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ダンジョンマスターは眠れない  作者: えるだー
第7章 冥底湖の魔女編
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蛙になった王子?

 月明かりもない夜の森を、3人の冒険者が彷徨っていた。

 今日は夏の中月、第4週土の日の夜、月齢は新月である。辺は真っ暗闇で、ただ先頭を行く小さな影が手にしたランタンの灯りだけが、足元を照らしていた。

 常日頃なら夜の森で灯りをつけて動き回っていれば、すぐに獣か、あやかしに目をつけられて、囲まれてしまう。夜の森は彼らの領域なのだから・・

 しかし、今晩だけは、それらも自分たちの巣に篭っている。より力のあるものが徘徊することを、それらは本能で察知しているからだ。

 この夏至の夜に、森を彷徨うろつく者は、二通りしかいない。

 力ある者か、愚かな者か。

 そして3人の冒険者は・・・後者だった。


 「ついてないなー、このボクが夜中に森をウロつく仕事をしなきゃいけないなんて、不条理だよ。ねえ、キミたちもそう思うだろ?」

 パーティーの先頭を歩く、ハーフリングが後ろの二人に声をかける。

 本当は、夜の森で大きな声を出すのは良くない。静かな森の中では、思いのほか遠くまで音が響くからだ。それに釣られて肉食獣が集まってくれば、余計な危険を背負い込むことになる。


 だが、ハーフリングはそのことに頓着していない。いや、していない振りをしているのだ。

 今日の森の様子は奇妙だった。

 夏至の夜に森に入ったことのないハーフリングには、まるでどこか別の世界に紛れ込んだかのように思われた。

 その不安が、彼のお喋りを引き出していたのだ。そして、残りの二人はそれを止めようとしない。


 なぜなら二人も不安だったから・・・


 まず、虫の音がしない。夏の盛りの夜ならば、煩いほどに聞こえるはずの日常の音がまったくしない。

 そして鳥も、獣も、魔獣さえも、啼きもしなければ姿も現さない。

 こんな不気味な道行を続けるぐらいなら、送り狼でも良いから出てきてくれと、ある意味やけっぱちになったハーフリングだった。

 だが、何も現れない。

 もう彼らは襲う価値もない、屍人であるかのように・・・


 「ねえ、聞いてる?ちゃんと着いて来てるよね?」

 返事がないのに不安になって、後ろをランタンで照らす。

 するとそこには、巨大な人影が立ちすくんでいた。


 「オデ、チャンとついてる。ヘラ、だいじょぶ」

 片言の共通語で答えたのは、ハーフオークのグドンである。彼は2・5mを越える体躯と、人族の1・5倍の筋力を持っており、純粋なタンク役としてはギルドでも上位の実力があった。

 ただし、頭の回転が致命的に遅かった。

 優れた司令塔がいて、信頼できる回復役が側にいれば活躍できるが、いなければお荷物になる。いつしかパーティーを組んでくれる冒険者はいなくなり、ソロで荷物担ぎの依頼を細々と請け負って糊口を凌いでいた。


 もう一人、彼がヘラと呼んだ人物がいる。彼女はグドンの肩に腰掛けている、一見したところ華奢な人族に見えた。しかし、よくよく見ると、瞳は縦長で、青白い肌には薄らと鱗の模様が浮き出ている。

 彼女は、ハーフナーガのヘラ。蛇人族と人族との間にできた忌み子であった。


 「しゅぐしょこに、魔力溜りがありましゅ」

 ヘラは聞き取り難い小さな声で話す。しかも舌足らずで。

 これは別に彼女がロリ属性を持っているわけではなく、舌の構造が若干ナーガ族に近いので、サ行の発音が音漏れするのである。


 ヘラが何故この場にいるのかといえば、彼女も冒険者であり、蛇人族の母親から教わった薬草学の知識を買われてハーフリングにスカウトされたのだ。

 今回の依頼は、夏至の夜に森の中の沼地に生えている、魔草のナイト・シェイドを採集してくるというものだ。1年の内、その日の夜に摘んだ魔草にだけ宿る、不思議な力があると言い伝えられている。

 その魔草を求めて、魔女達が森の中を彷徨うと言われていた。

 故に、普通の冒険者はこの依頼を受けないのだ。受けるのは、魔女の伝説を信じない者か、食い詰めて受けざるをおえない者だけだった。


 ヘラは、冒険者といってもLvも低く、低位の魔法が使えるぐらいで、普段は村の周辺で薬草を採集して暮らしていた。ところが、最近、北のリザードマンが活性化して、村の近辺まで狩りに来るので、採集が出来なくなった。

 細々と蓄えを切り崩して飢えをしのいでいたが、とうとうそれも尽き、仕方なくハーヴィーの誘いに頷いたのである。

 そして、ハーヴィーが目論んだ通り、目的を達成するにはヘラの力が役に立った。


 薬草学で魔草の群生している湖沼の場所に見当をつけると、夜になるのを待つ。

 完全に日が暮れると、ランタンの灯りを頼りに、ヘラの魔力感知の呪文で特別な力を蓄えたナイト・シェイドを探索する。

 精神集中を続けるヘラを、グドンが肩に乗せて移動することで、1回の呪文でより広い範囲を索敵する作戦である。ハーヴィーは、案内人を自称していたが、どう見ても提灯持ちにしか見えなかった。


 十数回の魔法探知の後に、ヘラが強い魔力溜まりを発見した。



 「さすがボクが集めた最強チームだよね。あっという間に依頼達成したじゃないか」

 そういって先へ進もうとするハーヴィーをヘラが止める。

 「あ、灯りを消しぃてくだしゃい」


 「えっ?ランタン消したら何も見えないんだけど」

 「灯りがしゃしぃこむと、魔力が散ってしぃまいましゅ」

 だから新月の夜に摘むのだという。


 「暗くて採集もできないと思うんだけど・・」

 それでもハーヴィーは、言われた通りにランタンのフードを降ろして灯りを遮った。

 すると・・・


 前方に薄っすらと淡い光の輪が現れた。

 

 それは月夜茸と呼ばれる夜光性のキノコの群生だった。それが地面に輪を描くように並んで生えているのだ。

 「フェアリー・サークル・・・始めて見た・・」


 俗に妖精の輪と呼ばれる、自然発生した魔法陣の一種だった。

 「あの輪の中に魔しょうがあるはずでしゅ」

 確かに、月夜茸の光を頼りに、魔草を摘むことができそうだ。ハーヴィーは慎重に、妖精の輪に近づいていった。

 もう少しで手が届きそうな場所まで足を運んだとき、向い側の闇の奥から、皺枯れた老婆の囁き声が聞えてきた。


 「ひっひっひっ、どうやら泥棒猫が入り込んだようだね。さてさて、どう料理したものか・・・」


 「だ、だ、誰だ!」

 口から心臓が飛び出しそうになるぐらい驚いたハーヴィーだったが、咄嗟に誰何することで悲鳴をあげずに堪えた。


 「人に物を尋ねるときは、まず自分から名乗るのが礼儀じゃろ・・」

 未だに暗闇の奥に潜む何かは、視認することができない。恐怖を紛らわせる為にハーヴィーはいつもの口調で名乗りでようとした。

 「ボクかい、ボクの名前は、ハー『ダメでしゅ!』・・え?」


 後ろからヘラが彼女らしからぬ大声で遮った。

 「魔女に名前をおしぃえたら、たましぃいをうばわれましゅ!」

 「えっ!まじ?」

 顔面蒼白になるハーヴィーを見て、老婆は笑った。


 「ひっひっひっ、なかなか物知りな娘子じゃの。じゃが、ワシにそんな手間は必要ないのう、ホレ」

 ボフッ!

 老婆が指を指すと、グドンが突然、子豚に変化してしまった。


 「ポリモーフ・アザー!しかも無詠唱だって?」

 「おやおや、ちびっ子も、魔術の知識はあるようじゃな、ひっひっひっ」

 老婆が次の犠牲者を指差そうとする。


 「ちょっと待った、それ以上動くと、このランタンを叩きつけて、この周辺を燃やすぞ、脅しじゃないぞ、やるったらやるぞ」

 ハーヴィーは震える手でランタンを振りかざす。


 「むむむ、乱暴はよくないのう、近頃の若いのはすぐキレる」

 そういいつつも老婆は魔草を焼かれるのは困るようだ。なにせこれをのがすと1年待たなければいけなくなる。


 「いいな、動くなよ、絶対動くなよ、これは振りじゃないからな」

 そう言いつつ、ハーヴィーは空いた左手で魔草を摘むと、腰の皮袋に仕舞いこんで、後ずさりを始めた。


 「ひっひっひっ、このワシがしてやられるとは、さぞや名のある冒険者なのじゃろうて」

 「へへん、ハーヴィー様にかかれば魔女だろうと・・・」

 「「ああっ!」」


 ニヤリ

 ボフッ

 ハーヴィーはアマガエルに変化してしまった。


 それを見たヘラは咄嗟にアマガエルを握り締めると、子豚のグドンにしがみ付く。

 子豚はヘラを引きずったまま、すごい勢いで走り始めた。


 「なんじゃあの豚は、娘抱えてすごい力じゃな、だが、逃がさんよ」


 遠くで、ボフッという音がした。


 「やれやれとんだ邪魔が入ったものじゃ、やっと静かに採集ができ・・・なんじゃと!」

 そこには、ハーヴィーが手放したランタンがフードがはずれて横倒しになっていた。

 そこからもれる灯りで周囲の魔草からは魔力が散ってしまっていた。


 「あのれ、あのチビ、蛙にしたぐらいで追い払ったのは手ぬるかったか、今度あったら息の根止めてやるぞえ」

 森の中に老婆の呪詛が響き渡った・・・


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