溺れた犬は
「クルス・スノーホワイト、この報告に間違いはないのですね?」
「はっ、直接対面して、その能力も確認しました。オークの丘は、現在、ダンジョンマスターの支配下にあります」
その発言に長老会議はどよめきに包まれた。
「まさか5年の内に2つもダンジョンが新生されるなど、今まで聞いたこともないぞ」
「そのマスターは、どういった性格をしているのだ。侵略型なら防衛を考えなければ・・」
「そもそもダンジョンというのが嘘偽りなのではないですかな。どこかの家に都合が良すぎる」
「しかし大森林の南に、新生したときも当初は限りなく可能性が低いと放置されていました。あの二の舞はいかがなものかと」
「そうだ、互をけし掛け合って共倒れを狙うのはいかが?」
「こちらが暗躍したことを察知されると、手を組まれて攻め込まれますぞ」
議論は百出して、纏まる事はなかった。クルスは自分に向けられた質問にだけ事務的に返答する。
「かの者は、理知的で、経験は少なく、内政を重視するタイプに見受けられました。地上部分にほとんど領域を伸ばしていないことからも、侵略型では無いと推測されます」
「ならば今のうちに、軍を送り込めば・・」
「そう言って、南のダンジョンで痛い目を見たのは、ついこの間ですぞ」
「それに里の現状では、そんな戦力は出し様がない」
「どこぞの家が先走って、無駄に消耗しましたからな。だから接近禁止を言い渡したのに・・」
「それで、あちらは何か要望を出してきましたか?」
「まさか、むざむざ敵の言いなりになるつもりではないでしょうな?」
「敵と決め付けるのはどうかと。先に領域侵犯をしたのはこちらでしょうからな、特に家名は伏せますが」
「かの者が申すには、無闇に支配領域に押し入ってこなければ、特に何もと」
「それは重畳、元々、我らはこの大森林の守り人なれば、外の勢力と争う必要もないのですし」
「さようですな。あちらが先の領域侵犯を水に流してくれるというのであれば、こちらから無理難題を押し付ける必要もないですな」
「馬鹿な、それでは我等が受けた被害の賠償もさせないきですか!」
「お静かに。我等と言うが、被害を受けたのは血気に逸った、どこかの家のみ。しかも長老会議の決定を無視しての暴挙です。ヘタをすれば、あちらから損害の賠償を求められてもおかしくない状況ですぞ」
「ぐぐぐ」
その後も会議は延々と続いたが、結局、クルスの進言通りに相互不可侵条約の締結で決着した。
疲労困憊のクルスが、会議広場から出てくると、待ち構えていたミーシャが労いの言葉をかけた。
「よう、お疲れさん」
「誰かさんが逃げ出さなければ、もう少し楽だったのだがな」
クルスは恨み言を呟いた。
「俺に、老人の相手が務まるわけないだろう。途中で、うがあーってなるぞ」
その光景が目に浮かんでクルスはクスッと笑った。
「だいたい例の件は重大事だからな。親父に話してそのまま長老会議に上奏するしかやりようがない」
「会議中は、叔父上には世話になった。くれぐれも宜しくお伝えしてくれ」
「おうよ」
二人は人影の疎らな場所に移動すると、声を潜めて話を続けた。
「それで、どう決着したんだ?」
「いちおう、こちらの進言通り、相互不可侵条約で手をうつことになった」
「ほー、よくあの家が許したな」
レッドベリー家は必ず横槍を入れてくると思っていたが、予想よりすんなり決着が着いたようだ。
「やはり家宝が戻ったのが大きかったな」
スノーホワイト家に伝来していた、精霊王由来のミスリルの武具は、500年ほど前に末娘(当時は)に貸与されたまま行方不明になっていたが、この度、恙無く返還された・・・
という建前で、長老会議に返却された。
「すげえな、あれだけ当時は紛失を咎めたのに、戻ってきたとなると、手のひらを返して歓迎ムードとは」
「ああ、私もさすがに、勝手に持ち出したことまで無かったことにされるとは思わなかったぞ。まあ家にとっても有り難いから黙って頷いていたがな」
「逆にレッドベリーの奴等は、腸煮えくり返ったろうな」
自分たちは戦力の激減と規律違反で立場が弱くなったのに比べ、政敵はダンジョンマスターとの交渉でミスリル武具を取り返してきたのだ。長老会議での発言力も、彼我の立場が逆転し始めている。
「あまり追い詰めると暴走するので、長老会議も程ほどにしてくれるとよいのだが」
「無理だろうな。自分から深みに嵌った相手なら、棒で叩いて浮き上がってこないようにするだろうぜ」
「だろうな」
だが、その結果、恨みの矛先が向くのは、スノーホワイト家か、もしくは・・・
「なんにせよ、最低限の約束は果たしたんだ。すぐにでも向こうに知らせたほうがいいんじゃないか?」
「それなんだが・・・」
珍しくクルスが言いよどむ。
「どうした、外交使節は別な奴が任命されたか?」
「いや、それは私が命じられたのだが・・」
「なら問題ないだろう」
「両親が、ロザリオ姉さんに会いに行くといって、きかないんだ・・・」
「あちゃーー」
その頃のダンジョンでは。
「ヘプシッ」
ロザリオがくしゃみをしていた。
「いやいや、インモータルは風邪ひかないでしょう」
「花粉症かな」
「「それもない」」 「しーーん」
「クッ、コア殿からダメだしを受けた」
「あれ、今のつっこみじゃなくてレベルアップ無音?」
「こくこく」
「特に何もしてないのにレベルアップってするの?ロザリオのボケに突っ込みいれたからかな?」
「そんなわけないだろう、主殿」
だよね、もしそれで上がるなら、とっくにワタリであがってるはずだし。
「おいらボケ役じゃないっすよ」
「「またまたー」」
「ギャギャ(さすがワタリさん、見事なボケです)」
「とほほ」
コアに聞いたら、レベルアップの条件は「他勢力と外交を結ぶこと」だったらしい。丁度今、エルフの里で相互不可侵条約が認可されたんだろうね。
コアと僕をスキャンしてもらった。
職業:ダンジョンマスター レベル5→6
技能:ダンジョン知識、予測、サバイバル、恐怖耐性、工芸、水泳、交渉NEW
特技:精霊流し 健康状態:汗疹
ダンジョンコア「コア」 性格:無口っぽい レベル5→6
機能:管理、召喚、スキャン、設置、分解、カスタム、返還、拡張、転送、( )NEW
特機:浮遊 DP容量:現在値 4863 /最大容量 5000
となっていた。コアの選択機能は、「再配置」か「遠話」の2択なので、ここは迷わず「再配置」を選ぶ。
コアは銀色の翅を撒き散らしながら、バージョンアップを終えた。
僕の技能で増えたのは「交渉」だ。今回のエルフやヴォジャノーイなど、戦いだけでない決着もあったから、ついたのだろうね。
最近、暑いぐらいのときもあったから、汗疹ができてるらしい・・・水浴びの回数を増やさないと・・・
「むひ」
汗疹にもきいたっけ?




