ロング・ロング・ジャーニー
ポッキー山脈の麓、ドワーフの鉱山から1日ほど山道を下った場所に、放棄された古い開拓村があった。
そこは昔、ドワーフがこの地に移住してきたとき、仮の居住地として岩山を削って作り出した洞窟都市であった。
最盛期には200名以上の人口が住んでいたという記録が残っているが、すでに廃墟となって久しい。街の外郭は岩を掘り抜いたものなので、未だに形を保っていたが、内部は荒れ果てて、ホワイトロック・エイプ(白岩狒々)の巣になってしまっていた。
そこへ、半世紀ぶりに、元の住人達が戻ってきた・・・
「とはいえ、一時的だがな・・」
開拓団の団長であるモリブデンが誰にとも無く呟いていた。
しかし、それを聞きとがめる者はいなかった・・なぜなら、生活圏を確保する為の大掃除で忙しかったからだ・・
「どうせ、すぐに南に移動するのだから、必要最低限でいいだろうに・・」
これはモリブデンのみならず、大半の男性ドワーフの意見でもあった。
しかしそれに真っ向反対したのが女性ドワーフである・・
「せっかく広い場所があるのに、2日も3日も狭い荷車のなかで雑魚寝は嫌ですからね。食事と寝る場所ぐらいは綺麗にしておかないと」
そう言って、白岩狒々が堆積させた汚れを、焼却処分していた。
ちなみに、先住していたホワイトロック・エイプの群れは、先行したファイアー・ドレイクとサラマンダーの炎竜騎兵隊によって駆逐されていた。
「汚物は消毒するですです」
その結果、作戦の最中に発生した山火事を消火するために、急遽、氷竜騎兵隊が追加で派遣されたのは内緒だそうである・・・姉にバレている時点で内緒にする意味はないのであるが・・
「あれは、狼煙なのです!」
その妹の弁明は受け入れられる事はなかった。なぜなら合流するはずの一団以外に、良くないものもおびき寄せてしまったからである・・・しかしそのことが判明するのはまだ少し先の話であった・・
この開拓村跡地は、南の移住先への案内人との合流場所に指定されていた。山道を荷車で降りるにはそれなりに時間が掛かる為に、麓で合流する手はずになっているという・・
開拓団のドワーフ達が、無事に跡地に辿り着いたことを見届けると、氷炎、両竜騎兵隊は、ドワーフ鉱山の守備の為に帰還していった。
あとの警護にはクリスタル・スパイダーが配置されていて、目立たないように見張っていた・・
「団長、やはり井戸は土砂で埋まっていて、掘り返すには1週間はかかりそうじゃわい」
飲料水の確保を模索していた班から報告があがってきた。
「了解した。雨水だけで凌ぐのも無理そうだから、やはり早急に湖沼地帯まで南下するしかないようだな・・」
「それなんじゃが、迎えの使者はまだ来ないのかのう?」
「今日中には着く筈だ・・道中で何かに襲われていなければな」
使者は、護衛の役目も担っているはずなので、めったなことは無いと信じたいが、辺境、というより秘境に近いこの辺りでは、何か想像も付かない敵に襲われる可能性もあった。
「とにかく、我々は、準備を整えて待つしか、今は出来る事が無い・・そう、皆にも伝えておいてくれ・・」
団長の言葉に、班長である老ドワーフは頷いた。
「まだ、大丈夫じゃろう。じゃが、あまり時間がたつと、動揺する者や、ここに定住を希望するものが出てこんとも限らんぞい」
水源や、安全確保などの諸問題はあったが、先駆者が住んでいたこの跡地は、移住先としては魅力的なのも間違いなかった。なぜ過去に放棄されたのか不思議なほどに・・・
そこへ他の班長が走りこんできた。
「団長、きたきた」
「そうか、やっと来たか。それでどんな様子だ?」
「それが、変てこな連中で、アエンが一緒でなかったら、追い払ってしまうとこだったぜ」
「おい、失礼なことをするな!受け入れ先の使者でもあるんだぞ!」
ドワーフは頑固者が多いので、余所者を嫌う傾向があった。なので、折角来た使者を追い返したりしないように、若くて考えの柔らかい者達を見張りに置いておいたのに、これである。
「そうは言っても、アエンが連れて来た連中は、猪に跨ったスノー・ゴブリンだぜ。射殺さなかった俺らを褒めて欲しいぐらいだぜ」
「どういうことだ?・・まあ、いい、アエンと話をすればわかることだ・・案内してくれ」
モリブデンはそう言って、伝令役の若い班長を従えて、使者の出迎えにいった・・
なるほど、長旅で疲れた様子の一団は、3頭の巨大な雪猪(正確には氷嵐猪だそうだが)とそれを御するスノーゴブリンが3体、さらに通訳らしいスノーゴブリンとアエンと、何故かツンドラエルフが1名いた。
奇妙な混成部隊に戸惑いながら、アエンに話し掛けてみた。
「よく戻ったな、アエン。色々、骨を折ってくれたようで、感謝する・・」
「ああ、団長はモリブデンさんでしたか。私は何もしてないですよ、全部マスター・・」
そこに通訳のスノーゴブリンが割り込んできた。
「どもども、アエンさんの要請に応えて派遣された護送部隊の広報官っす。よろしくっす」
「あ、ああ、こちらこそよろしく頼む・・しかし話しによれば受け入れ先はフロストリザードマンのクランのはずだが?・・」
いぶかしむ団長の様子を見て、何かに気が付いたアエンが、広報官の顔をうかがった。
「はいはい、フロストリザードマンのお偉いさんも途中までは来てるっすよ。ただ、山道がきつそうなんで、中継の野営地で待ってるっすよ」
「ああ、なるほど、湿原を抜けると、水場がないですからな・・彼らには厳しいか・・それで、あちらのエルフの士官らしき方は?・・」
雪猪らしき騎乗獣を撫で回してるツンドラエルフについて尋ねてきた。
「あちらは東の大森林からいらしたツンドラエルフの士官殿っす。見届け人として同行してもらったっすよ」
「なんと、エルフのクランにまで話が通っているのか・・・」
団長が驚いている隙をついて、広報官はエルフの隊長を紹介する為に、無理矢理猪から引き剥がした。その際に二言三言、何かを囁いたが、それは団長には聞き取れなかった・・
エルフの隊長とモリブデン団長が、お互いに近況を話している間に、広報官はアエンを洞窟の隅に引っ張っていくと、小声で相談を始めた。
「・・まずいっすね、こっちの話が中途半端にしか伝わっていないっす・・」
「・・私も、こんな状況だと思わなくて・・でも正直に話せば判ってくれる人も居ると思います・・」
「・・それって話が違うって怒り出すドワーフもいるってことっすよね?・・」
「・・それはまあ・・」
「・・ぶっちゃけ、どれくらいの支持が得られそうっすか?・・」
するとアエンは少し考えてから答えた・・
「・・2割でしょうか・・」
ワタリはがっくりと項垂れて、アエンに言った。
「・・正直に言ったら暴動が起きそうっすよ・・このまま内緒にして連れて行った方が安全かもっす・・」
「・・でもそれだと、地元で騒ぎになりませんか?・・」
「・・こっちのホームグラウンドなら、どうとでもなるっす。でもここで反抗されたら、オイラ達だけだと対処しようがないっす・・」
「・・どうしましょう・・・」
困り果てた二人だったが、そこに現状を打破する音が鳴り響いた・・
『とぅっとぅるー』
「ナイスっす。こちらワタリ、状況が微妙になっているので、指示が欲しいっす」
しかし、その遠話は、これから始まる、長い長い逃避行の先触れでもあったのだった・・・
『こちら司令部、第二補給拠点が蜘蛛の大群に襲われている。第一機動部隊は至急、救援に向かわれたし・・繰り返す、至急、救援に向かわれたし・・』




