ある少女の回想
「お前が何を言いたいのか、俺にはわかんねえよ」
又、追い返された。
いつもの場所に戻ると、他の人達が、呆れた顔で噂話を始めた。
「今度で何度目?」
「確か・・12回だったかな」
「うわ、きつー。あたしならこの仕事止めてるわ」
「あれじゃあ、処理速度も宝の持ち腐れよね」
「・・がCで・・」
「・・・だってさ・・」
ここまでくれば、雑音は聞えなくなる。いつもの席で読みかけの本を取り出した。
「ここ、いいかしら?」
しばらく読書に没頭していたら、隣に綺麗な人が腰掛けていた。
「ん」
特に断る理由もなかった。煩わしくなれば、私が席を移動すれば済む。
「初めまして、私は『姫』とよばれていますわ。貴女のお名前は?」
「・・・」
答えなかった・・なぜなら自分のコードネームが好きじゃなかったから。
「・・そう、まだ付けてもらっていないのですわね」
そんなわけない。ダンジョンコアは生み出されるとすぐに形式番号が振られる。その次に個性に沿ったコードネームがつけられる。名前のないダンジョンコアなど存在しない。
「でも大丈夫ですわ。きっといつか貴女に素敵な名前をつけてくれるマスターが現れます。その時は、私に教えてくださいませね」
そう言って、「姫」という名の綺麗だけど変な人は立ち去っていった。
私に名前をつけてくれるマスターなんて存在しない・・・
次に「姫」に出会ったのは、コールセンターの引継ぎだった。
マスターに選ばれない、もしくはマスターがロストしている期間が長いダンジョンコアは、強制的にオペレーターとして働く義務が生じる。
ここにいる他のメンバーも、大抵が選ばれずに流れ着いた部類だ。もちろん私も・・・
その中でも「姫」は際立って異色だった。
能力も、相性も、性格・・・はまあ、煽てに弱いところ意外は、悪くないはずなのに、何故かここで主任にまで昇格していた。3年以上もここにいたってことだ。
「ようこそダンジョンコールセンターへ。歓迎いたしますわ」
華やかな笑顔で迎える「姫」の周囲には、微妙に苦笑いをした同僚が揃っていた。彼女達はここが、どんな職場か正しく認識しているらしい。
「先任の『貴腐人』です。今は(業務以外は)割りと暇ですが、2ヶ月後には(原稿が)修羅場になりますので、それまでに仕事を覚えて(私の代わりに)戦力になってください」
同僚の中で、「姫」の次に職場暦が長い人が挨拶をしてくれた。途中に奇妙な雑音が入るのは謎だ・・・
「どうも、『ツンデレ(自称)』です、よろしくね、うふふ」
危ない人がいた。コードネームに自称が付いているのは、私の記憶が確かなら「ヤンデレ」と呼ばれているサイコパス系の人だったはず。気に入られると逆に危険なので、距離を置くことを記憶領域に刻み込んだ。
「あ、新しい新人さんですね!ワタシは、ひゃあーーー」 ドンガラガッシャーン
・・・歓迎のお茶会のつもりだったのだろう、ティーセットが全壊していた・・・
どうやらこの人が「ドジっ子」らしい。噂に違わぬ破壊力だった。
新しい環境は、仕事は苛酷で、周囲は騒がしく、読書をする時間も余りとれなかった。それでも影でひそひそ噂話をする人や、私にわざとコードネームで呼びかける人がいないだけ、過ごしやすかった・・・
やがてこの仕事も慣れて、7台を同時にオペレートできるようになった。要望を聞くだけなら会話はいらない。返事が必要な案件は他の同僚に回せば良い。
いつの間にか後輩もできた。少女の様な少年だった。
「今日からお世話になる『男の娘』です。よろしく」
「貴腐人」先輩のインスピレーションに多大な功績を残したらしい。資料の撮影とかいいながらシャワールームに忍び込もうとした現場を「姫」主任に見つかって、大目玉をくらっていた。被害者の彼は、ただ俯いてもじもじしていたのだけれど・・・
「1番と3番はこちらに回してくださいませ」
「ん」
「2番は納得ずみです。解決策を実行して下さい」
「ん」
「4番は急に会話が切れてしまいました~」
「ん?」
「『ドジっ子』先輩、コード抜けてますよ」
「ああ!大変です。緊急の緊急な緊急だったです~」
「ん」
「はい、こちらコールセンター・・あ、先ほどの方ですね。大変失礼いたしました、担当が替わりまして・・」
「うふふ、5番の方はわたくしが出向いても良いのでしょうか・・・」
「ん・・・んん」
「はい、ボクが行ってきますね」
忙しいけど充実した毎日だった。けれども私に名前が付く事はなかった・・・
そんなある日、「姫」主任が特務でコールセンターを留守にした。
「それで、今度のダンジョンマスター候補生は、どんな人なんですか?」
「さあ、とにかく『推薦』も『偶然』も跳ばして『選択』するぐらいだから、変人でしょうね」
「でもでも、『選択』だったらこのメンバーの中から選んでくれるんですよね、ワタシかも~」
「「いやいや、それはないでしょう」」
「うふふ、コールセンター待機組から選べるなら『姫』一択ですよ」
「「そっかあー」」
確かに私でもそうするだろう。しかし、『姫』主任は、自分は選択肢に載せない可能性があった。なぜなら彼女は、『推薦』による降臨をずっと密かに拒んでいたから・・・
それを知れば、選ばれない私達が傷つくと思って内緒にしているつもりみたいだったが、一人を除いて誰もが気がついていた。
知らない振りをしていただけ・・・
一度だけ、質問したことがあった・・・いつまでここに居るつもりなのか?と・・
すると「姫」主任は微笑んで、私の頭を撫でた。
「貴女達が、素敵なマスターに出会って、笑顔でここを巣立つときまで、ですわ」
それは一生ここに居るということでは?
「そんなことありませんわ。皆それぞれ魅力的なダンジョンコアですもの。それがわからない候補生が多いのが悩み所ですわよね」
「姫」主任は本気でそう思っているらしかった。だが現実は、えてして残酷なものだと思う。
「もう少し、もう少しだけ、貴女達が、自分の殻から手を伸ばせば、きっと広い世界に連れ出してくれるマスターが居る筈ですわ。私はそれを見届けたいのです」
突然、降臨の要請があった。
まったく予想していなかった、いや、心のどこかであきらめかけていたダンジョンコアとしての要請だった。
突然のことで慌てて承諾してしまったが、これは『選択』だ。選ばれて承諾してしまったら、マスター候補生にもダンジョンコア側にも拒否権がない。『選択』とは、候補生の我が侭を制御し、ダンジョンコアの怠惰を戒める、一種の強制なのだから・・・
また言われることになる・・あの嫌いな言葉を・・・
『初めまして、僕が君のマスターだよ』
その候補生は、まだ若い青年だった。
最初の印象は、よく喋る人、だった。
でもそれは私の欠点を補う為に、彼が自分の思考を言葉にしているからだと、後から気がついた。
私の思考を彼が正しくトレースしているなら「ん」
間違っているなら「んん」
再考の余地があるなら「ん?」
それだけで会話が成立したのだ。
そして彼が私に名前を用意してくれた。
途中の候補のセンスは最低だったけれど・・・
でも最後の一つは今でも気に入っている。
誰もが持っている響き、それを抜き出すことで、私が選ばれたのだと素直に誇れるから・・・
私の名前は 「コア」 ダンジョンコアのコア。
あの日の「姫」に、今なら答えられる。




