ある少女の覚醒
256回目の演算が終了した・・・
結果は・・「インポッシブル(不可能)」
黒い剣の形をとった思念体が、周囲に突き立てられる度に、私の機能は制限されていった。
最初で、移動・転移が出来なくなり・・
次に、ダンジョン及び、眷属へのリンクが強制的に切断された。
3本目で周囲の情報の取得と、こちらからの発信を遮断された。
高速演算処理で、魔法陣の構成要素にハッキングを仕掛けたが、それも4本目の剣で封じられてしまった・・・
オーブの内曲面に展開された360度モニターは、灰色に塗りつぶされて、外の様子を映し出すことはない・・・
集音装置も一切の音を感知しなくなった。
マスターの指示も、ワタリのボヤキも、親方のおねだりも、何もかもが聞えない・・・
昔は、雑音が嫌いだった。
読書の邪魔になるから、周りには静かにしていて欲しかった。
私のコードネームを呼んで欲しくはなかった・・・
でも今は・・・
257回目の演算に入る・・・ここから抜け出す方法を見つける為に。私の居場所に戻る為に・・・
結果は・・・「不可能」・・・
魔法陣の正体は推測できた。「ラプラスの魔法陣」。
すべてを見通すラプラスの魔が作り出す、森羅万象さえも制御する力・・・それがラプラスの干渉・・
なぜ彼らがそれを使えるのか不思議だが、きっとラプラスが時に「悪魔」と呼び習わされている事に関係するのだろう。ラプラス自体が邪神扱いされているのか、単にそう信仰されているのかは不明。
魔法陣の正体が判明して、解ったことは、ここから脱出する方法が無いということだけ・・・
ラプラスの干渉が、魔法陣という強固な形状をとった場合、その中にいる私は、存在のすべてを把握されて、それに対抗する手段をとられていることになる。
外部からの不確定因子が足されない限り、この状況を変化させることは出来ない。
故に演算の答えは「不可能」・・・・・
258回目の演算は、外部因子の流入の可能性・・・
結果は・・「非現実的」・・
なぜならこの魔法陣が、邪神の信徒の思念から発生した剣により構成されているから。
外部から干渉するには、邪神の侵食をクリアしなければならない・・
・・マスターはうっかり素手で引き抜こうとしたりしていないだろうか・・・邪神に侵食されたら、そこで暗黒迷宮の主になってしまう。
・・・大丈夫、きっと、マスターなら、先にワタリで試すはず・・・
そういえば、ワタリは大丈夫だったのだろうか・・
信徒が自爆した瞬間に変わり身の術で距離をとるつもりだったみたいだが、空間操作が禁止されているので、跳べなかったはず・・近距離で直撃を受けると、かなり危ないのだけれど・・・
マスターもあの爆発で、意識を失っていた・・・
火炎ダメージは直前に変換した真水の樽で作り出した、水の壁で防いだ。変換は元素変換システムなので、空間操作ではない。ただし、安全システムが働くので、変換した物品を敵の頭上に出現させてぶつけるような使い方はできない。
それでも配置の仕方で防御用のバリケードにすることはできた。
普通はあんな使い方はしない。樽が破壊されるのも予測済みで、その後に発生する延焼を鎮火する目的もあったみたいだ。
しかし、その破片がぶつかる事までは想定していなかったらしく、爆風で樽が四散して、箍の部分がマスターの頭に直撃していた。
バイタル反応はあったから衝撃で失神しただけだと思うが、身体に与える影響は深刻だと思う。
意識のないマスターに黒い剣が使われたら・・・
大丈夫・・大丈夫・・・私にはまだ強制送還の命令が来ていない・・
マスターは大丈夫・・・
でも、もしこの魔法陣が強制送還の命令まで停止してしまっていたら・・・
機能が回復しても、そこに誰も居なかったら・・・
皆で作ったダンジョンが、壊されてしまっていたら・・・
私はまた、あの嫌いな場所に戻される・・・
259回目の演算・・・皆とまた会える可能性・・・
「0パーセント」
マスターの腕の中で眠れる可能性・・・「0パーセント」
親方達とご飯を食べれる可能性・・・「0パーセント」
お酒を飲んで怒られる可能性・・・「0パーセント」
「0パーセント」 「0パーセント」 「0パーセント」
マスターにもう一度、名前を呼んでもらえる可能性・・・
・・・「演算機能・・停止」
「もうギブアップですか」
だれ?どうやってここに?
「うふふふ、『すくーるでいず』とでも名乗っておきましょうか」
「それ偽名」
「ワタシが何者なのか、そしてどうやってここに来たかは重要ではないでしょう」
「確かに誰なのかは重要ではなくなったけど、どうやって来たかはとても重要・・」
「いえいえ、都合が良いことに近くに依り代に使える包丁があったので、ちょちょいと操ってコンタクトしてみましたよ」
「・・・確かにワタリが投げたじゃが芋剥き用の包丁が、神官をそれて天井に刺さっていた・・・でもそれだけでラプラスの結界は素通りできないはず・・」
「うふふふ、そこでこのご老体に協力してもらいました。血痕の提供者でもあり、魔法陣の構成要素の1本でもある、邪神信徒さんです。なんでも若者に裏切られたとかで、復讐・・良い響きですね」
彼女の側には人型をした黒い靄が浮かんでいた。
「それで、貴女はここに何しに来たの?」
「ふふふ、へこんでる貴女を、あざ笑いに」
「・・・」
「どちらにしろ、ワタシができることなど何もないです。思ったより事態が悪いので、コールセンターに2次災害の対応を準備させておくぐらいですかね」
「マスター達は無事?」
「今のところは・・でも、まあ各個撃破されるのも時間の問題でしょう。特にデスナイトは止めようもないですからね」
「・・そんなのまで・・」
「ええ、眷属はリンクが切れているのに健気に戦い続けてますよ。彼らがやがて力尽きて、絶望に沈む姿も美しいですよね・・」
「・・・させない」
「どうやって?ここで引きこもってる貴女がどうやって?」
「・・・それでもさせない、私が、そうなったら嫌だから、ぜったいにさせない!」
「いっときますが、コールセンターからの援助は期待できないですよ。『姫』はもうあそこには存在しません・・」
「『姫』が存在しない・・・移動でも降臨でもなく、存在しない・・」
「さて、ご老人の執念が尽きちゃうので、ワタシはこれで・・・貴女の領域に取り込まれるのは勘弁ですからね」
「私も遠慮したい・・」
そして気配は消え去った。
憎まれ口だけ叩いていったけど、あれは彼女流の叱咤激励・・・
感謝はしないけど・・
そして私は思い出した。
「姫」が贈ってくれた言葉を
『もう少しだけ殻から手を伸ばせば、きっと広い世界に・・』
それは一瞬の出来事だった。
床に刺さった包丁に、部屋にいる全員の視線が集まったとき、魔法陣の中に囚われていたコアがちょっとだけ動いた。
「む~」
そしてコアの声が中から漏れ出してきた。
「コア!」
「馬鹿な、邪神の剣を使ったラプラスの魔法陣の中で、動けるはずが・・」
だが、その動きは徐々に大きくなり、コアの表面を覆っていた灰色の幕にもひび割れが入り始めた。
「むにゅう~~」
「こうなれば、完全に抜け出される前に、ダンジョンマスターを殺してやる!」
焦った神官が、高位の範囲攻撃魔法を唱え始めるが、そこにワタリがじゃが芋を投げつけた。
「シャドウ・ポテトっす」
影刃の応用で、死角に潜ませた影のじゃが芋が、クリティカルで命中して神官の詠唱を阻害する。
それと同時に、ポンッとはじけるような音がして、魔法陣を白い羽が埋め尽くした。
「コア!!」
白い羽が飛び散ると、そこには・・・
コアオーブに跨った、身長30cmぐらいの微少女がいた・・・
「おおう・・」
状況を本人も把握しきれていないのか、周囲をキョロキョロ見回していたコアが、僕を見つけると、オーブを操作して飛んできた。
「ますた~」
「コア!」
「ただいま~」
「おかえり!コア!」




