月に群くも
ナーガ族の隠れ里にて
最初の大きな襲撃を撃退したあと、数時間おきに1・2体のはぐれ蜘蛛との戦闘は起きたが、負傷者もでずに処理することが出来た。
六つ子も、魔力の尽き掛けたメンバーを優先して休憩に回し、戦士であるリーダーやレンジャー妹が、警戒任務に参加していた。
やがて夜になり、蜘蛛の活動が鈍くなってくると、警戒を里の戦士達に任せて、二人も休息に入ることにした。
「結局、援軍は来なかったな・・」
「向こうの方が黒衣の沼に近いからね・・こっちより大変なのかも・・」
そう呟く妹の顔も、疲労で今にも目蓋が下りそうであった。
「とにかく身体を休めろ、明日もまた厳しい戦いになるぞ」
「あいあい、おやすみ~」
レンジャー妹は、ドルイド妹の待つテントへと潜り込んでいった。
それを見届けたリーダーは、反対側にある男性陣用に用意されたテント群を眺めて、ため息をついた。
「あそこに行くのが憂鬱だぜ・・・」
なぜか贅沢に、個別に用意されたテントは、ナーガ族の感謝の表れだという。
それはありがたいのだが、どうしても裏の思惑を考えずにはいられなかった。
今も、2つのテントからは、ナーガ族の女性の嬌声が聞えてくる。たぶん、お酒の酌でもされているのだろう・・
微量ながら魔力の回復を増進するという薬酒は、希望者だけ飲むことにした。
妹二人は辞退していたが、弟達は、3人とも嬉々として飲んでいた・・・
「少しでも魔力が回復するなら、多少の副作用は我慢するぜ」
「魔力回復ポーションはめったに手に入りませんからね、この薬酒の成分も気になるところです」
「・・ごくごくごく」
魔力回復より、精力増進に興味があったのは一目瞭然だったが、止めさせる理由もなく、そのまま休憩させることにしたのだ。
どちらにしろ、術者系は魔力が枯渇すれば戦力にならない。出来るだけ安静にして魔力の回復を図って欲しいのだが、あの二人は、ずっと酒盛りをしていたようだ。
まあ、薬酒が効くならそれでも構わないのだが・・
問題は、最後の一人だ。妙にテントが静かなのが気にかかる・・
既に酔いつぶれて寝てしまったのなら良いんだが、それにしてはテントの中の気配が複数なのは何故なのか・・
・・・・・
放って置こう・・弟も自分の責任ぐらい自分で取るだろう。
来年辺り、ハーフナーガの姪っ子ができるかも知れないが・・・
六つ子のリーダーが自分に用意されたテントに入ると、そこには先客が居た。ナーガー族の戦士長である。
「一足先に飲ませてもらっているぞ、シュル」
「・・ああ、それは構わんが、なぜここに?」
「貴殿とは一度ゆっくり話がしたくてな・・明日はその時間があるかどうかわからないから、勝手に押しかけたというわけだ、シュルシュル」
そう言って、もう1つの杯に酒を満たして手渡してきた。
「これ、例の薬酒じゃないだろうな・・」
「戦士の我らに魔力回復は意味ないだろう、私の秘蔵の酒だ、味わって飲んでくれ、シュル」
リーダーは戦士長の正面に座り込むと、杯を受け取った。
「ならばいただこう」
「うむ、勇敢な戦士に、この1杯を捧げる、シュルシュル」
二人は同時に飲み干した。
「なるほど、美味い酒だ・・」
「私が戦士長に就任したときに族長から贈られた酒だ。記念日に飲もうとしたまま、ずるずると封を切らずに過ごしていたのだ・・シュル」
「そんな大事な酒を、良かったのか?」
「ああ、腐らせても仕方あるまい・・貴殿と飲めるなら上等の部類だろう・・シュル」
「そうか・・」
二人は静かに杯を重ねていった・・・
リーダーには、これが別れの杯であろうことは、薄々気がついていた。
明日、夜が明けて、もう一度今日と同じ規模の襲撃があれば里は護りきれない。圧倒的に戦士の手が足りないからだ。
もともと隠れ里には、薬師や農婦が多く、戦える者が少なかった。
その上、狩りに出た者が、蜘蛛に襲われて行方不明になっており、まともな戦力としては5人しか残っていなかった。その内の一人が、今日の戦闘で重傷を負い、しばらくは安静が必要だという。
六つ子の魔力も、薬酒の効能があっても全回復は難しいだろう・・
故に、彼女は死を覚悟して、ここに居る。
たとえ里を放棄して、族長や他の薬師を逃がしたとしても、戦士長である彼女は、最後までこの里の守りに留まるに違いなかった。
だからリーダーは黙って、杯を受ける・・・
彼女にとって、この隠れ里は、彼にとっての家族と同じ重さを持っているのだろうから・・・
やがて隠れ里の夜は更けていった・・
昼間の戦いで、心身ともに疲れ切った村人は、倒れこむように寝床に横たわると、そのまま深い眠りについた。
まだ体力の残っている少数が、見張りに立っているが、それも居眠りしないのが精一杯という感じである。ただし蛇たちが巡回しているので、敵が近づいてくれば知らせてくれるはずであった・・・
普通ならば・・・
深夜になり、それまで隠れていた月が、雲の隙間から顔をだした。
つられて夜空を見上げた村人が、そこに奇妙なものを見つけた・・
「銀色の線?・・」
それは里の上空を横断するように張られた、1本のロープのようでもあった。
「あんなもの、あったかしら・・シュル・・」
気になって、仲間に問い掛けようとした、その時、彼女の頭上に巨大な影が落下してきた。
「キャーーーーー」
悲鳴をあげたのは離れた位置で、その惨状を目撃した別の村人だった。
最初に異変に気がついた村人は、レッドバック・ウィドウの下敷きになって、すでに死亡していた。
悲鳴を聞きつけて、あちこちから戦士達が集まってくるが、そこへ次々と夜空から蜘蛛が落下してくる。
「敵襲だ!蜘蛛が侵入したぞ!」
「空だ、奴ら空から降りてくる!」
「戦えない者は避難しろ!戦士は槍を持て!」
混乱する中で、レンジャー妹もテントから飛び出した。
「どういうこと?蛇の警戒網は働かなかったの?」
夜空を見上げると、そこには岩山の頂上を結ぶ、銀色のロープが見えた。
「奴ら、糸を撚り合わせて、ロープ代わりにしたのね!」
その妹の死角から、レッドバック・ウィドウが飛び掛ってきた。
「まずいっ!!」
咄嗟に避けようとしたレンジャー妹だったが、間に合わなかった・・
「キャーーーー」
首筋に毒牙が突きたてられ、そのまま押しつぶされて噛み殺される・・・はずだった・・
だがしかし、妹を襲ったレッドバック・ウィドウは、空中でバランスを崩し、そのまま地面に激突すると、動かなくなった。
「いったい、何が・・」
呆然とするレンジャー妹の目に、蜘蛛の影から姿を現した、2頭の漆黒の狼が映った。
「チョビ!助けにきてくれたんだね!!」
「バウバウ」
「あははは、ありがとうチョビ!」
抱きかかえて、めちゃくちゃに撫で回すレンジャー妹を、もう1頭のシャドウウルフが窘めた。
「バウ!」
「あ、そうだ、戦闘中だった・・」
「バウ」
「よし、君はガイルだったね、君も力を貸してくれるのかい?」
「バウ」
「うん、よろしくね。君達が居れば、百犬力だ、里に入り込んだ蜘蛛を駆逐するよ!」
「「バウバウ」」
一人と2頭は、乱戦の中に飛び込んでいった・・・




