ギニア高地のあれ
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東の大森林には2つの大河が流れているが、その片方、南に流れ出しているのがポッキー川である。ポッキー川は、大森林を抜けた辺りで東に流れるチョコポッキー川と、南に流れるイチゴポッキー川に分岐する。
そのイチゴポッキー川が南の台地地形を浸食して出来たのが、チロル渓谷である。
チロル渓谷は、あまり人の手により開発はされていなかった。なぜなら渓谷のある台地地形と人口の多い平野部との境には、高さ20mを越す断崖絶壁が聳え立っていたからだ。
そのために直線距離は近いにも関わらず、平野部の都市と大森林には交易路が存在しなかった。西側に迂回すれば、なだらかな丘陵地帯を通って、比較的安全に商売ができたからである。
そのチロル渓谷の中程に、数年前に奇妙な縦穴が発見された。
川の水に侵食されずに残っていた高台に、煙突をくり貫いたように深い縦穴が掘りぬかれていたのだ。
とはいえ、縦穴の開口部は直径30mオーバーであり、深さは60mを越えていた。しかも縦穴の内側にも蔦や苔がびっしり生えていたので、これは建造物ではなく、過去に自然現象でできたものが、新発見されただけではないかという説も根強かった。
建造物派は、「いくら開発の手が入っていないとはいえ、冒険者や狩人が得物を求めて足繁く通うような場所に、未発見の巨大自然洞窟(縦穴)が存在するわけない」と主張した。
それに対して自然現象派は、「ドワーフの集団にしろ、アースエレメンタルの上位種にしろ、あれだけの範囲を掘削すれば、誰かに気付かれるはずで、内側に植生が回復するほど隠し切るのは不可能だ」と主張した。
もちろん学説に決着をつけるために、両者ともに調査隊を送り込んだが、どちらも帰還しなかったのだ。相手の派閥の妨害工作を疑った両者だったが、中立派のとりなしで、合同で冒険者に依頼をだすことで合意した。
ちなみに中立派とは、「あれはダンジョンである」と主張したが、賛同する者は1割にも満たなかった。
派遣された冒険者は、その半数を失いながらも重要な報告を持ち帰った。
いわく、「縦穴には無数のゴブリンが住み着いていた」と・・・
それを聞いた建造物派は「やはりあれはゴブリンが造った新型のコロニーである」と主張した。
そして自然現象派は、「ゴブリンごときにあの規模の土木工事ができるわけもなく、自然の縦穴を見つけて住み着いただけだ」と主張した。
中立派は、ゴブリンしかいないという報告を聞いて、主張を取り下げたのであった。
やがてその縦穴は「ゴブリン・ホール」と名付けられ、初心者から中級者までの狩場として知られていった。
「それが5年前の状況だったらしいわね」
キャンプの焚き火を囲みながら、ビビアンが調べ上げた情報を他の3人に話していた。
「だけどよ、なんで中立派の連中は自説を取り下げたんだ?結局はそいつらが正しかったわけだろ?」
スタッチが疑問を口にした。ビビアンは乾いた喉をカップに注がれたお茶で潤すと、答えた。
「ゴブリンしか居なかったからよ。確かに過去のダンジョンにもゴブリンやその亜種はガーディアンとして確認されてはいたんだけど、最初の階層だけなのよ」
「つまり弱いガーディアンを延々配置するようなダンジョンはありえないというわけか」
ハスキーがビビアンの後をついだ。
「ギルドのデータには、ガーディアンの種族が偏ったダンジョンの例も載ってはいたんだけど、それも亜人とか昆虫とか大まかな括りで偏っているだけで、ゴブリン一色というのは無かったらしくて・・」
「まあ普通に考えれば、良さそうな場所にゴブリンのクランが引っ越してきたって思うよな」
スタッチは納得したらしい。だが今度はハスキーが疑問を投げかけてきた。
「5年前は初心者冒険者も狩りに潜っていたようだが、今は禁止されていたはずだ。その間に何があった?」
「一つには予想通り、初心者の生還率が極端に下がったわ」
「敵がゴブリンのみなのにか?」
スタッチは自分の駆け出しの頃を思い浮かべたが、ゴブリンに苦戦した記憶はなかった。
「奥に行くと、リーダーやシャーマンが出てくるのよ。それも何体倒しても次の日には補充されていたらしいわ。さらに装備や戦術が洗練されていったそうよ」
「典型的な初心者キラーだな」
見下していた弱い敵が、指揮官を得ることで見違えるように強敵になる。引き際を誤りやすい、経験の少ない者から間引きされていったのだろう。
「そしてもう一つ、エルフの介入よ」
「ゴブリンは我々が倒すから人族は手をだすなってか?」
スタッチはエリート意識の高いエルフが言いそうなセリフをあげてみた。
「局地的にはそういうイザコザもあったらしいけど、基本はエルフは人族を無視して大量に戦士を送り込んだみたい」
「そして攻略に失敗した・・か」
「相棒、なんでそう思うんだ?」
「ゴブリンホールが健在だからだ」
「おお、なるほど」
「ハスキーの言うとおり、エルフの攻略部隊は壊滅したそうよ。ところがここからが奇妙な話でね」
「エルフとゴブリンが和解した・・」
「もう、なんで先にあてちゃうのよ、アタシが調べてきたんだから、最後まで言わせなさいよ!」
「すまん」
ビビアンに怒られてしょんぼりするハスキーを見て、スタッチは肩を竦めた。
「で、どうなったんだ?」
「エルフは報復戦もせずに里に撤退、以後、ゴブリンホールを攻略する気配はなくなったそうよ」
「それって単にびびったんじゃないのか?」
「エルフがゴブリンにびびったら終わりでしょ。再戦を期して戦力を蓄えるならともかく、綺麗さっぱり手を引くのは、有り得ないでしょうね」
「それでギルドはゴブリンの背後に何かが潜んでいるのに気がついたのか」
「まだそのときはダンジョンマスターだとは思ってなかったようだけどね」
その後、ゴブリンホールの危険度を中級に引き上げて、初級の依頼は停止したらしい。現在は、腕に覚えのある中級の冒険者が、ゴブリン亜種の指名依頼でたまに潜るぐらいだそうだ。
「明日はその、ゴブリンホールに挑むことになる」
ハスキーが真剣な表情で仲間を見つめた。
「大丈夫よ、ゴブリンなら何体でてきてもへっちゃらよ」
ビビアンは自分で言ったことを忘れて、お気楽モードだ。
「まあ、入り口でディテクトマジックかけるだけの簡単なお仕事だからな」
スタッチも、もう依頼を果したような気でいるらしい。
「お前らな・・ソニア、こいつらに何か言ってやってくれ」
ハスキーは、先ほどから黙って話を聞くだけのソニアに、他の二人に喝をいれてもらおうとした。
ZZZZZ
ソニアはビビアンの難しい話の途中ですでに眠ってしまっていた・・・




