最下級の冒険者
「これで……、4匹目!」
罠にかかり吊るされた角鶏をみて、俺はほくそ笑む。今日は大量だ。昨日、設置した全ての罠に獲物がかかったことになる。しかしここからが問題だ……。
足を縄で吊らされて、絶賛激おこ中の角鶏は俺に明確な殺意を向けてくる。正直むちゃくちゃ怖い。
隙なくナイフを構えた俺は、角と嘴を振り回し奇声を上げる角鶏へと覚悟を決めて向き直った。よし、今度こそナイフだけで仕留めてやる……。
「いいか、暴れるなよ。絶対に暴れるなよ」
俺はナイフを振りかぶり、角鶏へと突進する。
「コケエエエエエエエエエエエエエエ!ッケエエエエエー!!」
「うわあああああああああああっ!」
あ、これムリだわ。無理無理カタツムリ。こいつら凶暴すぎる。
■
結局、他の3匹同様に、遠くから石を投げつけ弱ったところを仕留めた。縄にかかった角鶏を石を投げてからようやく倒す、それが今現在の俺の冒険者としての地位と技量。
紛うことなき初級以下の冒険者だ。冒険者に憧れ、14歳で生まれ育った農村から親父のへそくりを握りしめ飛び出し、このサンデルの町に居着つき約1年。
自分のギフトを未だ知らない俺は、下級の討伐クエストをこなしながら、ギリギリの生活を送っていた。
――天恵。
人が持つ様々な力。産まれた瞬間に手から炎を出し、戦闘職として将来を約束された者もいれば、手をかざすとスカートが捲れる程度の、超絶くだらないギフトを持つ者まで、その種類は多種多様だ。
中には特殊な条件をクリアすることで発動するようなギフト持ちもいるという。
人は誰しも、必ずギフトを授かっている。だがそのギフトを使うためには自分自身で見つけなければならない。
多くの人々は言う。ギフトの使い方は自然とわかるようになった……と。俺にはその感覚がわからない。だからだろうか、未だ自分のギフトを見つけられずにいた。
今日仕留めた4匹の角鶏を担ぎながら、街の中心部にある冒険者ギルドへと向かうその途中。
「おい、あいつだぜあいつ……」
「ああ、あいつが噂の例のガキ?」
「そうそう」
他の冒険者達が道すがら指をさし、俺を見ながら話していた。
「ギフトも知らないで冒険者になった無謀なガキだろ……」
事実すぎて言い返せないのがつらいところ。本来ならばギフトに合わせて職を選ぶのは普通だ。憧れだけで命を危険に晒す冒険者になった俺はさぞ無謀に見えるのだろう。
いや実際に俺だって無謀なのはわかってるさ。だがそれでも――。
目的の冒険者ギルドの建物が見えてきたとき、その横に人だかりがあるのを見つけた。ここ最近よく当たると評判の格安1000ルピーの占いの店らしい。
占いなんてのは女性のほうが好きそうなもんだが、並んでいるのはほぼ男性客ばかり。何の事はない。占い師目当ての客がほとんどだ。
チラリと冒険者同士が話しているところを聞いたが、よぼよぼのお婆ちゃん占い師から、もの凄いボインボインの美人占い師へと代替わりしたというのだ。
日々の生活にいっぱいいっぱいの俺に、格安とは言え占い料の1000ルピーは高い。
ボインボインに興味がないわけじゃない。金がないのだ。人だかりを横目に冒険者ギルドへと入る。
時刻はまだ昼のせいか、ギルドの中は閑散としていた。冒険者たちは今頃クエストの真っ最中だろう。受付のおっさんが俺を見て声をかけてきた。
「おう、レリコン。今日も生きてたな! 無事クエストは終わったか?」
「おかげさまで。昨日仕掛けておいた罠のおかげで今日は沢山とれたよ」
「そりゃよかったな! 精算するから見せてみろ」
筋骨隆々の受付のおっさんが俺のフトモモよりも太い腕をずいっと出してくる。「はい」と、今日とれた角鶏4匹を手渡した。
角鶏はいつまでたっても需要が絶えない魔物だ。角と嘴は様々な加工品になるし、肉は極貧家庭のちょっと豪華な御馳走として食卓に並ぶ。家畜用の鶏と比べると肉の値段も安い。なお普通の鶏と角鶏は大きさは殆ど変わらず、角がついてるかどうかだけの違いである。
つまり、俺の冒険者としての力は、VS野生の鶏がいい勝負というところなのだ。
「ほら、角鶏4匹で108ルピーだ」
「サンキュー」
120ルピーからギルドの手数料1割を引かれ、108ルピーを渡される。
これでなんとか暮らしていけるというものだ。ちなみに一番安いパンの値段は10ルピーほどである。今日の報酬でたまにはちょっと贅沢な飯でも食ってみようかな。
そんなことを考えていると。
「ところでレリコンよ。お前隣の占い屋には行ってみたか?」
「え、いや俺金ないし……」
「そうか。でもなレリコン、俺もこの間初めて行ってみたんだよ。いやいや俺は占いなんて信じてないぞ? あまりに皆があのボインボインの話ばっかりするから気になってよ」
ボインボイン……――ゴクリ。
興味が無いわけじゃない。むしろ俺だって健全な男子。大いに興味はある。
だが先立つものがない。受付のおっさんが、例の占い師の話をする度にとろけた表情になっていく。
「ありゃ胸だけじゃねえ、ベールで覆ってはいるが相当な美人とみたね。男を惑わす魔性の女と言えばいいのか……、露出はそんなにない服装で残念なんだがよ、服の上からでもこう、クビレがわかんだよな。あんな細いのに胸だけボインボインなんだぜ? おっかしーよな、うちの母ちゃんなんて腹が乳と同じくらいでよ。たまに乳が3つあるように見えるんだ……。同じ女とは思えねえよ……、そう思うだろうレリコン?」
熱っぽく語るおっさんの表情、どうみてもドスケベな顔にしか見えないが語る内容を要約すれば、ボインボインで絞れるところはキュッとなっており、それはそれは男受けのするワガママボディーというのがよーくわかる。
聞いている内に俺もドスケベな顔になっていないか心配だ。いやなってる。
「お、おっさん。でもそんな美人がこんな町で占い師っておかしくないか? 何か裏があるんじゃ……」
そう、容姿がよければここよりもっと都会へ出ていくらでも稼げる道はあるはずだ。こんな地方の町でこれだけの支持を得ているのだ。
王都へでもいけばきっと人気も稼ぎもすごいことになるのではないか、と考えるのは自然なことだった。俺ならこの世知がない世の中で、成功を掴むためのチャンスをみすみす捨てるようなことはしない。
「それがよ、前の占い師のババアいただろ? あの人の孫なんだと」
「孫……?」
代替わりとは聞いていたが……、弟子ではなく孫だったとは。なるほど、店をそのまま継いだからこの町へいるのか。なんとなく合点がいった。
だが、あの婆さんに孫がいたなんてのは初耳だった。そんな俺のふとした疑問は、おっさんから放たれた言葉に静かにかき消される。
「でよ、俺の今日のラッキーカラーはピンクらしいんだ。だから今日は母ちゃんのピンクのセクシーパンツを履いてきた。見るか?」
「み、みない」
「ブラも着けてきたんだ。ピンクのやつ」
「だから見ねーよ! なんでブラまで着けてんだ!」
「ガハハハハ!」
そういう情報はいらない。
なんでボインボインの話をしているのに、おっさんが履いてる奥さんのセクシーパンツを見せようとするんだ、舐めてんのか。ブラまで持ち出しやがって……、奥さんに怒られるぞ。
「そういやお前にオススメの依頼があるんだが」
「いい! 自分で探す! この前おっさんにオススメされた依頼は散々だったからな!」
以前このおっさんからオススメされた依頼は、ダンジョン探索パーティーの荷物持ち。万年ソロの俺は喜んでその依頼を受けた。
報酬もパーティーの雰囲気もよく、途中まで順調にこなしたはずだったのに……、パーティーメンバーが全員、同姓愛者ということを伝え忘れたおっさんのせいで、危うく貞操の危機だったことがあったのだ。
夜営と共に聞こえ始めた野太い嬌声は、どんな魔物の叫び声より恐ろしい。逃げ出さずあの場に留まっていたらどんなことになっていたかは想像に難くない。
そんなこともあり、おっさんの話を聞き流しながら新たなクエストを探すためにクエストボードの方へ足を向けた。
俺に出来るクエストは非常に限られている。今日やってきた角鶏の捕獲や、薬草採取、ペットの捜索、老人介護に荷物持ち、果ては引っ越しのお手伝いまで。精々そのくらいである。
冒険者の間では雑魚として名高いゴブリンなんかは、俺にしてみればダンジョンの最奥にいるというボスレベルにしか思えない。
この町に来たとき、一度だけゴブリンに襲われていた人を助けるためにやりあったことがある。あのときは逃げるので精一杯だった。それから身の丈は弁えるようになったのもいい思い出だ。
だが、いつかは強くなり、冒険者として名を馳せ莫大な財産と美しい女達と結婚した、かの有名な冒険王のようになりたい。
そう思うのが半分。冒険者への強烈な憧れのもう半分は……、薄ぼんやりと頭の中へ浮かぶ前世の記憶。
――と、まぁ、その話はさておき次のクエストを探そう。
様々な依頼が張られているクエストボード。その中でも最下級のランクの欄に目をやる。ふむふむ、メス猫ルビーちゃんの捜索……、あの猫また逃げたのか。デブ猫のくせにやたらと動きが機敏で捕まえるのに難儀した覚えがあるので今のところは見送ろう。ええっと、他は、武器屋のじいちゃんの介護か。若干ボケ気味で「ワシは魔剣を作るんじゃー!」と暴れに暴れるあのじいちゃんか……。うーん。
おっ、これなんか凄くいいんじゃないか?
目に留まったのはシャケ草のイクラ採取。報酬1200ルピー。最下級ランクの依頼としては破格とも言える報酬だった。
シャケ草はこの町から片道1日半ほどの川沿いに自生する植物だ。産卵の時期になると、とてもうるさいがシャケ草の産む卵は大変美味であるため重宝される。確か今は産卵の時期は終わっているはずだが、探せばまだイクラ持ちのメスのシャケ草が見つかるかもしれないな。
そう思い、クエストボードからシャケ草のイクラ採取の紙を剥がし、未だドスケベ顔をしているおっさんに手渡した。
多少時間は掛かるが、割りのいいクエストだし何よりも危険が少ない。採取と往復で3日半を見ておけば充分だろう。
「おっ、レリコン! この依頼を選ぶたぁ、さすがだな! それは俺がさっきオススメしようとした」
「この依頼はやっぱ辞め……」
俺は嫌な予感を感じ、慌てて張り紙を持った手を引っ込ませようとした。
「ボインボインが朝方に貼っていった依頼だぜ!」
バンッ!
「受けます」
ボインボイン、それは魔性の言葉。
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