捕まったのはワザとさ
「ぴんぽーん」
地下墓地の階段に侵入者があった。例の6人組みたいだね。何かに追われるように階段を移動している。
「主殿、ワタリには風の囁きで状況は伝えておいたぞ。返事は受け取れない呪文なので、向こうの様子はわからないが」
「ありがとう、ワタリなら上手くやるでしょ」
生き延びる事にかけては、名人級だからね。
問題は、冒険者と争っているエルフの集団だよね。前回の行方不明者の探索だとすると、なぜ冒険者と戦いになったのか良くわからない。エルフってそんなに排他主義なんだろうか。
「武力で解決しようとする勢力もいなくはないな。脳筋というより、交渉や権謀術数だと相手が有利な時は、武力で優位に立ってから折衝するタイプだ」
だとすると冒険者を追い詰めておいて取引でもする気なのかな。
「もしくは彼らもエルフ失踪にかかわっていると見たかだな」
どちらにしろ、ちょと様子を見るしかないね。ワタリが戻ってきたら詳しい状況を聞こう。
階段を癒しの泉への分岐まで駆け下りた冒険者達は、反転すると反撃にでた。
「二人は泉まで移動して傷を癒して。4人で奴らを食い止めるわよ!」
「無茶だ、幾ら狭くても壁役がいなけりゃ守りきれん」
「守る気ないから、いつものやつで。音響は僕がやる」
「了解、あたし主役ね。嵐の女王」
「俺が、舞台効果と蜘蛛の衛兵」
「そうか、頼んだぞ」
「はいな」x4
地下墓地へ降りる階段の手前で、部隊の再編を果たしたレッドベリー家の中隊は、盾兵を前衛に、2列縦隊で進撃していった。
「中隊長、斥侯はよろしいので?」
「構わん、すぐに奴らと遭遇するはずだ。範囲呪文にだけ注意して、詠唱が聞えたら前衛は突撃してキャンセルさせろ」
「はっ!」
その瞬間、地下通路に雷鳴が轟き渡った。
ピシャアアーー ドンガラガラガラ ガッシャーーン
突然の自然現象にエルフ達が動揺する。
反射的に上を見上げる者。耳を塞いでしゃがみこむ者。とっさに弓をつがえる者などバラバラな行動をとった。
「馬鹿者!陽動だ、階段下に敵がいるぞ!」
さすがに中隊長は動じずに配下に指令をだす。だが、狭い空間で鳴り響いた大音響に、各兵士の聴覚が回復するのに少しだけ時間がかかった。
その隙をついて呪文が飛来する。
「・・・ ・・ ・・て吹き荒べ風よ、ガスト・オブ・ウィンド!」
階段の下から強烈な風が吹きつけてきた。しかも地下通路を真っ白に染めながら。
「なんだ、この風は!目が、目がーー」
ただの強風を作り出す呪文のはずなのに、白く染まっており、目に激痛が走る。
水筒の水で洗い流そうとすると、今度は肌が焼けるように熱くなった。
「畜生め、これは石灰の粉だ!水は掛けるな火傷するぞ」
「あいつら強風の呪文に石灰粉を投げ入れやがった」
「追え!もう容赦しなくていい。全滅させろ!」
視力が回復した兵士達は、怒りながらも隊列を組んで階段を駆け下りる。途中に枝道もあったが、通路いっぱいに巨大蜘蛛の巣が張られていたので無視をする。なにより階段を降りた先のホールにある両扉が開いたままだった。
「ホールには敵影なし。扉の向こうは十字路になっているようです」
「奴らの足取りは掴めるか?」
「階段は石灰が舞ったために足跡は消えています。ホールには複数の出入りした跡がありますが、やや古い様な」
「なるほど、やつらは囮というわけか。こうやって誘っておいて遺跡の中で各個撃破するつもりだな」
「いかがいたしますか」
「どちらにしろ敵の罠は食い破らねば目的は達成できん。装備を確認後、防御呪文を掛けてから突入する」
「「はっ!」」
エルフの中隊が戦闘準備をしている頃、六つ子は泉の側で一息ついていた。
「どうやら遣り過ごせたようだな」
「治癒呪文とか掛けてバレないかな?」
「ウェブの手前に静穏の結界を張ってある。音で気付かれる心配はない」
「その代わり、向こうの状況もわからないけどね」
「今は回復の時間が欲しい。上手くいけばエルフが勝手に遺跡に突っ込んでくれるはずだ」
「でもなんでいきなり襲ってきたのかな?誰かエルフに恨みでもかった?」
「いや」x5
「山賊に間違えられたか、人族嫌いのエルフだったか、どちらにせよもう穏便に済ますのは無理だな」
「めちゃ怒ってたしね」
「二人の矢傷もほぼ癒したし、次はどうする?」
「ウェブの効果時間が切れるまで待機だ。手が空いてたら薬草を採集しといてくれ」
「おお、そっちの依頼もあったね」
「よし、ちゃっちゃと終わらしとこう」
「あいよ」x3
その頃コアルームでは
「うわ、見事にこっちにエルフを擦り付けてきたね」
6人組が逃げ込んだ癒しの泉を通り過ぎて、エルフの中隊は目標を地下墓地に切り替えたみたいだ。
「主殿、こちらまで雷鳴のようなものが聞えたが、何があったのだ?」
ロザリオの待機する中央ホールにまで、あの音は聞えたらしい。
「幻聴の呪文を使った大音響で、他の呪文の詠唱を隠したみたい。今はエルフは冒険者を見失って、地下墓地に突入する準備してる」
強風の呪文に目潰し混ぜたり、通路にウェブ張って蜘蛛の巣に偽装したり、芸が細かいね。両扉が開いているのはノックの呪文かな?あれでエルフの意識が正面に向いたかんじだね。
それで今は傷を癒しながら、薬草を採集してるのか。群体召喚して誘導すればエルフを再度ぶつけられるけど、どうしようかな・・・
「どげざー」
え?ワタリと念話が繋がった?戻ってきたんじゃないんだ。
「すいませんっす。エルフの別働隊に捕まったっす」
ワタリの現在位置は・・・土竜穴3番の第5観測点?ああ、つま先だけ土竜塚につっこんでるんだ。
エルフは6人で隊長は女騎士っぽいんだ。そっちが本命かな?
「違うみたいっす。なんか先の一団を監視してるというか、仲が悪いから潰れるまでほっとく的な事を言ってるっす」
ありゃー、さらに複雑になってきたよ。
「コア、とにかく気付かれない様に、蜜蜂偵察機を出して。まだ他にも隠れてるかも知れないから」
「はにー」
「ワタリはどうする?やばそうなら転送するよ」
魔方陣が出るからダンジョンだってバレるだろうけど、ワタリの安全が優先だからね。
「こっちのエルフは話が通じそうなんで、大丈夫っす。それとちょっと気になることがあるんで、地下墓地まで案内していいっすか?」
「そりゃまあ、ダンジョンまで引き込むのは構わないんだけど、ゲスト扱いした方が良さそうなの?」
「いえ、それはまだいいっす。ヤバくなったらサクッとお願いするっす」
「了解、無茶しないように」
「らじゃーっす」
「ギャギャ(ワタリさん、大丈夫でしょうか・・)」
「ギャギャギャ(あいつは捕まり慣れてるから大丈夫さ)」
「プランCとはワタリも成長したよね」
「すねーく」
丁度その頃、三日月湖の湖畔に冒険者の4人組がたどり着いた。
「やっと来たわね、三日月湖。リザードマンの妨害ですごい時間がかかったわ」
周囲の景色を見渡しながら、ビビアンが文句を言った。
「いやいや、見かけたリザードマンに片端から喧嘩吹っかけたのはビビアンじゃねえか」
スタッチがつい突っ込みをいれた。確かに今回の指定依頼は、三日月湖の部族の動向を探る仕事だ。途中の獲物は無視した方が、より安全に遂行できる。
だが、もちろんそんな正攻法をビビアンが受け入れるはずもなかった。
「馬鹿じゃない、目の前に銀貨2枚が歩いてるのよ。拾わずに通り過ぎるとか、何よ、お貴族様気取りってわけ?誰かさんは借金残ってるの忘れてないわよね?」
一言言えば、3倍になって返ってくる。それが分かっていてなお、言わずにいられないほど寄り道をしたのだ。
まあ、美少女に詰られるのが嬉しいというのもあるのだが・・・
そしてそれをソニアかハスキーが宥めるというのもお約束だった。
「まあまあ、兎に角ここまで来たんだ。気を引き締めて探索しよう」
「ハスキーの言うとおりさ。へたすると本物の魔女とご対面することになるんだろ?」
魔女の話がでると、急にビビアンのテンションが下がった。
「ありえないわよ。冥底湖の魔女はこんな場所には姿を現さないわ・・・」
「おいおい、まるで魔女を知ってるみたいなそぶりだな」
スタッチが囃し立てるが、ビビアンはそれには答えなかった。
湖を北へ向かって半周すると、そこに元「下弦の弓月」と呼ばれた部族の集落があった。
ここに至るまで、リザードマンの姿を1体も見ていない。それはこの地域の湖畔ではありえない事態であった。
「空白地帯か・・・」
ハスキーがポツリと呟いた。
「嫌な雰囲気だねえ」
ソニアも低い声で答える。
「どうやらあれが入り口らしいな」
スタッチが半分、地下を掘り下げたような住居の入り口を指して言った。
「・・・・・」
ビビアンはあれから何もしゃべらない。普段から煩いぐらいに話続ける彼女も、この雰囲気に飲み込まれているのだろうか。
4人全員が住居の入り口に立てられた、杭に刺さった頭蓋骨を見つめていた。
「「「「・・・帰ろうか」」」」
期せずして4人の声がハモッた瞬間であった。




