不用品・不審者の回収は
オークの丘の北側斜面入り口付近にて
それらは闇の中から、侵入者である男の様子を、じっと覗っていた。
男は、黒鋼色の鎧を身に纏い、腰に大きな長剣を佩いていて、迂闊に襲えば、傷を与えられないどころか、手痛い反撃を受けるであろうことは、わかっていた。
やがてその男が、麦の穂の中から何かを拾い上げる動作をしたのが見えた。
しかし、それらには男が抱えたモノは見えなかった・・・
なぜなら、それは男の妄想が生み出した幻影であったからだ。
その幻影を、侵入者はしっかりと小脇に抱えて、麦畑の奥へと足を運んでいった・・・
本人は、先に侵入し、すでに無力化された仲間の後を追っているつもりなのだろうが、男は巧妙に操作された偽の感覚に従うまま、別な場所に誘導されている。
それらは、慎重に闇から姿を現し、男の後を追跡し始めた・・・
やがて男は、急に立ち止まると、叫び声を上げながら、腕に抱えたナニかを振り落とそうと暴れ始めた。しかし幻影が離れることなどありえなかった。
狂乱した男は、両腕で地面にナニかを打ち付けているが、それは本人の腕を痛めつける効果しかなかった。絶叫しながら左手で腰の長剣を無理矢理引き抜くと、自らの右手首を叩き折ってしまう。
激痛にもだえながら、幻影を振り落とすことに成功した様子の男は、長剣に縋りながら立ち上がろうとする。しかし、すぐに顔面を庇いながら、その場で七転八倒しながら苦しみだした・・・
男は、顔面を両手で庇いながら、ヒューヒューと喉を鳴らして、新鮮な空気を求めているようだった。
それらが見つめる中で、侵入者は、体中からブスブスと煙を立てながら、その場に倒れこんでしまう。もし顔を庇ったまま硬直してしまった両手をはずすことができたなら、そこに、片頬を被い尽くすような火傷の蚯蚓腫れを見ることができたはずである・・・
男が、ピクリとも動かなくなったのを見定めて、それらは動き出した・・・
「キュキュ?」
「ギュギュ」
「キュ」
ハリモグラと穴熊の、ダンジョン回収班である。
親方をリーダーに、穴熊チーム4頭を加えた回収班は、素早く二人の侵入者に接近すると、気絶して地面に倒れているその身体を運び出そうとした。ついでに付近に散らばっている彼らの装備も拾っておく・・・
そこへ何かが出現した。
「キュキュ!」
逸早く察知した親方が、回収班に危険を知らせた。
「「ギュギュ?」」
しかし、穴熊のメンバーには、それらしき敵は見えなかった。
だが、敵は見えないだけで存在していた。そして穴熊の背中に乗せられた侵入者を抱え上げた。
「ギュギュ!」
見えないだけで、実際に敵が傍にいることを察した穴熊チームが、奪われた荷物を取り戻すべく、鋭い鉤爪で闇雲に攻撃を仕掛けた。
しかし、不可視の敵にはダメージを与えることはできなかった。
親方は聴覚に神経を集中すると、敵の位置をアースソナーで割り出すことに成功する。
「キュキュキュー!」
必殺のシューティング・スパイクが放たれ、全弾が命中する・・・
しかし、突き刺さるはずの棘は全て、宙に止まってしまい、そのまま力なく床に落下していった。
「キュキュ?」
首を捻る親方に、敵の反撃が襲い掛かった。
ズドムツ! 見えないパンチが親方のボディにきまり、数メートル吹き飛ばされる。
「キュキューー」
怒った穴熊チームが、抱えられた侵入者を目印に、不可視の敵に体当たりを敢行するが、効果がないまま、反撃で宙を舞う・・・
『それを倒すには魔法の武器が必要だから、一時撤退して!』
マスターの指令を受けて、しぶしぶ回収班は、不可視の敵を見逃すことに決めた。
「キュキュキュ」 「ギュギュ」
何やら捨て台詞らしきものを残して、回収班はトンネルへと戻って行った。
ちゃっかり、奪った装備は口に咥えたままで・・・
不可視の敵は、失神した男二人の身体を両脇に抱え込むと、召喚者の待つ出口へと歩き出した・・・
コアルームにて
「インビジブル・ストーカー(見えざる守護者)とは、やっかいな呪文を使ってくるね・・」
『すけすけー』
侵入者をモニターしていた僕らは、回収班が一方的に殴られるのを見て、撤退を指示することにした。
「見えざる守護者」で召喚された存在は、視認できないし、臭覚や熱源探知で捕捉する事が難しい。唯一、微かな音を頼りに、親方がアースソナーで探知できるぐらいのようだ。
しかも高次元の召喚生物なので、普通の武器や肉弾戦では傷つけることさえ出来ない。
倒すには、魔法の武器か、呪文による攻撃が必要になるのだ。
「回収班は、癒しの泉で怪我の回復を」
『キュキュ』
「スケルトン部隊はロザリオを押さえ込んでおいて」
『離せ、モフモフを苛めた奴を放っておくわけには・・』
「探知役で、ハリモグラチームは、ロザリオとグドンにそれぞれ合流して」
『キュキュ』
ついでに回収班が奪ってきた、長剣も誰かに預けておこうかな・・たぶんマジックウェポンだろうし・・
『そしたら私が預かりますよ』
「テオ?長剣使えたっけ?・・ああ、エルフなら基本技能だね」
『親方達のお腹を殴った分は、倍返しはしないといけないですから・・』
『曹長、3倍返しだ』
『イエス、マム』
・・テオも親衛隊だったね、そういえば・・
オークの丘の北側斜面から少し離れた林の中にて
「見えざる守護者」が意識を失った二人の仲間を運び出してきたのを確認すると、コルベット達は、一旦、そばの林の中に退避した。
「馬鹿二人は、見事に敵の術中にはまったわね」
「油断していたとはいえ、この二人を同時に操るとは、かなりの術者だな・・」
カレラは、失神したままの二人の治療を続けながら、コルベットに応対していた。
「どう?すぐに使いものになりそう?」
目を覚ましたら、すぐにこき使う気のコルベットである。
「難しいな、後遺症が残る可能性もあるし、一度、嵌められたら、その恐怖につけこまれて再度、精神操作されるかもしれないぞ・・」
「本当、使えないわね」
鎧以外の大半の装備を失くしてきた二人に、コルベットは冷ややかな視線を送り続ける。
実際には、見えざる守護者に装備の回収まで指示しなかった、コルベットのミスでもあるのだが、彼女がそれを認めることは在り得なかった。
「仕方ないわね、二人が回復するまで休息をとるわ」
コルベットは、その場に異次元空間の待避所を召喚すると、さっさと先に扉を開けて中に入り込んでいった。
残された二人の仲間を見下ろしながら、カレラは深いため息をついた。
「これを一人で担ぎ上げるのか・・」
やがて3人の姿も、宙に浮かび上がった扉の中へと消えていき、最後に、カレラが中から扉を閉めると、そこには何も存在しなくなった・・・




