もちろんサウスポーです
「それで、まんまと逃げられたわけ?」
ボンの前では、何故かソフトボールのユニフォームを着たマリアが仁王立ちになっていた。
「いや、初心者だと思って油断した。蓋を開けたら悪鬼羅刹の類だった」
いまのマリアのようなと思ったが、そこは言わないのが空気が読めるダンジョンコアである。
「どういうことよ?量産装備で実力を偽装していたわけ?」
「どうもそうではないな、倒したスノーゴブリンから装備を丸ごと剥ぐと、嬉々として付け替えていたからな」
「単なる追いはぎじゃない!」
正確には中堅冒険者の実力のある追い剥ぎだが。
「それで当然、後続は出したんでしょ?」
「ああ、だが実力を隠していた連中が、それなりの装備を整えたんだ、こちらも編成に時間がかかった」
「その間にトンズラされたというわけね」
マリアがバット代わりの長柄のウォーハンマーを振りかぶった。
「ちょっと待て、さすがにそれは洒落にならん。割れる、割れるって!」
ボンの叫びを無視して、マリアは華麗なスィングでダンジョンコアをかっとばした。
「ギャアアアアーーー」
悲鳴をあげながら飛び去るボンにマリアが呟く。
「安心せい、峰打ちじゃ」
「ウォーハンマーに峰打ちも何もないだろうがーーーーーー」
このウォーハンマー、酔狂な魔道具製作者が開発した球技用のマジックアイテムであり、球状の物体を叩くと、一切ダメージは与えずに、運動エネルギーだけ伝播する優れものであった。
ちなみにマリアは、ダンジョンマスター懇親会で知り合った仲間と、ソフトボール大会を楽しんでいたらしい。
試合には勝ったので、ボンへのお仕置きは軽めだったという・・・
「これで軽めなんだよ、うちは・・・」
女帝マリア、暴君の名は伊達じゃなかった。
その頃、チロル渓谷を意気揚々と帰る4人組の姿があった。
「相棒、思ったより儲かったな」
「ああ、黒鋼の装備一式、6体分は十分な成果だと思う」
スタッチとハスキーが、重そうに予備の鎧を担ぎながらも、明るい顔で会話をしていた。
「アタシはもっと活躍したかったわ。しかも杖やワンド持ちはいなかったし・・」
ビビアンは、範囲魔法を制限されて不完全燃焼のようだ。
「しかたないさね、ファイアーボールじゃ装備まで燃える可能性があっただろ。敵に術者がいないから勝てたとこもあるんだしね」
スノーゴブリンの精鋭に襲い掛かった前衛の3人は、多少の反撃は覚悟で、3対1で蹂躙攻撃をしかけた。
あまりの気迫に虚を突かれた先頭の戦士を一瞬で切り倒すと、返す刀で隣の戦士に踊りかかる。慌てて盾を構えるスノーゴブリンだったが、3方向からの斬撃を防ぎきれずに瀕死の重傷を負った。
やっと事態を把握した残りの4体が迎撃しようとした瞬間に、ビビアンの炎の矢3連が打ち込まれた。火炎弾と同じ魔力を消費するので普段は使わないが、範囲攻撃を制限されていたので仕方なくではあった。
「ギャギャギャ」
1体が2本の炎矢で頭部を焼かれて絶命し、もう1体が肩に火傷を負った。後方の術者に危機感を抱いた弓兵が、ビビアンを弓で狙うが、そこに無理やりハスキーが割り込んだ。
構えていた矢だけ絶妙に切り飛ばすと、近接武器を構え直す暇を与えずに致命傷を負わせた。
残り2体はソニアとスタッチが、それぞれ対応している。
それらも後方からビビアンの呪文と弓に持ち替えたハスキーの援護ですぐに決着がついたのだった。
だが、戦闘が終わっても4人は止まることなく、冷静に息のある敵に止めを刺しながら死体から装備を剥がしていく。
盾も胸当ても、予備の小剣ですらも残さずに回収すると、一斉に退却を始めたのだった。
背負った荷物の重さをものともせず、まずソニアが力まかせにロープを伝って登っていった。すぐに開口部にたどり着くと、2本目のロープを投げ下ろす。
その間にスタッチが苦労しながらも1本目のロープを使い自力で登りきった。
やがて下からの合図でビビアンを釣り上げるように一気に引き上げると、ハスキーが追いつくのを待って、走り去るようにゴブリンホールを後にしたのだ。
ものすごい速度で釣り上げられたビビアンが何やら悲鳴のような怒号のような声をあげていたが、それは漁師役の二人には無視された・・・
半日ほど、移動距離を稼ぎ、追手の掛からないことを確認すると、キャンプ場所を確保して、4人はへたり込んだ。
体力に自信のあるソニアでさえも、重量制限ギリギリまで背負い込んだ荷物の上に、途中でへばったビビアンを担いで、道なき道を踏破するのは重労働であったのだ。
それでもなんとか焚き火を熾して、軽く炙った川魚の干物を口にする頃には、これからの展望を語り合う元気が戻っていた。
「それで、この後はどうするんだい?」
干物を頭から豪快に噛み砕きながら、ソニアが誰とは無しに語りかけた。
「ビスコ村に戻る前に、どこか途中の街に寄って、余分な装備を売り払おう」
お湯にハーブの葉を入れただけのハーブティーを飲みながらハスキーが答えた。
「せっかくの黒鋼装備だぜ、売らずに予備でとっとこうぜ」
貧乏暮らしが身に染みたスタッチは、用心深くなっていた。人は苦労をすると成長するものらしい。
「予備は残す。だが今回、術者の装備が無かった以上、ビビアンの取り分は金に替えて分ける必要がある」
「別にいいわよ、売り払うと半値以下に買い叩かれるでしょ。また買いなおすより、全部予備にしたほうが効率がいいわ」
干物の骨を1本1本取りながら、モソモソ食べるビビアンが言った。
「だったら売値の4分の1相当を、ギルドの依頼達成料から多めに渡すのはどうだい?」
ソニアの意見が採用されて、分配が終わった。
「で、ギルドに報告した後はどうすのさ?」
黒鋼の盾をボロ布で磨きながら、ソニアが話の続きをふってくる。
「どうする?ダンジョンって分かったんだから、リベンジしちゃう?」
手持ち無沙汰のビビアンは、両手をワキワキさせながら詠唱の真似事をする。
「俺はもう御免だぜ。あそこは厄所だ。ろくな目に遭いやしねえ」
黒鋼の剣に錆び止めの油を塗りながら、スタッチはため息をついた。
自然と3人の視線がハスキーに集まった。
「そうだな、俺はもっと北に行きたいと思っている」
トレントの枝から作られた弓を調整しながら、ハスキーは言った。
「北って言うと・・・ドワーフの鉱山か?」
「いいねえ、ドワーフの里には美味い酒があるらしいよ」
「冬になったら絶対たどり着けないとこよね」
ビビアンの言うとおり、北の山脈付近は冬になれば豪雪地帯となり、耐寒技能がなければ旅をすることも不可能であった。
なんとなく、4人の次の目的地が決まった。
だが、あのギルドの受付嬢が、中堅に成りたての4人から、そんなにすんなりと手綱を離すわけがなかったのであった・・・
「手配済みです」




