室内でご使用の際には
「サーバントAは、パティーの3m先を進みなさい」
「OOo」
コルベットの指示で、透明な従者の1体が、滑る様に前にでた。落とし穴避けである。
その後ろから、ランチャーが周囲に注意を払いながら階段ゆっくり降りていく。
本当は、ランチャーが進むのに合わせて、従者が前に出ているのだが、傍から見ると、従者に導かれているように見える・・・従者の姿は見えないのだけれども。
「説明がうざったい!」
コルベットがまた、虚空に向けて独り言を呟いた。
よくある事なので、団員は誰も気にしていない・・・次元の狭間から召喚をし過ぎると、見えない者が見えたり、聞えないはずの声が聞けたりするらしい。
いわゆる妄想癖である。
それならば、そっとしておいてあげるのが、大人の対応だと他の3人は思っている。
「ねえ、何か失礼なことを考えてない?」
「「いや、なにも」」
地下への階段を降りると、すぐに右壁に木製の扉があった。階段はそのまま下へと下っている。
「どうする?」
ランチャーが、仲間に尋ねた。
「罠がなければ開けてみなさいよ」
コルベットの指示で、ランチャーが罠探知を始めた・・・
「なさそうだな・・鍵も掛かってない・・」
ランチャーは、パーティーに少し下がっているように身振りで伝えたあと、木の扉をそっと押し開いた。
扉の先は下り階段であった。10mほど下に青銅の扉が見える。
「下ってまた扉か、どうする?」
「今度は青銅の扉なのよね?重要度が増してる感じがするわね」
コルベットの意見で、その扉を開けることになった。
「罠はないが、鍵が掛かっているな・・倉庫か何かか?」
「鍵は開けられるのか?」
「誰に言ってるんだよ、いざとなったら呪文を使うが、これぐらいの難易度なら・・」
そういって鍵開けの道具で2・3度、鍵穴をいじると、カチャッっと音がして鍵が開いたようだ。
「それじゃあ、ご開帳といきますか・・」
ランチャーが少し重い青銅の扉を押し開けた・・・
「こりゃあ、倉庫だったんだな。安酒の臭いがまだするぜ・・」
ランチャーの言う通り、地面を掘りぬいて固めただけの地下室には、酒樽が並んでいて、混ぜ物を入れた安い酒の臭いが充満していた。
そして床や壁際に白骨死体が散乱していた。
「死体は大分前のものだな・・焼け焦げた跡が残っているのは、火炎属性の呪文使いでも混じっていたのか?」
死体の半数は焼け焦げた革鎧を着た冒険者風で、半数は揃いの盾を持ったスケルトンのようにも見える。
「この位置関係だと、奥の石扉に仕掛けられた罠に嵌ったところに、スケルトンに奇襲されてやられたっぽいな・・」
「あのスケルトンはまだ、動くんじゃないのか?」
「もしくは部屋に入ると再召喚されるとかな」
ランチャーが手近な白骨死体に短剣を投げつけてみたが、反応はなかった・・
「やはり動くとしても再召喚されてからか・・どうする?」
奥の石扉にはほぼ間違いなく罠があるだろうし、連動してスケルトンが出てきそうである。ランチャーは暗に、引き返そうという意味を込めてリーダーに尋ねた。
しかしコルベットの反応は違った。
「スケルトンが出てきても6体でしょ。ビビる必要なんてないわよ。罠はサーバントで作動させるから平気だしね」
「なら、任せるぜ・・」
ランチャーとコルベットは立ち位置を交代した。その横には常にロータスが警備についている。
「サーバントBは奥の扉を開けてきなさい!」
「OOo」
コルベットの指示で、透明な従者が部屋を突っ切って扉を開けに行った。透明なものには反応しないのか、白骨死体が動く様子もなかった。
やがて扉の前に到達した従者は、一種懸命に扉を押すが、びくともしなかった・・・
どうやら鍵が掛かっているらしい。従者は困ったようにコルベットを振り返って見た。
「えっと・・触れると作動する罠はないわね、うん」
「へいへい、俺がノックの呪文で開けるから、そこをどいてくれ」
再びランチャーと位置を代えると、コルベットは階段の途中まで登った。ロータスはまだ前線でスケルトンを警戒している。
「閉ざされし扉よ、我が前に道を拓け、ノック(開錠)!」
ランチャーが奥の扉に開錠の呪文を掛けると、扉の鍵がはずれて勢い良く開き、そして罠が発動した。
「火炎の範囲攻撃か・・って、こっちに飛んで来やがった!!」
てっきり部屋の中央で炸裂すると思っていたファイアーボールが、青銅の扉を目標に飛来してきた。ランチャーとロータスは直撃範囲である。階段の上部にいたコルベットとカレラにも熱風が押し寄せた。
「サーバントAとBが!」
「こっちの心配しろよ、畜生!」
悪態をつくランチャーの背後で、酒樽が破裂し、中からこぼれ出した液体に、引火すると部屋中に燃え広がった。
「ど畜生め、酒と見せかけて油かよ!どうりで混ざり物の臭いがすると・・・」
わめくランチャーの横で、ロータスが盾を構えた。
「くるぞ!」
見ると、部屋の中で炎に巻かれながら、複数の人影が蠢いていた。
「おいおい、スケルトンだろ、なんで火の海の中を平気で歩いていやがる・・ゴホッツ・・」
黒い煙に咽ながら、ランチャーが喚いた。
「俺にもわからん・・が、火炎耐性でも付与してあるとしか思えんのだが」
スケルトンは火炎属性に脆弱性がある。まさか巻き込み形の範囲攻撃が来るとは予想していなかった。
「とにかく部屋からの熱気が凄い、ダメージを受けないぐらいまで下がるぞ・・ゴホッ」
擬似ファイアーボールと油の延焼で、かなりの火傷を負った二人は、階段を登って炎から離れようとした。
だが、その足を何かが掴んだ。
「うわっ!なんだ?」
「新手か、こいつは冒険者風の死体の方だ!」
床に広がる炎に紛れて、全身を燃え上がらせながら、匍匐前進してきた2体の焼死体が、二人の足をそれぞれガッチリと掴んで、部屋の中に引きずり込もうとしていた。
「畜生、離せよ、あちっ、熱いって」
「馬鹿な、1撃で切り伏せられないだと!こいつらスケルトン・ファイターではないな!」
掴んでいる腕に切りつけたが、一太刀では切り離せなかった。しかも燃え盛る腕に攻撃すると、その炎で逆にダメージを受ける。さらにその場に留まっていると、油の延焼からもダメージを受けた。
「こっからだと部屋の中の敵には射線が引けないわ! カレラは二人に耐性の付与を!」
「もう準備した、マス・レジストファイアー(複数火炎耐性)!」
カレラは、すでに詠唱を終えていた複数対象の付与呪文を、ついでに4人全員にかけた。
これで炎のダメージは全て防げるはずであった・・・
「助かったぜ、あとはこいつらを・・うっ!」
「おい、ランチャーどうした・・うぐっ!」
ところが前衛の二人は、喉を掻き毟りながらその場に倒れてしまった。
「何?毒ガス?」
「違うな!これは・・窒息の症状だ!」
鉱山の坑道で、鉱夫達が落盤の次に恐れている現象であった。
意識を失った二人を、焼死体がずりずりと部屋の奥へと運んでいこうとする。
「・・虚空に住し理力の巨人よ、その手を我に貸し与えよ、フォース・ハンド(理力の手)!」
コルベットは呪文を素早く詠唱すると、ロータスの上にフォース(理力)で造られた巨人の手を召喚した。
それを使って無理矢理、ロータスの身体を階段の方へと引き寄せた。
力比べでは分が悪いと、アルカナナイトの身体を手放した焼死体は、青銅の扉を閉めてしまった。
「あっ、ランチャーが!」
慌てて理力の手で扉を押すが、中から総出で支えているのか、ギシギシいうだけで開かなかった。
「ノックの呪文は?」
「覚えているのはランチャーだけだよ」
「・・仕方ないわね、扉を分解するわ」
コルベットが、第十二階位の呪文を詠唱し始めた・・
「万物よ想い出せ、汝らが原初は塵であったことを・・ディスインテグレート(原子分解)!」
緑色の光線が、コルベットの指先から迸ると、青銅の扉に衝突し、そして扉は塵となって消滅した。
部屋の中には壊れなかった酒樽がバリケードのように積まれていて、床の炎は酸欠で消えていた。
しかしそこにはランチャーの死体も、白骨死体も残っていなかった。
「どういうこと?どこに消えたの?」
「・・どうやら奥の扉から運び出したらしいな。引きずった跡が残っている・・」
だが、扉の先はすぐに行き止まりになっていた。そして床にぽっかりと大きな縦穴が口を開けているだけであった・・・
「やられたわね・・」
「・・ここは危険だ、すぐに息苦しくなるぞ」
二人はランチャーの回収をあきらめて、ロータスを抱えて階段を戻ることにした・・・




