哀しみの紅き炎
「あらら、こっちに近づいて来てるね」
「へえ、君の術から逃げられないと知って、反撃にでるつもりなんだね。ただの鼠じゃなさそうだ」
豚飼い女と吟遊詩人はお互いの顔を見合わせた。
「どうするんだい?」
「せっかくだし、お相手してあげて良いんじゃないかな。僕の歌を聞きたいみたいだし」
「いや、そんなつもりは無いと思うけどね・・」
少し見通しの良い場所に移動すると、術の反応から、もうすぐ接敵しそうな距離だと分かった。
「ここで良いかい?」
「問題ないかな。あの大木を背にして歌うと、より臨場感が増して素晴しいコンサートになりそうだ」
「勝手におし」
豚飼い女が何か囁くと、3匹の子豚が3方向に散っていった。
「「「ブヒブヒ」」」
「鼠は遠回りして、東側から来るよ」
「おっともう出番かい?それではリクエストに答えて・・・蜃気楼の街ローランのテーマ・・・」
吟遊詩人が竪琴を爪弾くと、その音に誘われるように、雑多な格好をした旅人達が、姿を現した。
彼らは大木を取り囲むように思い思いの場所に居場所を定める。
吟遊詩人と豚飼い女は、その群集の中に完全に紛れ込んでしまっていた。
鼠は戸惑いながらも、森の奥から矢を連射してきた。
だが、それは闇雲に撃っただけであり、矢に当たった旅人は、煙のように消えるだけで、吟遊詩人達には
影響を及ぼさなかった。
潅木に潜んでいる鼠を、子豚の目を通して見ている豚飼い女が囁いた。
「・・鼠はレンジャーだね。ビスコ村で見たことのある顔だ・・」
「・・男?それとも女?・・」
「・・男。確かスタスキーだかハッチだか言ったような・・」
「・・ああ、ハスキーだね。だとすると相棒が一緒にいるはずだけど・・」
「・・こっちにはいない。すると囮か・・」
「・・だとしても問題ないよ。彼らは全員、名簿に載っていたからね・・」
そう言うと、吟遊詩人は竪琴を掻き鳴らした。
「これはハスキー・シベリアンに贈る歌、・・『威風堂々!』・・」
その勇ましい行進曲が森に響き渡ると、潅木の影から一人の男が胸を張って歩き出してきた。
「なんだ、体が勝手に・・くそっ、止まれ、止まるんだ!」
本人の意思に反して、レンジャーは、無防備に吟遊詩人の方へ近づいていく。
それを見て、レンジャーと反対側の茂みから、男女の戦士が二人、飛び出してきた。
「おっと、さらに鼠が2匹かかったよ。・・恐れよ!我の呼び出したる地獄の使者は、汝を地の果てまで追うであろう!コーン・オブ・フィアー」
豚飼い女の指先から、黒い霧が噴出して、走り寄る二人の戦士を包み込んだ。
真っ暗な闇の中で、彼らは何を見たのか・・
「悪かった、謝るから虫ダンゴだけは勘弁してくれ!」
男の戦士は、くるりと踵を返すと、茂みの奥に逃げ去っていった。
だが、女戦士の方は黒い霧の中で留まっていた。
「あはは、いいねえ、こいつを倒せばもっと強い奴が来るんだろ!『野生の憤怒!』」
レイジ(憤怒)の効果で恐怖の影響を排除した女戦士は、霧を突き破って、豚飼い女に斬りかかった。
「ちいっ!」
突破されて動揺した豚飼い女は戦斧の斬撃を浴びてしまった。
「これだから脳筋はやなんだよ・・」
憤怒状態のバーバリアンには、魅了も恐怖も効果がない。精神攻撃を主力とする二人には相性の悪い相手だった。
「ヘボ詩人、なんとかしろ!」
「了解です、でもヘボ呼ばわりは止めてください。商売に差し支えますから」
吟遊詩人は、再び竪琴を掻き鳴らした。
「この曲は、ハスキー・シベリアンとソニア・レッドの二人に贈る愛と憎しみの物語・・『赤い衝撃』」
そのとたん、レンジャーとバーバリアンが硬直して動かなくなった。
「たいして持ちませんよ、今のうちに止めを」
バーバリアンから離れて吟遊詩人に合流した豚飼い女が、必殺の呪文を唱え始めようとした。
「こいつは精神ではなく直接肉体を壊疽させるから脳筋でも効くはずさ・・腐れ腐れ、腸の内から、頭蓋の内から、肺の内から、・・・」
その詠唱に紛れて、茂みの中からも小さな声が響いていた。
「・・我が身に流るる魔力の奔流よ、炎球となりて敵を焼き尽くせ・・」
しかしそれさえも吟遊詩人の読みの中だった・・・
「待ってましたよ、ビビアン・ルージュ!目標をあの男に変更しなさい!」
吟遊詩人の指差した先には、硬直したレンジャーの姿があった・・・
詠唱の途中に、強制介入されたソーサラーの少女は、ビクッと身体を震わせると、視線をレンジャーに向けた。その唇から力ある言葉が紡ぎ出された。
「ファイアーボール!! ハスキー!避けてーーー」
しかし硬直したレンジャーには回避のしようもなかった。
そして放たれた紅蓮の火球が直撃した・・・
吟遊詩人と豚飼い女に。
「「馬鹿なあああ」」
至近距離で爆風に煽られたソニアは、熱風に耐えながら硬直を振り払った。
「今度はアタシらのターンさね」
踏み込みざま、豚飼い女を両断した。
その一撃で豚飼い女は止めを刺され、死の間際で己を生け贄に捧げる。
爆炎が周囲を埋め尽くすが、それに構わず、ソニアは吟遊詩人に斬りかかった。
「なぜだ、なぜ僕の言霊に逆らえたんだ。ありえない、ありえないよ!」
邪神教徒に入信したとき、真名を言霊で縛る力を授かった。バードの呪文と複合すれば抵抗することなど不可能なはずだったのだ。
遠くからビビアンが胸を張って答えた。
「この私が、この紅蓮のビビアンが、うかうか真名を名乗ると思ったのが間違いよね!」
「・・まさかビビアン・ルージュは偽名だったのか・・・」
それが吟遊詩人の最後の言葉になった。
ゴバアーーン
爆炎の中から、ソニアが笑顔で現れた。
「いやあ、久々にスッキリしたさね」
「ああ、もう火傷だらけじゃない!いくら火炎耐性のポーションを飲んでても、完全には防げないのよ!」
「そうは言うが、あいつら倒せるときに息の根止めないと何しでかすかわからないさね」
ソニアの傷の手当をしていると、逃げ出したスタッチが駆け戻ってきた。
「お、もう終わってたのか。俺の囮作戦が上手くいったかんじだな」
ビビアンが可哀想な敗者を見る目で言った。
「あんた、何もしてないでしょ」
「ぐう、だがしかし、これはこれでご褒美・・」
喜ぶスタッチにハスキーが拳骨をお見舞いした。
「そこまでだ・・俺も今回は何もしてないし、ビビアンとソニアのお手柄だな」
「何もしてないってことはないじゃない。一番危険な囮をしたんだから・・」
「そうそう、奇襲部隊なのに、飛び出していこうとするビビアンを抑えるのが大変だったよ」
「最後の叫びは真に迫っていたさね」
「ちょっと、あれは、敵を油断させる・・」
「はいはい、ビビアンはハスキーに攻撃したりしないよな」
「そうそう、乙女のパワーさね」
「・・・ふふふ、二人にはフレンドリーファイヤーできそうよ・・」
「「あ、やべ」」
逃げ惑う二人を追いかけるビビアンを眺めながら、ハスキーはため息をついた。
「後片付けは、俺がやるか・・」




