うちの知りませんか?
ビスコ村の酒場、「酔いどれモズクガニ」にて
昼時の忙しい時間が過ぎて、夜の仕込みをするために、暖簾を降ろした店内に、フードを目深にかぶった長身の人影が、ふらりと入ってきた。
「今は、準備中だ。表に札が掛かってたろ」
カウンターの奥で、野菜の皮むきをしていた酒場の親父が、顔も上げずに追い出そうとする。
「あいかわらずだな、スネーク」
昔の名前で呼ばれた親父が、驚いて客の顔をうかがった。
「なんだ、誰かと思ったらヒルダじゃねえか。今日は一人なのか?」
昔馴染みの女戦士は、たいてい獣使いと一緒に行動していたが、今は一人のようだ・・・いや、気配を消しているが、何かがもう1体、店の中に潜んでいる・・・
スネークと呼ばれた酒場の親父は、そっと後ろの棚から、珍しい果実酒の瓶をとりだすと、深皿になみなみと注いでカウンターに乗せた。
すると、突然、店の死角から、巨大な虎が飛び出してきて、音も無くカウンターに飛び移ると、皿の酒を舐め始めた。
「グルルル・・・グルニャン♪」
陶酔したように深皿を嘗め回しているのは、巨大な白い虎だった。
ツンドラ・タイガー、凍土の森の王である・・・
「グルニャン、ニャン」
しかし今は、ただのデカい猫にしか見えなかった。
「スネーク」
ヒルダと呼ばれた女戦士は、フードの下から咎めるような一声を発する。
「いいじゃねえか、クロスだってここに来れば、俺がタマにマタタビ酒を奢ることぐらい折込済みだろ」
そういいながら、ツンドラ・タイガーの首を撫でていた。
「1杯だけだ」
ヒルダは、タマを甘やかすスネークに対して釘を刺しながら、自分もカウンターのストールに腰掛けた。
「情報が欲しい」
「あいかわらず、お前は必要な事しか口にしねえな。久しぶりに会ったんだ、お互いの近況とか、仲間のその後とか、少しはするもんだろうが・・」
ヒルダは少し考えてから、家族の話をした。
「息子が戦死した。娘が発掘された」
「おい、なんだそれ?ミイラか何かになってたのか?」
「近い・・」
「意味わかんねえぞ・・あと息子は残念だったな・・」
「戦死なら本望だろう」
そう言ったヒルダの瞳は、どこか悲しげだった・・
スネークは黙ってグラスにワインを注ぐと、ヒルダの前に差し出した。
「注文してないぞ」
「俺の奢りだ・・」
ヒルダは黙ってワインを呷った。
「で、娘っていうとクルス・・いや発掘されたというなら・・ロザリオか!」
「うむ、元気だった」
「益々、意味がわからねえ・・」
スネークも自分用のグラスにワインを注いで、一息に飲み干した。
「まあいい、それで欲しい情報てのは?」
「レッドベリー家」
「・・お前のとこの政敵じゃねえか。大森林の中のことなんか判りっこねえだろうが」
「この村でいい」
どうやら落ち目の武闘派が、悪足掻きをしているらしい。その後始末に「白雪の鬼姫」ことヒルダが派遣されたようだ。
「確かにそれらしい二人組が、「水竜の鱗亭」に宿泊していたが、今朝、村を出て行ったぞ」
「行く先は?」
「宿のメイドに南の里の話を聞いていたそうだが、追われていると知っているなら、ブラフかもしれないな」
「・・わかった」
「なんなら、ギルドのメリッサに聞いてみるといいかもな」
「ギルドは好かない」
「そんなことは知っているが、例の二人組、冒険者でもなさそうなのに、ギルドに何度か足を運んだらしいからな。足取りが掴めるかも知れないぜ?」
「・・わかった」
そう呟くと、ヒルダはフードを被り直して、店を出て行こうとする。
「おい、情報料は?」
ヒルダの背中にスネークが呼びかけた。
「ツケで」
ヒルダの呟きに、酒場の親父に戻ったスネークが語りかける・・
「スノーホワイト家のツケは大分貯まっているんだがなあ・・」
ピクッとヒルダの肩が震えたと思うと、振り返った。
「そんなに借りていないはず・・」
「お前はな・・」
「どういうことだ?」
親父が、カウンターの下から帳簿を引っ張りだしてきた。そこには・・
『ミルク 3ガロン』
『鹿のジャーキー 5kg』
『マタタビ酒 1ダース』
『猪の生肉 50kg』
『ニジマスの燻製 20本』
『・・・』
そしてクロスの署名があった。
「ほほう・・」
帳簿を睨みつけていたヒルダが、とても良い笑顔をしていた。
「今度、支払いをさせに、ここに寄越す」
「毎度! ただし折檻はほどほどにな」
「我家の辞書に『ほどほど』は無い・・」
そういってヒルダは店を出て行った。
その後ろを、ヒルダの放つ闘気に怯えながら、タマがついていった・・・
「クロス、死ぬなよ・・」
酒場の親父は、そう呟くと、野菜の皮むきに戻った・・




