薄汚れた世界に浄化の炎を
ナビス湖西岸の廃村にて
「・・隊長、各小隊の配置が終了しました。いつでも突入できます・・」
「・・そうか、冒険者の方はどうなっている・・」
「・・逃走した信徒を追跡して、残党がいないか確認するよう指示して離れた場所で待機しております・・」
「・・よし、切り込み部隊は、10秒後に突入せよ・・」
「・・はっ・・」
伝令の騎士が各小隊に散っていった。タイミングを計って、2個小隊が邪神教徒の隠れ家に突撃していった。
だが、そこは既にもぬけの殻であった。
「小隊長!奴らはどこにも見当たりません」
「くそっ、逃げ足だけは速いやつらだ。何か痕跡を残していないか調べろ」
「焚き火はつい先ほどまで焚かれていた形跡があります。まだ近くにいるのではないでしょうか?」
「よし、隊長に連絡して、外の包囲部隊から追跡班をだしてもらえ」
「はっ!」
「小隊長!奥の小部屋に祭壇のようなものが隠されていました」
「奴らのものか?」
「祭られている神像が異形の魔物です」
「そうか、検分に行く。それまで迂闊な行動をとるなよ」
だが、その命令は少しだけ遅すぎた。
「なんだこの邪悪な神像は?」
「奴らのあがめる神の姿なんだろ?邪神と呼ばれるだけあるぜ。俺は小隊長に報告してくる・・」
「存在するだけで冒涜だな・・壊しておくか」
軽率な騎士が、邪神の神像に剣を突き立てた・・・その瞬間・・
ドグワッ! と爆発音をたてて神像が四散すると同時に紅蓮の炎が辺りを焼き尽くした。
最も近くに居た騎士は、剣を突き出した姿のまま消し炭に変った。
報告に戻っていた騎士は背中を全焼、近くで探索していた騎士も右半身を焼かれた。
小隊長は、部下が半分盾になった形で、咄嗟に顔面をかばった両腕を焼けどしたに留まった。
この爆発は、倒壊寸前の漁師小屋を吹き飛ばし、落下する屋根材などで突入部隊の半数が軽傷を負った。
それが吹き上げた炎は、包囲班の騎士達にも、4人組にもはっきりと確認できた。
「敵襲か?!」
「いえ、ブービートラップのようです!」
「馬鹿な、あれほど遺留品には慎重に対処しろといい含めておいたのに・・」
「爆発したのは邪神の神像とのことです!」
「・・奴らはあがめる神さえも冒涜すると言うのか・・」
「死者1名、重傷者2名、軽傷者は小隊長を含めて4名です」
「急いで救助に向かえ、延焼しないように消火活動も同時に行うように」
「「はっ」」
その頃、少し離れた高台で、騎士団の突入作戦を見ていた4人組は、暢気に解説をしていた。
「2個小隊で包囲、2個小隊で突撃とはね。まあこの人数じゃあしょうがないさね」
「中に同じだけ潜んでたら、負けそうじゃない?まあアタシなら突入時にファイアーボール投げ込むから問題ないけど」
「奇襲が成功すれば制圧できるだろうが、ああ、ガチャガチャ鎧の音をたててると、無理だろうな・・」
「だとすると、食い破って逃げ出すのは半分ぐらいか?」
彼らはその逃げ出した信徒の追跡を任されていた。包囲網から抜け出すやからを監視して、尾行するのだ。
「お、伝令がもどってきたぞ、やけに速いな」
「周りを警戒し始めたな、これは逃げられたか?」
その瞬間、轟音と共に、漁師小屋から火柱が立ち上った。
「なんだい、ありゃあ!」
「自爆テロか?!」
「ふん!あれぐらいアタシだって・・」
「「「そこで張り合うなよ」」」
爆発は1度だけで、あとは続かなかった。包囲していた部隊が、救助と消火活動に動き回っていた。
「置き土産くらったのか・・」
「騎士様はゲリラ戦をしらないだろうからなー」
「じゃあ、あの中はもぬけの殻ってこと?」
「だろうね、邪神教徒がいれば、もっ派手な展開になっただろうさね」
するとハスキーが鷹の目を自分にかけて、周囲を警戒しだした。
「どうした相棒」
「いや、奴らが仕掛けを残して退散したとしたら、結果を見定めようとする信徒が居るはずだ・・」
「「「なるほど」」」
「・・いた・・」
鷹の目の呪文で視力が数倍に上がっていたハスキーが、不審な人物を発見した。それは茂みの中から廃村の様子をうかがっている1人の漁師だった。
「漁師なら関係者かもよ?」
「いや、廃村で密漁していたにしろ、漁師小屋が燃えたら驚いて近づくか、逆に怯えて逃げ出すはずだ・・」
「留まって見張っているのは下手人てことか」
「放火犯は現場で見物してるって言うものね!」
3人は心の中で、やけに嬉しそうなビビアンが常習犯でないことを祈った。
「追うかい?」
ソニアが端的に尋ねた。当初の予定なら追跡する手はずだが、後詰をしてくれるはずの騎士団が浮き足立っている現在、彼らだけ孤立する可能性があった。
少しだけ悩んだハスキーだったが、依頼を受けている以上、とれる行動は決まっている。
「安全圏から追跡しよう。撒かれたらそれまででいい」
騎士団の援護がおぼつかない以上、尾行を気取られて逆襲されたら最悪になる。ハスキーは、見失うギリギリの距離を保ちながら、怪しい漁師を追うことを決めた。
残りの3人は静かに頷くと、ハスキーの先導に随って移動を開始した。
ビスコ村にて
湖西岸の廃村の火柱と爆音は、小さいながらもビスコ村からも観測できた。
「おい、なんだあの音は?」
「湖の西に小さな火柱が上がったのが見えたぞ」
「大方、例の4人組がリザードマン狩りしてるんだろうよ」
「ああ、最近静かだったけど、また始めたのか、あいつら・・」
なぜかビビアンの仕業になっていた・・
「支部長、廃村で火の手があがったそうです」
「そうか、騎士団が突入したか・・成功すると良いのだが・・」
「はい、このまま禁足令が続くと、今期の収益は前年比で50%以下に落ち込むかと」
「そんなにか?緊急予算は申請したんだろうな?」
「手配済みです。ただし影響は北方地域全域に及んでいて、当ギルドまで配分されるか微妙です」
「どうする?優先的に補償してもらえる策はないのか?」
「手配済みです。当ギルドから派遣された冒険者が、討伐に功績有りと認められれば予算の配分は確実になるでしょう」
「そうか、さすが君だ。で、誰を送り込んだのだ?」
「紅蓮と赤毛と相棒です」
「ふむ、悪くはないが・・最近、落ち目なのがな・・。君のことだから次の手も用意してあるのだろう?」
「手配済みです」
受付嬢の瞳がキラリと光った。
「小隊長、作戦区画で爆音と火柱を確認しました!」
「そうか始まったか。援軍の要請があるかも知れん。各員は準戦闘体勢で待機せよ」
「「はっ!」」
慌しく駆け回る騎士達に混じって、1人の料理人が厨房から顔を出した。
「小隊長さん、食事の準備はどうするね?」
「出立には間に合わん。戻ってくる部隊と一緒にしてくれ」
「はいよ、じゃあしばらく竈の火は落とすよ」
そういうと料理人は厨房に消えていった。
仕事場に戻った彼は、他の料理人と手伝いに休憩を取るように伝えると、一人で晩飯用のスープの準備にとりかかった。
大量の具材を巨大な寸胴鍋で煮込みながら、味を調える・・・
「・・どうやらアジトは見つかったようだな。まあ向こうに注目が集まれば、こちらも動きやすくなる・・そろそろ潮時だろうな・・」
料理人は、懐から小さな薬瓶を取り出すと、調味料を足す振りをしながら、スープの鍋に怪しげな粉薬を投入した。
ゆっくりかき混ぜると、鍋に蓋をして休憩室の同僚に声をかけた。
「スープはあれで出来上がりだ。俺は包丁を研ぎにだしてくるから配膳は頼んだぞ」
「あいよ、ついでに呑んでくるんだろ?」
「ああ、いつもの店だ、手が足りなかったら呼んでくれ」
そう言って、包丁の入っているらしい鞄を抱えて裏口から出掛けていった。
その後、彼の姿をビスコ村で見かけることはなかった・・・




