘蛛だ、蜘蛛が後部に取り付いているんだ!」
騒ぎ立てる合間にも、次々と蜘蛛が集って来る。
屋根に登った蜘蛛は、ワタリの狙撃を受けて転がり落ちていくが、後部に取り付いた蜘蛛は引き剥がすことが出来なかった。
「槍で突き殺せ!」
クロスボウ用の銃眼から槍を突き出そうとするが、逆にそこから糸を吹き込まれてしまった。
「ぐわっ、なんじゃこれは!」
「粘ついて取れん、これは糸だ、化け物蜘蛛の糸だ!」
「クソッ、誰か助けろ!ワシらは貴族だぞ!」
車内の混乱が運転席まで蔓延すると、牽引アルマジロの制御が疎かになり、パニックを起こしたアルマジロが、右に急カーブをしてしまった。
「まずい!倒れるっす!!」
急激な方向転換に、バランスの崩れた4号車は、そのままの速度を維持しながら横転してしまう。
スライドする車体に引きづられるように、牽引アルマジロも、鎖に絡まったまま転倒することになる。
推進力を失った車体は、あっという間にレッドバックウィドウに集られて、蜘蛛の小山に埋もれてしまった。
「・・あれはもう助からないっす・・」
誰にともなく呟いたワタリは、後続の蜘蛛が4号車の残骸に群がって、こちらを追ってこない事を確認すると、団長に報告する為に、キャラバンの先頭へと走っていった。
遠くからアルマジロの悲しい鳴き声が聞えた気がした・・・




