主任の代理
「ですから非常事態だと、先ほどから何度もお伝えしています。第1級災害指定『ラプラスの干渉』だと
・・・は?証拠ですか?それは警報が・・・誤報の可能性もある?・・・それでは何の為に監視システムを配置してあるのですか!・・・責任が取れないから許可はできないって、もう結構です!!」
インカムを叩き付ける様に、「貴腐人」は緊急通信を切った。コールセンターに存在する、非常の際に管理上層部と連絡を取る為の直通ラインではあったが、結局は何の役にも立たなかった。
「どうでしたか~?」
心配そうに尋ねる「ドジっ子」に、「貴腐人」は首を振った。
「どうしようもない・・ここまで上層部が腐ってると思わなかった・・責任を取る中間管理職が居なければ、何もしない。応援を送り出すでもなく、対処方法を指示するでもなく、ただ聞かなかった事にして
遣り過ごすつもり・・・」
「そんな~」
「あとは近隣のダンジョンマスターに協力を要請するしか方法が・・・」
「そう、それですよ~、確か、近くに「市民A」さんと「オババ」様が居たはずです」
「『女帝』と『彷徨い人』か・・・しかしこちらから連絡する手段が・・」
「えっ?普通に通信で呼び出したらいけないんですか?」
「おい、コールセンター職務規定の第3項を忘れたのか?」
「ええっと・・・なんでしたっけ?」
「貴腐人」は額に井桁を浮かべながら、「ドジっ子」に詰め寄った。
「職務規定第3項、コールセンターはダンジョンマスター及びその代理人たるダンジョンコアからの通信を受信する。その際、通信の再接続、調査項目の追伸、損害の補償以外の目的で、コールセンター側から連絡を取ってはならない」
「へ~、そうだったんですか~」
「・・本当に知らなかったのか・・よく今まで職務規定違反で罰を受けなかったな」
「やですよ~、お仕事中に私用の通信なんてするわけないじゃないですか~」
確かに言っていることは至極まともなのだが、職務規定すら暗記していない彼女には言われたくないセリフであった。
「それに大丈夫です、オババ様との通話ならまだ繋げっ放しですし~」
まさかの爆弾発言であった・・・
「ああ、ワシじゃ。本題に入る前に、この通話料は弁償してくれるのじゃろうのう・・」
『はい、申し訳ございません。こちらのオペレーターのミスですので、全額こちらで賠償させていただきます』
「そうかいそうかい、頼んだよ。それで最初の話に戻るが、『ラプラスの干渉』が観測されたのは、あの坊やの貧乏ダンジョンで間違いないんだね?」
『はい、「オババ」殿が以前ダンジョンバトルした、あの新人マスターです』
「だとするとまずいね・・・ワシじゃあ手出しできないよ・・・」
『どうして・・・あっ、ダンジョンバトル・・・』
「そうさ、あの坊やにワシは敗北しておる。どんな理由があろうとも、あと1年は、向こうの許可なくして領域に侵入も、戦闘もできないのじゃよ」
『そんな・・それでは「女帝」にも応援要請ができないことに・・・』
「そうじゃの」
最後の望みも断たれた・・残された可能性は、自力で「ラプラスの干渉」を排除することだけだが、新人でしかも制約のついた彼らに、それを望むのは酷であろう・・・
「貴腐人」は、しばらく一緒に仕事をしていた、物静かな少女を思い出していた。
ほとんど会話もせずに、読書ばかりしていたが、仕事をさせると有能で、褒めると照れて俯いていた。
私の新刊を読ませてみたら、真っ赤になってあわあわしていた・・・
「選択」をした候補生に選ばれたとき、どこか申し訳なさそうな顔をしていた・・・
「姫」が笑顔で送り出した、私たちの後輩・・・
『「オババ」殿、何か、何か方法をご存知ありませんか!』
「おやおや、優等生のお前さんらしくもないね。この先は職務の範疇を越えるよ」
『構いません。今の私はコールセンター主任の代理なのですから』
「主任代理ではなく、主任の代理か・・あやつも慕われとるようじゃのう・・・よかろう、1つだけ策をさずけてやろう。しかし、その結果、お主に全ての責任が押し付けられることもあるのじゃぞ、よいのか?」
『もとより、覚悟の上です』
「ならば、ワシの弟子に現状を伝えるが良い。あとはあれが勝手に動くじゃろうよ」
『それは!・・・』
「使うか使わないかは、お主の勝手じゃよ。ワシは頼まれたから策を教えただけじゃて」
『・・・・・』
「じゃが、上層部が動かぬ以上、権限のないお主には最早どうすることもできんじゃろ」
『・・あの娘には、どうにかできるんですか・・』
「わからん、じゃが可能性はある。あやつの特殊機能『非合法』ならば・・・」
「わあ、わたしにそんなすごい機能があったんですか~」
「『 そっちの弟子じゃない! 』」
仮想空間に造られた、懲罰房という名の独房に、蓑虫のようにロープで縛られて吊るされている囚人がいた。彼女はゆっくりと身体を回転させながら、何かを呟いていた。
「うふふふ、これで1327回転めです」
外部との情報を遮断して、知的刺激を受けられない精神系の罰を与えられているはずの「ヤンデレ」だったが、微妙な蠢動で生み出した力学モーメントを、回転運動に変換することにより、それなりの楽しみを見つけていた。
「1919回転目にはきっと楽しいことが起きますよ、うふふふ」




