それぞれの思惑
針葉樹林に囲まれたエルフの里。普段は静けさに覆われているはずのその場所で、何か騒ぎが起きていた。
先日、アイスオークの本拠地を討伐した女騎士が、知り合いのベテラン士官を見かけて声をかけた。
「騒がしいが、何かあったのか?」
「おっと、丁度探していたところだ」
ベテラン士官は、人目に付かない場所まで女騎士を引っ張っていった。
「お前さんの言った通り、波乱が起きたぜ」
ニヤリと士官が笑った。その笑みを見て、女騎士には何があったのかが分かった。
「あの家が痺れを切らして暴走したか」
先の第二次討伐で、嫡男を失ったレッドベリー家は、一貫して捜索隊の派遣を要請していたが、受け入れられなかった。
責任を取らせようとしたスノーホワイト家も、長老会議でお咎めなしと決定した。実際には処罰も無いが、褒賞もなかったので骨折り損ではあったのだが、レッドベリー家はそれでは納得しなかった。
その結果、長老会議の決定に逆らって、独自に捜索隊を派遣したのである。
表向きは嫡男の救出、そして裏では政敵の弱みを握るために部隊を送り出したのだ。
「それで捜索隊の規模は?」
「1個中隊だそうだ。すでに2個小隊も失っているのに豪勢なことで」
「ある意味正しい選択だ。2個小隊がロストしているのに、それ以下で捜索しても二次遭難する可能性が高いからな」
だが、二人の予想では、この捜索隊も戻ることはないと思われた。
「それで、私を探していたという事は、動けるようになったのか?」
「その通り。あの家の裏工作が成功したのか、他の家が罠として用意したのかまでは分からないが、長老会議がオークの丘への接近禁止を解いたのさ」
「その通達があったのは捜索隊が出る前か後か」
それによって長老会議の思惑がわかる。
「出た後だそうだ」
となれば、後から接近禁止令が解かれたとしても、レッドベリー家の独断専行は失点だ。その上で後続が追うのを抑制しないのであれば・・・
「よし、追いかけるか」
「そう言うと思ったぜ、こっちは1個小隊ならすぐ出れるぜ」
「こちらは私を含めて3人がいいとこだな」
第二次討伐隊には、無理して1個小隊に仕立て上げたが、今回はそれをする必要が無い。
「少数精鋭で問題ないだろう。こっちもベテランで固めて行くしな」
「お前の右肩は大丈夫なのか?」
「脱臼しただけだ。治療も受けたし、もう動かしてもなんともない」
「ならば、すぐに出よう。できれば捜索隊がオークの丘に突入する前に捕捉しておきたい」
シルバーリーフ家とスノーホワイト家の混成部隊は、速やかにエルフの里を出立した。
その頃、ビスコ村の冒険者ギルドでは珍しい指定依頼をめぐって、冒険者達のにらみ合いが続いていた。
「オークの丘の調査か・・・例の真紅が失敗した件だったよな」
「六つ子は生還したらしいぜ、奥まで行けなかったそうだが・・・」
「報酬は破格だが、俺達だとパーティーLVが足りないか・・・」
「美味い話には裏があるってね、くわばらくわばら」
興味はあるが、手を出しかねる、そんな状態が続いていた。
「はっ、皆そろって臆病風に吹かれて。そのデカイ身体は張りぼてかい?」
威勢のいい啖呵に、掲示板の前に屯していた冒険者達が辺りを見回すが、誰もいない。
と思ったら、彼らの股を潜り抜けて、一人のハーフリングが掲示板に近づいていった。
「誰もやらないなら、おいらに任せなよ。はい、これ」
素早く依頼票を剥がすと受付嬢に差し出した。
受付嬢はちらっとハーフリングを見ると、何も言わずにカウンターの奥の男性職員に合図した。
小さく頷いた職員は、ハーフリングの襟を掴んで釣り上げると、そのままギルドの外へ運び出した。
「ちょっと、なんだよ。仲間ならこれから集めるんだって。おいらが声を掛ければ5人ぐらいすぐだって。なんなら例の負け犬4人組・・・あーーーー」
静かになったギルドでは、受付嬢が、剥がされた依頼票を丁寧に元の位置に張りなおしていた。
そこに一人の冒険者が、息せき切って走りこんできた。
「よかった、まだ残ってた」
受付嬢が冷たい視線を投げかけるが、その表情がわずかに和らいだ。
「戻ってらしたんですね」
問われた女性冒険者が、呼吸を整えながら答える。
「うん、ただいま。その依頼、ビッグファミリーが責任もって引き受けるよ」
偶然か、必然か。3つの勢力が同時に一つの場所に向かって動き出した。
ある者は、魔女の伝説を確かめるために・・・
またある者は、行方不明の同族を探し出すために・・・
そしてある者は、暗黒邪神教団の企みを暴くために・・・
それらが、最後には一つの答えに行き着くことを彼らは知らなかった。
そう、答えの方だって、そんなことになってるなんて知らなかったのだから。




