リアクションに期待します
巨大な蛙のピラミッドは、最下段が4匹、2段目が3匹、最上段が1匹と1体で造られていた。1体というのは蛙と並ぶと小さく見えるが、三つ又矛を構えて鬼の仮面を被ったリザードマンだ。
そのリザードマンが矛を振りかざして冒険者達に向けると、巨大蛙が一斉に舌を吐き出してきた。
「敵の狙いはビビアンだ!」
ハスキーが瞬時に蛙の狙いを読み取り、前衛の二人に伝えた。盾役の二人は、がっちりと隙間無く固めて最下段の4匹の舌を弾き返す。
だが、2段目と最上段は角度がついていて、後衛が狙いやすい。とっさに伸ばした武器で1本ずつは押さえたが、そのまま力比べになってしまう。
残り2本がビビアンを襲った。
「キャアア」
悲鳴をあげてうずくまるビビアンに、覆いかぶさる様にハスキーが庇う。
2本の舌はハスキーの右腕と首に巻きついた。そのまま引き寄せられそうになるハスキーの両足を、盾を放り出したスタッチとソニアが抱え込む。
4本の舌と3人の筋力が拮抗する。
だが、ハスキーは首を舌の力で絞められて窒息寸前である。
「ビビアン!急げ、蛙を燃やせ。誰か持ってかれたら範囲攻撃も撃てなくなる。その前にハスキーがもたねえ!」
スタッチの叱咤に我に返ったビビアンが呪文の詠唱を始めた。
それを阻害しようと最下段の4匹が舌を飛ばしてくるが、その全てを前衛の二人が身体を張って防ぐ。
さすがに8本の舌の力は強大で、3人まとめて引き寄せられそうになったが、そこでソニアが雄叫びを上げた。
「奥義、ワイルド・レイジ!(野生の憤怒)」
闘争本能を極限まで高めたことにより、筋力が増大し、一瞬だけだが8本の舌と3人の力が均衡した。
「我が身に流れる魔力の奔流よ、今こそ火弾となりて敵を撃て、ファイアーボール!」
ビビアン渾身の火炎弾は、味方を巻き込まないように、部屋の一番遠い場所を目標に解き放たれた。それは鬼仮面リザードマンのすぐ横であった。
飛来する火炎弾を、三つ又矛をめちゃくちゃに振り回して叩き落そうするリザードマンだったが、それでどうにかなる訳も無し。
真横の天井付近に着弾した火炎弾は、必殺の紅蓮の炎を撒き散らす・・・はずだった。
だがそれは何故か、爆発する寸前でかき消されてしまう。
「「「へっ?」」」
呆然と見守る3人だったが、ビビアンだけは何が起きたのか把握していた。
「カウンター・ディスペル!? でも、まさか、そんな高等技術を、いったい誰が・・・」
敵の攻撃呪文に合わせてディスペルマジックを放つことにより、相殺する技であるが、目標の放つ呪文特性を解析し、最適のタイミングでカウンターを放つ必要がある。
何よりカウンター・ディスペルの詠唱がまったく聞えなかった。この場に、高い魔術知識を持ち、無詠唱で呪文を操る存在がいるのだろうか・・・
ビビアンには分からなかったが、その存在は、最初から部屋の中にいたのだ。面倒ごとは御免とばかりに、精霊の井戸に隠れていたフェアリー・ドラゴンのラムダであった。
その彼がなぜ、積極的にダンジョンチームに手を貸したのか・・・
実は、部屋の片隅に置かれた餌台には、まだリンゴとコオロギが半分残っていたのだ。ラムダは単に、自分のお昼ご飯が燃やされるのを嫌ったにすぎなかった。
起死回生の一撃をそんな理由で打ち消されたビビアンチームには災難であったけれども。
「「「ぬあああああ」」」
肩透かしをくらった3人は、気の緩んだ瞬間に一気に持っていかれた。
すでに呼吸困難で意識が朦朧としているハスキーはもとより、スタッチも巨大蛙の口の中に吸い込まれてしまった。
ワイルド・レイジの効果で、半分の距離を引きずられただけですんだソニアであったが、他のメンバーを助ける余力はない。
そこに舌の空いた4匹から追撃が飛んできた。
「きゃあああ」
ビビアンは1本で軽々と抱え込まれて、あっというまに口内に消えていった。
最後まで抵抗したソニアだったが、5本の舌に絡め取られて万事休すとなった。
スタッチとソニアはそれでも蛙の腹の中で暴れていたが、外から救いの手が伸ばされない以上、脱出は絶望的である。
やがて二人も酸欠で意識を失い、大人しくなった・・・
トントンタタン、トンタタン トントンタタン、トンタタン
どこからともなくリズミカルな打楽器の音が聞えてくる・・・
最近はやっとギルドの診療所住まいから、安い宿屋に移ったけど、こんなに隣が煩いなら、診療所のベッドの方がマシだったな・・・
朦朧とした意識の中でビビアンはそんなことを考えていた。
でも診療所からは、余裕が出来たなら出て行けって追い出されたんだった。宿のグレードを下げたのは、まだポーションや野営道具で買い揃えなきゃいけない物がいっぱいあるから。小銭を貯めても無くしたワンドを買い直すには全然足りないけど・・・それでも節約しないと。
ハスキーは自分の装備は後回しで良いって、いつも私達を優先するけど、そんなに自分を犠牲にすることないのに・・・
その瞬間、ビビアンの意識が覚醒した。
「ハスキー!」
「おうよ」
思わず探すように叫んだ相手は、思いのほか側にいた。
というか真横にいた。
「おやおや、目覚めたとたん呼びかけるのがアタシじゃないとは、ビビアンも友達がいがないさね」
反対の横からソニアがからかってくる。
「おう、ビビアンも無事なようでよかったぜ。まあこれからどう転ぶかわからんけどな」
背中からスタッチの声がする。でも彼の方向を向くことは出来なかった。
なぜなら4人は、床に体育座りをした格好で、太い丸太に手首を後ろ手に縛り付けられているからだった。背中合わせに4方を向いているので、隣の仲間の顔も見れない。
ただ、顔をねじればその足先ぐらいは確認できる。そして全員、身包み剥がされていた。
下着姿になってもソニアを含めた3人は堂々としていた。慣れたともいう。
ビビアンだけが、恥ずかしいのかモジモジしているが、他の3人には見えないので、そこだけが救いのようだった。
トントンタタン、トンタタン
リズミカルな音はまだ続いている。それは部屋の中で丸太を木の枝で叩く音だったらしい。
いつの間にか巨大な蛙はいなくなっており、4人はリザードマンの集団に囲まれていた。彼らは水晶の穂先を持つ槍を手に、打楽器の音に合わせて輪を描いて踊っていた。
その中心にはグツグツと音をたてて煮え立つ大釜があった。
「あれ、何に使うんだろう・・・」
「この状況でそれは愚問だな」
「だよね・・・」
落ち込んだビビアンをスタッチが元気づける。
「なに、全員、生きてここにいるんだ。まだチャンスはあるってことだぜ」
「アンタのその能天気さも、今は心強く聞えるから不思議さね」
「今は、って、いつも心強いだろうが」
「「「いや、それはどうだろう」」」
4人が意識を取り戻したのに気付くと、リザードマン達が踊りを止めた。ただ、打楽器の音だけは今も鳴り続けている。
やがて鬼の仮面をつけたリザードマンと、ハニワの仮面をつけたリザードマンが近寄ってきて話掛けてきた。
「人族よ、これから尋ねたことに偽り無く答えよ。もし嘘をつけば・・・」
「もし、嘘をついたら?」
「その者の右隣の者にこれを飲ませる」
ハニワ蜥蜴人の差し出したゴブレットには、どろどろした緑色の液体がなみなみと注がれていた。
「答えれば、生きて返してもらえるのか?」
ハスキーの質問にスタッチが被せる。
「ついでに装備も返してくれ、苦労して買い直したんだ」
ハニワ蜥蜴人は、スタッチを睨みつけると、配下の蜥蜴人に尾っぽで指示を出した。
スタッチは、両脇から押さえ込まれて、無理やり喉に緑の液体を流しこまれた。
「やめろ、やめろ、やめてくれ!俺が悪かった、調子に乗っただけ・・」
蜥蜴人達は無表情に作業をこなす。
「げぼっ・・ぐはっ・・ごくっ・・ぐわああぁぁ」
スタッチは口の端から緑の汁を垂らしながら気絶してしまった。
「し、死んだの?・・・」
ビビアンが恐る恐る尋ねると、ハニワ蜥蜴人は首を振った。
「死にはしない、ただその方が良かったと思える苦痛を味わうことになるだろう」
そう言うと、新しいゴブレットを用意させて、話掛けてくる。
「さあ、尋ねたことに偽り無く答えよ!」
残された3人は、ただこくこくと首を縦に振るしかなかった。




