約束
ビスコ村の酒場「酔いどれモズクガニ」は、いつも遅い時間まで店を開けている。
野営をせずに強行軍で開拓村に夜中に戻ってくる冒険者達や、夜番で日付が変わらないと酒が飲めない守備隊の兵士などを饗すためだ。
それでも親爺一人で切り盛りする酒場だけに、明け方になれば店を閉める。親爺にも休息は必要なのだ。
客も慣れたもので、一番鶏が啼く前に、三々五々と引き上げていく。酔いつぶれた酔客を、親爺が叩きだして、昼まで暖簾を下ろす。それがいつもの光景だった。
だが、今日は1卓だけ粘る客がいた。否、親爺の奢りしか飲んでいない以上、客でさえない。
そこには身ぐるみ剥がされて、酒場で注文もできず、宿代もないから屯っている、負け犬が4匹いるだけだった。
「お前ら、いいかげん帰れ。奢りでだしたエールをちびちび飲みやがって、肴の一つも注文しないとは、どうゆうことなんだ」
親爺の前には、賭博ですって有り金どころか着物まで質に入れて、それさえも負けたような惨めな姿の4人組がいた。
まあ、女二人は服までは盗られなかったようだが、ビビアンの自慢のローブとお揃いのブーツは無くなっていた。たぶん、魔法のアイテムだったのだろう。
男二人は裸も同然で、パンツにブーツだけという、ある意味、官警に捕まりそうな格好である。
「宿に泊まるお金がないんだからしょうがないでしょ。客が居るんだから店ぐらいあけときなさいよ」
不貞腐れたように、椅子から垂らした足をぶらぶらさせながら、ビビアンが答える。
「お嬢ちゃん、客っていうのは金を払って飲み食いする人達を指して言うんだよ。気の抜けたエールで5時間も粘ったあげくに、追加の注文の一つもしないのは客とは言わないんだ」
親爺の年季の入った威圧に、うな垂れながらもビビアンは反抗した。
「そっちのダメ男二人は常連なんでしょ、ツケだっていいじゃない」
ダメ認定された二人が、それでもすがるように親爺の顔を覗う。
「腹が減ってるなら、ツケで食わせてやってもいいが、お前らは宿が無いからここで寝泊りしようって魂胆だろうが。宿代をツケで貸す酒場なんて存在しねえんだよ」
親爺の一喝にうなだれるしかない4人であった。
「だいたい、そこの3人はともかく、お嬢ちゃんには預金ぐらいあるだろう」
もう逆さにして叩いても埃すら出ないような二人に、大口叩いて助力を言い出した手前、今回の遠征に全財産をつぎ込んだソニアも、サイフの中身は空っぽだった。
しかしビビアンなら、メイン装備がロストしたのは痛恨の痛手だが、ギルドに現金ぐらい預けてありそうなものだった。
「直前にお買い得のワンドが売りに出てたから・・・」
親爺から視線を逸らしながらビビアンは答えた。
「有り金はたいて買ったはいいが、お披露目の冒険でロストしたのかよ」
「1か月分の生活費ぐらいは残してあったのよ。でも保存食や消耗品を4人分揃えたら・・・」
ソニアとビビアンに借金して、装備を整えた男二人は、申し訳無さそうに温いエールを啜っていた。
「だいたいズルいわよ、火炎耐性持ちのスケルトンとか、完全な火メイジキラーじゃないの。あんなのが居るなんて聞いてないわ!」
ビビアンの愚痴に親爺が反応した。
「おう、どうやら今度は戦闘には持ち込めたらしいな。有益な情報があったら一晩はここで明かしても構わないぜ」
とたんに目を輝かせて冒険の顛末を語る4人に、酒場の親爺は苦笑いした。
「あれが豚男爵の丘ね」
隠れている茂みの中から一生懸命背伸びして遠くを見ようとするビビアンをハスキーが止めた。
「ビビアン、無理して見ようとするな、向こうに見つかるぞ」
頭を押さえ込まれて、不満げに答える。
「何よ、私が見ないと魔法が掛かってるかどうかも分からないでしょ」
「どちらにしろ、ここからだと探知呪文の効果範囲外だ」
ハスキーは鷹の目を掛けて、丘の周辺を根気よく見張っていた。
しばらくして周囲に敵影がないことを告げると、先頭に立ってライ麦畑に近づいていった。
「我が瞳に映りし魔力の流れよ、今ここにその正体を明かせ!ディテクト・マジック!」
ビビアンが魔法探知の呪文をキャストして周囲を見渡した。
「最近耕された畑は自然のものね。案山子は魔法反応有り、ライ麦畑も魔法反応有り・・・」
「こっちの畑は普通の畑なのか、まじで自作農なんじゃ」
「まだビビアンの話は終わってないよ」
以前に組んだときも、ここから魔力の種類が特定できたはずだった。ソニアは二人にビビアンの集中を乱さないよう指示した。
「案山子に付与された魔法は・・・「変質」「変移」・・・ライ麦畑は・・・「幻影」「付与」「結界」
・・・以上よ」
「それで、どこまでわかったんだい?」
「案山子は典型的なゴーレムね。リビングドールの方が近いかな。指示された事だけを忠実に遂行する自動人形ってわけ」
「案山子だから、畑を荒らす害獣退治でもするのか?」
ハスキーの質問にビビアンが胸をはって答えた。
「そうよ、指示範囲に畑を害するものが侵入したら迎撃行動をとるわね」
彼女が作り出した物でもないのに、何故か得意げに説明するビビアンであった。
「それでライ麦畑の方は?」
「こっちはもっと複雑ね。ライ麦畑全体が結界の1種で、侵入した敵に幻影を見せて、状態異常を付与するみたい。防御結界の中でもかなり特殊だし、高度な術式を使ってもいるわ」
少し自信無げにビビアンが解説した。
「そっちの畑は入らなければ無害だから良いとして、ライ麦畑の奥の洞窟に入るにはどうしても、その中を通ることになるんだが、無効化はできるのかい?」
ソニアの質問にビビアンが少し迷いながら答えた。
「解除も無効化も無理ね。幻影に対する抵抗なら上昇させられるけど、完全ではないし。いっそのこと燃やす?」
「燃えている間に、中の奴等は逃げ出しちまうだろう。俺らの装備も燃やされたらかなわないぜ」
スタッチが冷静に突っ込みをいれた。
「じゃあ、どうするのよ」
得意の火炎魔法を打てないのが不満なのか、ビビアンが不貞腐れて聞いてきた。
「まずはオーク男爵の墓に行こう。ここのドルイドは単に近所に住んでいただけの可能性もあるしな」
「これだけ強力な結界を張っている時点で、ご近所のドルイドのわけないと思うけど・・・まあいいわ、先に男爵を丸焼きにしましょう」
「「燃やす気、満々だな」」
「ここが3人がキャンプして寝込みを襲われた現場ね」
「確かにそうなんだが、貞操は無事だったぞ」
「ば、馬鹿ね!そんな意味で言ったんじゃないわよ」
ソニアのオヤジギャグに、うろたえるビビアンを3人はニヤニヤと見つめていた。
「ディテクト・マジック!」
2度目の魔法探知で、泉の周辺を探った。
「泉、草花、花畑、全てに魔法反応有り・・・なにこれ、異常だわ・・・泉は「治癒」・・・草花は、これも「治癒」・・・花畑は「付与」・・・ね」
「どういうこった?」
「この泉にはヒーリングの効果があるってことよ。この草花にもね。そしてあっちの花畑は何かを付与する作用があるの。一般的なのは眠りね」
「だからアタイが見張り中に急に睡魔に襲われたのか」
あのときかつて無いほどの急激な睡魔により、ほとんど意識を失うように昏睡したソニアが叫んだ。
「俺らも接近されて身包み剥がされて、簀巻きにされても目が覚めなかったしな」
3人が抱いていたモヤモヤが、やっとここで晴れたのだった。
「花畑に入らなければ影響しないし、この泉とハーブの治癒能力は役立つわ。ここをベースキャンプにして、地下墓地を焼き尽くすわよ」
「そこは探索ぐらいにしておいてくれ」
「言い方を変えても結果は同じよ」
焼る気満々のビビアンに困ってソニアに助けを求めるが、彼女はただ肩をすくめるだけだった。
「真紅のビビアンが、あれだけ有名なのに固定パーティーを持てないのは、こういうことなのさ」
「「マジかよ!」」




