河の流れのように
ドワーフの開拓村跡地にて
ワタリがドワーフのキャラバンを引き連れて、南下することを決意していた頃、アエンは親しい工房仲間と旧交を温めていた。
「リン、ネオン、無事だったのね!」
「アエンも元気そうで、よかった!」
「あの帝国の遺産、ちゃんと機動したんだね」
女性のドワーフとしては珍しい、魔道具作成技能を持つ3人は、お互いの無事を喜び合っていた。
「ねえ、アエンの冒険話を聞きたいんだけど、なにか急ぎであるの?」
到着した護衛役らしい一団が、慌しく方向転換をしているので、リンと呼ばれた娘が心配して聞いてきた。
「そうね・・二人にだけは知っておいてもらった方がいいかも知れない・・」
アエンはそう呟くと、人気のない場所まで親友の二人を引っ張っていった。
「実はね・・」
アエンは自分がダンジョンに保護されて、今はその眷属になっていることを二人に打ち明けた。
それを聞いた二人は、まったく異なる反応をした。
大人しい雰囲気のリンは、状況的に仕方ないと納得してくれた。
「アエンが選らんだ道だもの、それで庇護を受けられるなら、私でもそうしたと思う・・」
しかし活発な雰囲気のネオンは、憤慨している。
「そんなの、仲間の安否を盾にとった脅しと一緒でしょ、今からでも取り消してきなさいよ!アエンだけが貧乏くじを引く必要なんてないわ!」
「私は、割と気に入っているのよ。お酒も美味しいし、鍛冶場も造ってもらえたし、お酒も沢山でるし・・」
「アエンはお酒に釣られただけでしょ!どうせ酔いつぶれているときに契約させられたに違いないわ!」
「さすがに素面だったわよ、その時は・・」
「どうだか!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
リンの宥められて少し冷静になった。
「私の事は後回しにして、兎に角今は、補給拠点に残っている仲間の救出に向かう必要があるの・・」
アエンは現状の報告を優先した。眷属化は簡単には白紙にできないだろうし、アエン自身も取り消す気などなかったからだ。
蜘蛛の襲撃については、リンとネオンも真剣に考え始める。
「大氾濫が本当なのだとしたら、ここにいても危険かも」
「そうね、せめて鉱山にまで戻るか、とっとと移動した方が良さそうね」
二人ともこの場で留まることはリスクが高すぎると判断していた。
「でも、私達がそう言って、皆、動いてくれるかしら?」
アエンの心配に、二人も同意してきた。
「全員は無理かも・・」
「頭が堅い連中もいるからね。ここに残るとか言い出す連中も居ると思うよ」
「出来ればここに集まった皆には移住してもらいたいのだけれど・・」
「説得はしてみるけど・・」
「ここまで来たら自己責任だって。うちらの判断が正しいかどうかも行ってみないとわからないわけだしさ」
ここでも二人の意見は分かれた。ただしリンの言う説得には時間が足りなかった。
ワタリとアップルが相談した結果、纏まって南下することが宣言されたからである。
そして案の定、ドワーフの一部から反発が起きた・・・
「危険過ぎる!レッドバック・ウィドウが襲い掛かっている場所に突っ込むとか自殺しに行くようなものだぞ!」
「そうだ!ここで守りを固めながら状況を待つべきだ!」
「いや、それより一度鉱山に戻ろう。ここも危険かもしれん・・」
「しかし、移動中に蜘蛛に追いつかれたらどうします?」
「それこそ、南下してる最中に襲われたらどうするきだ?」
「ですから・・」
「何を言って・・」
口々に意見を述べるドワーフ達を、ワタリは一喝した。
「少し静かにするっすよ!状況が切迫してるっすから、一度しか言わないっす!」
スノーゴブリンとは思えないほどの威圧感に、ドワーフ達は口を閉じて注目した。
「オイラ達は、これからすぐに補給拠点へ向けて南下するっす。これは決定事項っす。ただし、希望者は同行してもらって構わないっす。少し、いや大分危ない旅路になると思うっすけど、ここに留まるよりマシと考えて決断したっす。なので移住希望者はすぐに移動の準備を始めて欲しいっす」
ワタリの宣言に、黙って聞いていたドワーフの一部が騒ぎ出した。
「無責任だろう、最後まで護衛の責任をとるべきだ!」
「ここに留まる方が危険だという根拠は?」
「すでに補給拠点は全滅しているのでは・・」
「南下は強制ではないっす。好きなように判断して、最も良いと思う選択をするっすよ。オイラ達に同行するなら、出来るだけフォローはするっす。ここに残るのも鉱山へ逃げ戻るのも自由っすから」
すでに双子姉妹の姉とは、あちらの遠距離会話呪文によって、打ち合わせが済んでいた。
『・・それでは、そちらの南下開始と同時に引渡しは終了したということで良いかな・・』
「構わないっす・・ただ、この場に残るドワーフがいた場合に、避難の誘導をお願いしたいっす」
『・・それは水晶蜘蛛はそちらの護衛に廻さなくていいということかね?・・』
「もし、二つに分かれるようなら、残るほうにつけて欲しいっすよ」
『・・優しいことだな・・まあ、いい、それが希望ならそうするだけだ・・』
結局、12台の移動車両のうち、3台がこの場に残ることを主張した。アエン達が懸命に説得したが、短時間で彼らの意思を変えることは出来なかったのだ。
さすがに移住を希望してここまで来たドワーフの中には、鉱山へ戻る選択をした者は出なかった。
「1日耐え切れば鉱山から護衛の増援が来る予定っす。蜘蛛を撃退できたら、また案内に戻ってくるっす」
「周りに残っている水晶蜘蛛は味方ですからね、攻撃したらダメですからね」
アエンは、居残り組に話しかけた。
「なに、ワシらより自分達の心配をせい。蜘蛛の大群に突っ込むんじゃからの」
「まったくだ。死にに行くようなものだぜ」
「今からでも補給拠点など放棄して、ここの守りを固めるのはどうかね、報酬なら出そうじゃないか・・」
一部に愚痴る者もいたが、出発の時間は変更になることはなかった。
「準備はいいすか?ここを出たら補給地点までノンストップで行くっす。前を行く車両から逸れないようについてくるっすよ」
先頭の車両のルーフに腰掛けたワタリが、後続の車両に呼びかけた。
タスカーには騎手しか乗せずに、身軽にして露払いをしてもらい、キャラバンの周囲は狼チームで警戒網を引いてもらう。もし蜘蛛に襲われても逃げの一手とドワーフ達には伝えてあった。
へたに戦闘すれば、より多くの蜘蛛を呼び込むことになるからだ・・
アエンとエルフの小隊長も、別々の車両に分乗していた。アエンはリンとネオンと一緒の車両である。
小隊長は最初はタスカーから降りることに難色を示してしたが、ドワーフの中にペットの雪原ウサギを飼っている一家がいることを知ると、その車両の警護を率先して引き受けていた。
「この家族の移住を助けるのは、私の天命であります」
「ドワーフキャラバン、出発っす!」
ワタリの号令とともに、タスカー達が、駆け出していった。
その後を9台の移動車両が、16輪で大地を踏みしめながら走り出した。
その周囲を牧羊犬のように狼チームが寄り添っている。
目指すは第二補給拠点、ベニジャ達との合流であった・・・




