三日月湖よ私は帰ってきた
三日月湖の西側の湖畔を、怪しげな一団が北へ向かって移動していた。
彼らは5人組の冒険者の様な姿をしていたが、草で編んだ動物の面を被り、細長い輿のようなものを肩に担いで、歩んでいた。
それはさながら、原始的な祭りのようでもあり、また、獣神に生け贄を奉じる巡礼のようでもあった。
輿には日除けの天幕が張られており、人一人がやっと横になれるような寝台に近いものになっていった。
そしてそこには、生け贄の乙女・・・ではなく、青白い顔をした男が一人、素人が担ぐ輿に酔いかけながら、寝そべっていた。
「身体の調子はどう?」
「辛い・・」
「どこが?」
「揺れて気持ち悪い・・」
「ああ・・」x4
六つ子は病人搬送の真っ最中だった・・・
「今、三日月湖の横を抜けている。湖畔は起伏が少ないし、少し楽になるはずだ」
「身体に負担がかかるなら、どこかで休もうか?」
「いや・・大丈夫・・だ・」
あまり大丈夫そうでもない返事ではあったが、見通しのよい湖畔は、休憩するには少し危険であった。対岸ぐらいまで、こちらの存在が目視される可能性があるからだ。
休憩するなら湖畔を抜けて、森にもう一度、入ってから・・
そう以心伝心で、先を急いだが、幸運の女神は、微笑んではくれなかった・・
「まずいよ、リザードマンの集団が東から接近中・・目標は三日月湖みたい・・」
一人離れて偵察を行っていたレンジャー娘が、敵性勢力を発見して、急いで戻ってきた。
「数は?」
「ざっと30ぐらい、あとでかいトカゲを2頭連れてた」
「色は白かった?」
「うん」
「なら、ホワイト・ドラコかな・・」
「ドレイクぐらいのサイズだった」
「またやっかいな・・」
ドラコまでなら大きさも限界があるし、ブレスに注意していれば倒せない敵ではない。しかしドレイクになると、種族も亜竜に分類され、強く硬く大きくなることが知られていた。
まあ、リザードマン30数体と戦う気も、端からなかったのであるが・・・
「撒く事はできそうか?」
「ドレイクがゆっくりだから、なんとか・・でもね」
「でも?」x4
「あいつら、三日月湖側のダンジョンに殴り込みかける雰囲気なんだよね・・」
「勘弁してよ~」x4
六つ子達の、ため息にも似た呟きが、湖畔に静かに流れていった・・
「くるっくぅ」
ん?伝書鳩でも来た?
「もふもふへるぱー」
ああ、あの冒険者達か。だとするとアニマル・メッセージかな?
そこにノーミンからの念話が入った。
「草仮面からタレこみがあっただ」
「何て言って来た?」
「『三日月湖畔でリザードマンの部隊を発見、数は30+ドレイク2、指示を待つ』だだよ」
5個小隊に、装甲車2台か・・本格的な侵攻作戦だね。すると指揮官は、例の女族長さんかな・・
「了解、モフモフ助け隊に返信を。『情報感謝、安全なルートで来訪されたし。手出しは無用』で」
「わかっただ。だども牽制ぐらいしてくれるんでねえだか?」
「向こうは病人の搬送中だろうし、下手にちょっかいかけて、野戦になると面倒だからね。ここは篭城戦でしょう」
「ああ、そうだっただな。では指示通りにするだよ」
ノーミンが、アニマルメッセージで返信している間に、こちらも迎撃体勢を整えることにする。
地底湖まで引き込むと、腹いせに上部施設を破壊されそうだよね・・
「こっちの戦力が分散してる隙を狙ってきたっすかね?」
ワタリが、タイミングの良い襲撃を訝しがって尋ねてきた。
「ハクジャとその護衛がいないことはわかってるだろうからね。ロザリオが出張中なのは偶然だろうけど・・」
現在のダンジョンの防衛部隊の戦力は半分ぐらいに落ち込んでいる。さすがに2正面作戦になるときついけど、フィッシュボーン防衛戦だけならなんとかなると思う。
「コア、ダンジョンの警戒ランクを臨戦態勢まで上昇。各、早期警戒網は総動員で」
「らじゃー」
「ベニジャと大蛙チームは、魔女の部屋で待機、ドレイクチームとリザードマン小隊は背骨エリアの扉付きの部屋に分散して待機」
「よっしゃ、残って正解だったぜ、ジャー」
「「ケロケロ」」
「お嬢、こっちの指揮もお願いしやすぜ、ジャジャ」
「そっちはクロコに任せれば大丈夫だぜ、なあ、ジャジャ」
「シャーシャー」
「コア、背骨エリアの中央通路の中心に、深くて広くて痛い落とし穴を設置」
「すたんばい」
「フェアリードラゴンのラムダには、迷惑料として蜂蜜と蜂の子を進呈しておいて」
「はにーとらっぷ」
いや確かに下心あるけど、ラムダを捕まえる為じゃないから・・
「オイラ達も出張するっすか?」
「うーん、また前回みたいに同時多発戦法だと嫌だから、待機かな。これ以上、丘の戦力減らすのもね・・」
「了解っす。いつでも転送の準備はできてるっすよ」
「その時はよろしく」
これで準備は出来たかな・・・
「ましゅたー、病人はどうなったでしゅか?」
「ああ、ヘラか。たぶん遠回りしてこっちに直接くるだろうから、あと1・2時間かかるかな」
「向こうに行かなくて良いでしゅか?」
「あっちは戦場になるからね。約束した重病人の治療がゆっくりできないでしょ?」
「しょうでしゅね、病人が巻き込まれると大変でしゅ」
「向こうの怪我は癒しのリンゴで、間に合うと思うよ」
「しょれなら、ここで待ってましゅ」
治癒役としてニコを送るには、ヘラも一緒でないと動いてくれない。それならエルフのクレリックを転送した方が早いからね。
さて、女族長さんは、どんな手を用意してきたかな・・・
「姐御、奴らの居住地が見えてきやしたぜ、ジャー」
「ああ、アタシにも見えたよ。見張りはいないようだね」
「油断してやがるぜ、下弦の奴ら、ジャー」
「そうだと、いいんだけどねえ・・」
確かに「小竜会」からの召喚を受けたなら、その去就が決まるまで他の勢力が、武力に訴えてくる可能性は低い。けど、まったくないわけじゃない。
あの死に損ないのハクジャが、その備えをしていないとは到底思えなかった・・・
今回は、骸骨兵士対策にアイスドレイクを2頭も借り出してきた。これらは「凍結湖の鮫」クランの主力として飼育されているのだが、有り金叩いてやっと2頭をレンタルしてもらえた。
もちろん、勝手に持ち出したことになっているし、戦闘で死亡すると、莫大な損害賠償を請求されることになる。だからうかつな盾役はやらせられないのだ・・
「黒幕も控えているだろうし、抜かるんじゃないよ、お前達!」
「あら、ほら、じゃっ、ジャー」




