ダンジョン、その格とは
「ただの地震にしては、すこしおかしいんですのよ」
「あれだけ地面が揺れて、陥没したのにか?」
「えぇ。壁をよく見てください。綺麗に整っているでしょう?」
自己紹介を済ませたあと、俺達は自然と崩落の話題に移った。ジーウが言うには、今回の崩落はただの地震のせいではなく、何やら別の要因がありそうだとのこと。
ジーウが言った通りに壁を見れば、確かに自然に出来上がったとは思えないほどに平坦な壁だ。繋ぎ目すらなく、人工的に掘られたような……そんな印象を受けてしまう。
「じゃ、じゃあジーウは今回の件。どう考えているんですか……?」
俺から隠れるようにジーウの後ろにいるマーシャが恐る恐る聞いた。俺の方を警戒しているのかチラチラ見るのはやめていただきたい。俺はロリコンじゃない。
「そうですね……、その前に。レリコン、キミは冒険者でこの近くにはダンジョンがあったとお聞きしましたが本当ですか?」
「あ、ああ、本当だ。……近いと言ってもここからはまだかなり距離があるはずだけど。それがどうしたんだ?」
以前、俺が荷運びのクエストを受けたとき、ダンジョンはここから半日たらずの距離だったことを思い出しながらジーウに伝えた。
しかし、ここから半日とはいえ距離的にはだいぶ離れている。そのダンジョンが今回の件と何か関係があるんだろうか。
「はっきりとは言えません。ですが、この度の地盤崩落はそのダンジョンそのものが原因なのかもしれません」
「どういうことだ?」
「ダンジョンというのは成長します。それはマーシャもレリコンも常識の範囲としての知識はありますわよね?」
マーシャはジーウのその言葉にコクリと可愛らしく首を縦にかしげた。
ダンジョンは成長する。
冒険者としての常識だけでなく、ある意味世界の常識として捉えられていることだ。だがそれは、ダンジョン内部の通路が少し変わったり、ボスや敵の種類が少し変わったりといった些細なものであるのが俺の知っているダンジョンについての知識だった。
「それはわかるけど、成長といってもせいぜい通路の位置や敵が少し変化するだけだろ」
「もちろん、常識的にはそうですわ。ですが非常に珍しい例として、数百年、あるいは数千年の時を経て、ダンジョンの格というものが変化する場合があります。ダンジョンの力が弱まるときは内部の縮小を……、そしてダンジョンの力が強まるときは内部の拡大を……」
パチッと炊き火が弾ける音が反響した。ゆらゆらと燃える火。それに合わせて陰影が揺れる。
ジーウが難しい表情をしているのがわかる。その只ならぬ雰囲気にマーシャもつられて口元を引き締めたのがわかった。俺も気を引き締めジーウを見る。
……でかい。やはりでかい。
火の陰影のせいか馬車に揺られていた時よりもでかくみえる。俺は更に気を引き締めジーウを注視する。
「続けますわ。今回の件がダンジョンの拡大であるならば、内部の拡大はもちろんのこと、ダンジョンの格そのものが上がるわけですから、ダンジョンマスターであるボスの交代または進化……だけでなく、雑魚モンスターすら以前の強さとは別物と考えたほうが自然ということになります」
そう一気に言い終えると、顔を上げた。ぶるんと胸が揺れる。
ジーウは真剣な眼差しで俺とマーシャを見た。マーシャはゴクリと喉を鳴らし、俺も別の意味でゴクリと喉を鳴らす。
「どの程度の格が上がったかはわかりませんわ。ですが油断は禁物です。もしかするとここで救助を待つよりも、出口を探した方がいいのかもしれません……。マーシャ、ワタクシから離れてはダメですわよ?」
「わ、わかりました……」
不安げな表情でジーウを見上げるマーシャ。しかし俺を見るときは更に不安げな瞳になるマーシャ。
……俺何かしたっけ?
「レリコン。ワタクシのギフトは既にご存知だと思いますが、ワタクシは火のギフト。ある程度のモンスターならば撃退できる自信はあります。……こちらのマーシャのギフトは、特殊な事情があってお話できませんが……、もしよかったらキミのギフトを教えていただけませんこと? ……ところで先ほどからどこを見てるんですか?」
俺のギフト……。未だ知らないと、正直に伝えたほうがいいのだろうか。それとも嘘を付き、適当な使えないギフトにしといたほうがいいんだろうか。
うーん、只ならぬ雰囲気だし、あとあと嘘がばれるよりは正直に言ったほうがいいだろう。
「俺は……、実は自分のギフトをまだ知らないんだ……。冒険者をしてはいるけど、まだ下級で」
「そ、そうなんですか……。冒険者というものですからてっきり……。失礼いたしました。ところでどこを見て話しているんですの?」
今はまだ下級だ。でもいつか……。そうだ! いつか俺は!
「だが俺は諦めていない。いつかは自分のギフトを開花させて冒険者として名を馳せてやる!」
立ち上がり、拳を握りしめて力説する。そうだ! 俺は立派な冒険者になってやる!
「あの、それはわかりましたけど、胸を凝視しながら話すのをやめていただけません?」
■
それからとめどない話をしつつ、食料として持ってきた干し肉に齧り付こうかとしたときのことだった。
「ジーウ……、何か音がしませんか……?」
「音、ですか?」
クイクイとジーウの服を引っ張りながらマーシャが言った。
んん? 音?
確かに遠くで叫び声のような何か聞こえるような……。
「ああ、確かに遠くで何か聞こえる気が……」
「二人共。荷物をまとめて下さいまし」
俺が言うよりも早くジーウが立ち上がった。その表情に余裕はない。先ほどまでの他愛ない、和やかな空気ときとは打って変わってピリピリとした空気に変化する。
有無を言わせぬその迫力で、俺とマーシャは慌ただしく準備を始める。
「一体どうしたんだ、ジーウ。説明くらいしてくれ」
「奥から聞こえるのは魔物の声ですわ。もしも……ダンジョンが拡大しているのなら、今までダンジョンに居た魔物は新しく生み出された魔物に駆逐され、追い詰められます」
なるほど。その理屈はわかる。
つまり、あの叫び声の聞こえる方向では既に魔物同士の争いが始まっているのかもしれない。
「聞こえるのは叫び声と争う音。あちら側ではモンスター同士の縄張り争い、いえ……、ダンジョンとしての格が変わってしまったのならばぎゃくちゃす……、ぎゃくちゃ……、虐殺が始まっているかもしれません」
噛んだ。
そして何事もなかったかのように言い直した。
キリッとした表情を保ちつつも、少しだけ顔が赤くなっている。
……なんだろうこの気持ち。
なんだろう!!
「ジ、ジーウ。段々音が近づいてる気がします」
マーシャの言う通り、奥の方から徐々に音が近づいている気がした。しかも急速に。
「レリコン! 戦闘態勢をとってください、ナイフくらいは扱えるのでしょう?」
「お、おう!」
ナイフなら扱える。
……鶏に負けるレベルだけどな。
ドドドドドドドドドドドド、という音。そして様々な魔物の鳴き声、叫び声。
ヤバい。尋常な数じゃない。俺の本能が警鈴を鳴らす。
不安感から横を見れば、ジーウは大剣を抜き身構えている。さすが火のギフト持ちといったところか、余裕が垣間見えこちらも少し安心できた。
マーシャは頼りなさ気に杖を持ち、奥を見ていた。どんなギフトなのかは定かではないが、少なくとも俺よりは強いのだろう。
「そろそろ。……――来ますわよ。大丈夫、安心してくださいまし。ワタクシこう見えても強いんですのよ」
ニコリ、と。ジーウが微笑んだ。マーシャは長い付き合いでジーウの実力を知っているのか微笑み返している。
だがそんな光景を見ても、俺は自然と背中に汗が浮き出た。
俺は弱い。弱いのだ。
ダンジョンの魔物相手に生き残るためには、攻撃よりも回避。そして出来る限り、狙われないようにすること。
ジーウが前に踏み出る。まるで自らが盾だと言わんばかりに。
女の陰で守ってもらう男なんてダサすぎる……。クソッ。しかし俺が前に出たところでデメリットはあれどメリットは皆無だった。適材適所、身の程をわきまえてジーウの援護に徹するつもりだ。
「……来た!」
それを呟いたのは誰だったか……。
「オオオオオオオオオオオオオオ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"―――」
大小様々な魔物が、まるで津波のように押し寄せてくるのが見えた。中には以前の荷持ちクエストで見かけた魔物の姿もいる。
あ、ヤバい。超怖い。
怖すぎて隣にいるマーシャに弱音を吐く。
「すいません、怖くておしっこ漏れそうなんですけど」
「レ、レリコンさん。大丈夫です。ジーウは強いですから、あのくらいのモンスターなら蹴散らしてくれます……、ハァハァ……」
マジかよ。それにしたって尋常じゃない数だぞ……。
しかしなんだろうな。このマーシャって子、恐怖に怯える俺をガン見してくる。
……なんでこの子、息が荒いんだろう。
「こ、怖いんですか? レ、レリコンさん……、ふふ……足が震えてますね」
え、なんでこの子笑ってるの?
こんな状況下になってから、今まで怯えて俺を見ていた感じは一転し、何やら息を荒くしながらこちらを凝視してくる。
そんなマーシャの変貌ぶりに困惑していると、ジーウが叫んだ。
「来ますわよ! 戦闘準備!」
ジーウの手のひらに、高熱の炎が浮かび上がった。それは明かりのための火ではなく、まさに魔物を攻撃するための炎。凄まじいまでの熱量が発せられているのが、ジーウから離れていてもわかる。
「オオオオオオ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"―――」
もう目と鼻の先に近づいてきた魔物の群れ。その迫力と恐怖は相当なものだった。
はっきり言おう、狙われずに出来る限り回避する。なんて考えは意味のないことだったのだと。
通路を埋め尽くす魔物達。逃げる場所なぞ、どこにもなかった。
こえええええええええええええええ! 超こえええええええええええええええ!!
これもう無理だ。父よ母よ。家出してごめんなさい。親孝行できずにこの世を去ることをお許しください。
父よ、へそくりパクってごめん。
母よ、父のエロ本を見つけて怒り狂っていたが、あれ実は俺のエロ本なんだ。ごめん。
――その瞬間。ジーウが叫んだ。
「燃やしつくしてあげますわ! 消し炭になりなしゃ……!! 消し炭になりなさい!!!」
噛んだ。
そして何事もなかったかのように言い直した。ちょっとだけ顔が赤い。
なんかこの人のキャラが分かったような気がする。
ジーウの言葉と同時に放たれる炎。通路を埋め尽くすそれは、まさに炎の壁といえるほどの威力だった。
「アアアアアア"ア"ア"ア"アア――――!!!!」
一撃。たった一撃。
あれほど居た魔物の群れが、ジーウの立った一撃で火に包まれ倒れていく。
「す、すげぇ……」
思わず漏れた言葉。初めて見た、強力なギフトの力。目を奪われる。
「ふふ……、レ、レリコンさん。その呆けた表情もなかなか……ハァハァ」
隣から聞こえるマーシャの謎のセリフ。意味がわからないっていうか怖い。わからないし、わかりたくもないけど怖い。
なんでこの子俺見て笑ってんの!!
ジーウが振り返り、俺達に微笑んだ。
「第一波は撃退できましたが、見たところ全て雑魚モンスターでした。……恐らくは、奥のほうに格の上がったモンスターがいるに違いありません。今のうちに準備を整えましょう」
ブックマークありがとうございます