提督の決断
山脈の麓にあるドワーフの放棄された開拓村跡地にて
遠話による救援要請に応えるべく、第一機動部隊は再編成を急いだ。
「ギャギャ(荷物は出来るだけ軽くして、補給は第二補給基地ですれば良い)」
「そうっすね、予備はドワーフへ預けてしまえば良いっすね」
「ギャギャ(行軍速度を上げるなら、タスカーに単騎で騎乗して、狼チームに随伴してもらうのが早いんだが・・)」
「それだと戦力が3割ほど落ちるっす。アエンは残ってもらうとしても・・・」
そこにアエンが異議を申し立てた。
「私も救援に行きます!」
「ギャギャ(悪いが戦力にならない者を連れて行く余裕はない)」
「それより、アエンにはここで他の移住希望者を取りまとめる仕事があるっすよ」
「でも・・ベニジャさんが危ないんですよね、ほっとけません!」
さらにその論争に、移住希望者の団長が混ざってきた。
「急に慌しくなったが、こちらにも事情を教えてくれないか?何か問題が発生したのかね?」
お互いの顔を見合わせてから、しぶしぶワタリが答えた。
「例のリザードマンのお偉いさんが待っている補給拠点が、レッドバック・ウィドウの集団に襲われたっす。急いで助けにいかないとまずいことになるっすよ」
「しかし、君達は我々の道案内と護衛の為に来たのだろ?このまま戻られたら、我々はどうしたらいいんだ?」
「補給拠点を護りきったら、すぐに戻ってくるっす。それまではここで待機していてもらうっす」
「だが、そのレッドバック・ウィドウの大集団が、こちらに来ないという保障はあるのかね?」
そう言われてワタリは、この開拓村跡地を見回してみた。
岩場に掘りぬかれた外壁は分厚いので、蜘蛛の襲撃にも十分耐えられるとは思う。ただし、あちこちが崩れているので、そこを補修しないと、もぐりこまれる可能性は高かった。
戦力としては、ドワーフの移動車両が12台、それを牽引する大型のアルマジロが12頭。1台の移動車両には6人から10人のドワーフが分乗するが、戦闘力があるのはそのうちの5割しかいない・・
よくよく観察すると、開拓村を取り囲むように、透明な水晶蜘蛛が警備についているが、全部で12体ほどである。レッドバック・ウィドウなら1対1で相打ちしそうなので、12体まではおさえこめるはずだった。
「この場所でも、20体までならどうにかなりそうっす」
「だがそれぐらいの規模なら救援を求めたりしないのではないのかね?」
第一機動部隊の規模を見れば、第二補給拠点に残っている部隊の、大まかな戦力は予想できる。20体ぐらいなら、無傷とは言わないが対処できるのは間違いない。つまり蜘蛛の群れはそれ以上の規模で、しかも1日離れた場所に応援を頼む程度には継続して襲撃してくる可能性があると、団長は予測したのだ。
「そしたら魔女っ娘シスターズに頼むから、少し待って欲しいっす」
ワタリはそう言い残すと、警護の水晶蜘蛛に近づいていった。
「こちらモフモフ護送隊っす。氷の魔女さん、聞えてたら答えて欲しいっす・・」
すると水晶蜘蛛が細やかに身体を振動させて、小さい澄んだ音色の音を発した。その音は離れた場所にいる水晶蜘蛛に中継されて、やがて遠くまで響き渡っていった・・・
『こちらはアイスドールだ。引渡しは無事に済んだかね?』
ワタリの脳内に、直接、呪文で話かけられた。
「広報官のワタリっす。黒衣の沼から蜘蛛が大量に溢れて危険な状態っす。補給拠点の防衛に戦力を割くので、この場所の警備の増強をお願いしたいっす」
少し間があってから答えがあった。
『それは水晶蜘蛛12体では対処出来ないほどの規模なのかね?』
「かなりの確率でそうっすね。すでに別の場所でも同規模の集団が確認されているっす・・」
『・・すると伝説の大氾濫か・・予想より大分早い時期に始まったな・・』
「何か知っているっすか?」
『伝承の部類だがな・・黒衣の沼の主が代替わりをするときに周囲を飲み込む大氾濫が起きるそうだ・・確かその開拓跡地も、それが原因で放棄されたとかなんとか・・』
「・・・つまりここにいたら危険ということっすか?」
『どうかな?あくまで伝承の類だし、過去とは規模が違う可能性もある・・まあ、今回の方が大規模になるかも知れないがね』
どうやら蜘蛛の大氾濫は、ワタリが想像するより大規模で、自然災害に匹敵するほどの広範囲で被害がでるものらしい・・・
「話を戻して、警備の増強もしくは、そっちの鉱山への一時避難は可能そうっすか?」
『ふむ・・どちらも1日ほどかかるが出来なくはないよ・・ただし蜘蛛の移動速度が気になるがね・・』
第二補給拠点を襲撃した集団以外にも行動しているとするならば、ここには半日から1日ほどで到達する計算になる。鉱山に撤退するにしても山道を登る途中で背後から襲われれば全滅もありえる・・
「ここに薄い警備で置いとくより、全員で移動した方が、マシってことすかね・・」
移動速度は確実に遅くなるし、蜘蛛の集団に遭遇したら野戦になる・・けれど護るものは一箇所で済む・・・
できれば司令部の判断が欲しかったが、あのあと遠話による連絡が途絶えている・・他の場所の対処で忙しいのだろうと思うことにして、ワタリは決断した。
「全員で第二補給拠点へ移動するっす!」
その頃、黒衣の沼から溢れ出した蜘蛛の集団の1つが、開拓跡地を目指して進んでいた。
この集団の目的は、ホワイトロック・エイプ(白岩狒々)の確保だったが、少し前にエイプの生息地で大規模な山火事があったらしく、その確認も兼ねていた。
もしエイプがいなければ、それ相応の獲物が必要になってくる・・・
チキチキチキチキ
赤と黒の奔流は、彼らの主に捧げる生け贄を求めて、北西へと疾走していた・・・




