ギリム・リリム
ある日。
土の中から半裸の男が出てきた。
といっても、その巨大さゆえに、今のところ下半身しか見えない。
「がーはっはっは!!偶然だな!ここにいたのか勇者よ!全く待ちくたびれたぞ!我こそは!我らが魔王様の第一の腹心であり唯一無二の親友!魔王様より与えられた名誉の名は"脳筋"!そう!何を隠そう!我が名はギ------」
腕を組んで高笑いをする巨大なバカ。
そう、またバカがやってきたのだ。
ため息がでる。
せめて、偶然を装うのか待っていたことにするのかくらいは決めとけよ。待ってたのばればれじゃねえか。
そもそも、自己紹介が長すぎて、勇者パーティは全員無視だ。
もう一度ため息を吐いて、私も歩き始めた。
「お、おい何故無視をする!我は勇者に決闘を申し込んでいるのであるぞ!きいているのか!おい!」
バカはすぐさま、悦に入ったように高笑いをしていたのをやめた。
スルーされたことにショックを受けたようだ。一度目線を向けられただけで、あとは興味を失ったようにスルーした勇者パーティに向かって怒鳴っている。そうやって怒鳴るから、余計にうるさくて無視したくなる。
背後から慌てたように、ドスドスと走る音がした。喚いているのも、歩くのもうるさ過ぎる。筋肉バカであるからして、その声量も馬鹿でかい。
ヤヤがすごい嫌そうな顔で振り向いて、
「黙れよ」
と言った。
いかんな。ヤヤが口悪いのに囲まれすぎて感化されている。
うむ。もちろん、口悪いのといえば、私とジュディアンナとロンである。
直す気もないので、これからヤヤはどんどん口が悪くなっていくはずだ。
「なっ!お、おい!ユズリハ!」
おいやめろ何故私を呼んだ。
どいつもこいつも。これだから困るのだバカは。でも振り向かない。こういうのは、目を合わせたら終わり。私は知っている。
またしても、どたどたと後ろからヤツが追いかけてくる音がする。うっぜえ!
「ユズリハ!貴様はスパイなのだろう!我を助けぬか!」
ああ…。
「うるっせえんだよ!!」
ばこん!
振り抜きざまに、腕を振り抜くと、奴の顎に直撃して、奴はもんどりうって倒れた。
「ベルガモットのやろうになに吹き込まれたかしらねえけど、てめえはいちいちうるせえ!それにずっと気になってたけど、何が魔王様の親友で腹心だ!嘘ついてんじゃねえぞ!」
「ぐぬぬ。痛いぞ、ユズリハ。ならば貴様も親友になればよいのだ!言っていればそのような気分になるもの-----」
「うるっせえ!」
ばこん!
立ち上がりかけた奴に、もういっぱつお見舞いした。
「気分になる、じゃねえだろ!それはつまり嘘だろ!何言ってんの!てか気分でいいの!?ああ、もう、この嘘つき!」
わああ、とわけがわからなくなって喚いていると、とん、と優しく肩に手が置かれた。
「落ち着いて、ユズリハ」
低い声で囁く。安心させるような、甘い声音だ。
「いや、さわんな」
「………僕に任せて。ユズリハに押し付けてごめん。僕がしなきゃならない事だったんだ」
「おい自分の世界に入るな!聞こえてるよな!聞こえてるよな!?」
私の必死の叫び声を背に、アンリは脳筋バカに近づく。
そして。
かちん、と勇者の聖剣を抜刀し、その切っ先をバカの鼻っ面に向けた。
「いいよ。受けて立とうじゃないか」
ざあーっと風が吹いて木の葉が舞った。
いかにも、な雰囲気である。
待て。見せ場なのか。
ここが貴様の見せ場なのか!?
「ふっ、怖気ずいたかとおもったぞ勇者よ!!我こそが!畏怖されし追憶の筋肉!ギリム•リリムである!」
どーん、と腕を上げて叫ぶギリム•リリム。ベルガモット同様、こちらもバカ丸出しである。
彼は巨人族の末裔であり、血が薄まったといえど、人間の倍ほどの巨体を持つ。
上半身は裸。下半身は蛇腹になったスカートのような鎧をまとっている。腹筋はシックスパック、盛り上がる三角筋、胸鎖乳突筋、大腿筋。見事な筋肉美である。顔はいかつい。魔界では、その巨大な頭の中も見事な筋肉でできていることで有名だ。
だって、こいつは腕を振り回せばどうにかなると思っているのだ。バカなのだ。
しかし、魔界では憎めないキャラとしての地位を確立しており、腹立たしいことこの上ない。私はこいつが憎いぞ!
さて。
突っ込み遅れたけど、いいかな。
追憶の筋肉て何。
追憶の筋肉て何、ねえ。
「追憶の筋肉…」
私の隣で、ジュディが呆然と呟いた。
「わからないけど、全く意味がわからないわね」
顎に手を当て、気難しい顔をしたヤヤも頷く。
私も呆然としたいところだが、これはどうにもこいつのマイブームだと気がついたので、私はだんまりを決め込んだ。
ギリムは、いいと思ったらすぐ使う。けど、バカゆえにすぐ忘れて、また新しいのを使う。追憶の筋肉もきっとすぐ使わなくなるから、考えるだけ無駄だ。
ヤヤのその隣で、ロンが舌打ちした。なんで。不機嫌で近寄りたくない。
シードは隅っこで鍋を磨いている。ベルガモットのときとすごい差だ。男に興味はないのだ。こいつは男と鍋なら、鍋を取る男なのだ。ジュディに下半身と呼ばれるだけのことはある。見直した。
「がーはっはっは!恐れおおのくがよい!我は誇り高き巨人族の末裔!そう!その昔、追憶の第一人魔大戦線において!その巨大で唸る剛腕を振り回し、魔族の勝利に一役買ったとされる誇り高き巨人族の末裔なのだ!どうだ、勇者よ!見るが良い!我のこの----」
「ユズリハのためにも、俺は負ける訳にはいかない」
高笑いを続ける筋肉を尻目に、アンリは神妙な顔で言った。
筋肉の話など聞いちゃいない。けど、それを咎めることはできない。ギリムの話は長い。どれくらい長いかというと、鍋の話をするシードくらい長い。
普通にうざい。
「別に負けてもいいよ」
思わずそう言ったが、アンリには聞こえていなかった。いや、耳には届いたが、脳できちんと処理されなかった。無念。
すなわち異文化コミュニケーションである。無理。
「…ユズリハの気持ちを、無駄にする訳にはいかないっ。…僕は、勝つ!!」
ぐっと拳を握りしめるアンリ。
…だめだ。自分に酔ってる。
いっぱつ、言っておかねば気が済まない。
「うぜえ!負けろ!」
もちろん、この叫びもなかったことにされた。
「では行くぞ勇者よ!」
野太い声で叫んだギリムが、勇者を押しつぶすように、その大きな腕をぶん!と振り下ろす。風が巻き起こる。アンリがバックステップで避けた。
どぅん!
アンリが今までいたところに、拳がめり込む。大きなクレーターができた。
「むむぅ…っ!」
悔しげに唸るギリムを尻目に、アンリがひらりと空中で舞った。くるりと縦回転し、その遠心力で聖剣を振り抜く。それをギリムが押し手で跳ね返した。
アンリがくす、と笑う。そのまま、ギリムの手に触れている聖剣に気を込めた。ふぉん、と聖剣の内部で爆発した魔力が、ギリムの身体に流れ込む。
「ぐぬうううっ!」
苦しげに呻くギリム。
そろそろ限界だと思う。圧倒的に負けてると思う。
けれど、バカだから、突き進むことしか頭にない。ギリムは、またもや拳をアンリに向かって振り下ろした。
どうん、と砂吹雪が起こる。
おお…っ、と私たちは声を上げた。
拳の衝撃で風が起こり、前髪が浮き上がる。
「流石。すごい力ね。彼は魔界で何番目くらいに強いの?」
「さあ…。知らないけど、10番目くらいなんじゃない?」
「えっ、じゃあ、こないだのやつより弱ぇんじゃん。アンリに勝つとか無理だろ」
「頭も筋肉だからしょうがないよ。まあ、あれでも魔王城警備隊隊長なんだけどな」
「……ええ? 頭が筋肉のわりには、魔王のところに着くまで時間がかかったし、城は簡単に突破出来なかったわよ?」
「策略は、副隊長のフーリエってやつが考えてるから。あいつは役に立たん」
「……フーリエか。会ってみたいものだな」
「ああ。そういえば、ロンは門のところで追い詰められて、一泡吹かされてたわね」
「…ちっ。うるさい」
「そうそう! 傑作だったよな! なんだっけ、あのゴーレムってやつに襲われて泥だらけだったんだよなあ!」
「マジで黙れジュディアンナ」
私たちが世間話をしているうちに。
アンリがギリムを縛っていた。
* * *
倒したはいいものの、大きすぎて扱いに困る。
縛られてもなお、がーはっはっ!と高笑いを続けるギリムがうざい。何が楽しい。黙れ。
ジュディーは、ギリムの鼻に手を突っ込んで爆笑しているし、シードはギリムの下半身の鎧をめくって吐いていた。馬鹿ばっかりだ。
一方、どうにかしろよ、とロンからは忌々しげな舌打ちをされた。
やだよ、と言ったら、ロンがすごい気迫で足をどん!と踏み鳴らした。怖え。
私は渋々、懐から携帯を取り出した。
しばらくして。
「何やってるんですか。でかいだけで脳のない隊長様」
空から羽の生えた青いのがやってきた。冷え冷えとした視線で、亀甲縛りにされているギリムを見下ろす。
「おお! フーリエ! 我を助けに来てくれたのだな!」
がーはっはっ!
はい、ここで筋肉の高笑い。
嫌そうにフーリエは、その蒼い双眸をずっと細めた。
「はあ?冗談言わないでくださいよ。なんで私が助けに来るんですか。助けに来てもらえるような行いをした覚えが?だいたい、あなたがここにくるといった時、私に喧嘩をふっかけて行きましたよね。それすら忘れたんですか単細胞」
「……ご、ごべんなざい」
怒涛の責めに、筋肉はすぐ半泣きになった。
生粋のどSであるフーリエは、そんなギリムを見て満足げに鼻を鳴らした。
「いいでしょう。
さて、お久しぶりですね。勇者。この度はうちの隊長がご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありません。お会いするのは、魔王様が倒れた時以来ですね。あの時は私の策略を読んでいるかのような見事な立ち回り、感服いたしました。その後の魔王様との決闘も凄まじかったですね。ああ、魔王様…麗しの我らが魔王様…。ああ、いえ、全然憎んでなんかいませんから!」
「いや、そんなすごい睨まれながら言われても説得力が」
アンリが微妙な顔をしたのをそっちのけで、くるりとフーリエがこちらを見た。おお。にこにこしている。くるな。怖い。
「お久しぶりですね!ユズリハ!」
嬉しそうに近寄ってくる。
くるな、と私は叫んで後ずさった。
だが、フーリエは私の叫びなど気にしない。
「ああ、あなたから連絡が来た時、どれだけ私が嬉しかったか!」
フーリエは、携帯を握りしめてうっとりと私を見た。悪寒がした。
「ああ、うん…」
曖昧に頷く。
これだから連絡したくなかったのだ。
それもこれもギリムのせい。腹立たしい。このばか!
私はバレないように、ギリムの小指を踏みつけた。小さな喘ぎ声のようなものが聞こえて、身の毛がよだつ。すぐやめた。
「しばらく見ない間にまた美しくなられましたね!早く魔王城にお帰りになってはどうですか、そして私とともに勇者を仕留める作戦を練りましょう!」
「ううむ…。勇者を仕留める作戦は大変興味がありますが、遠慮しておきます」
「残念です。勇者死ね」
「いきなりなんだよっ」
「貴様がユズリハをさらうからです!」
「なっ!人聞きの悪い!ユズリハは自ら僕についてきてくれたんだ!ずっと一緒だと言ってくれたんだ!」
「は?言ってねえよ」
「何もわかっていませんね。ユズリハがそんなこと言うわけありません。ユズリハの魅力は、その冷たい態度と辛辣な言葉なのです!」
「え、キモい」
「はっ!わかってないのは君だな! ユズリハはツンデレなんだ! 思ってもないことが口からついでちゃうってやつなんだ! だから、ユズリハのことはわかりにくいけど、冷たい言葉はぜんぶ照れ隠しなんだよ!」
「…ほう、なるほどなあ。あんたの勘違いはそうやって助長されてたわけか。わかった。今一度、もう一度言わせてもらう。私、あんたのこと嫌いなんだけど!」
「くそ!勇者め!忌々しい!! 嫌いなんてっ!私もそんなこと言われたい!さあユズリハ!」
「……うぜえまじキモい」
「はあ…っ」
「息荒げてんじゃねえよ変態!!」
「ユズリハ。気にしなくていいよ。僕がいつでも守ってあげるから」
「あーもー気にするわってか、うぜえ! てめえもいい加減にしろよ!」
どんどんと足を踏み鳴らしたが、やはり聞いてもらえない。
もうやだ!なんだこいつら!まじで!
魔王様帰ってきて下さい!!
絶対こいつら殺す!
いつか絶対殺すうう!
* * *
「ユズリハも大変ね…。モテる女は罪だわ。ぷぷ」
「あー? 何笑ってんだよヤヤ。まあ、あたしも、あんなんに好かれても嬉しくねえけどなあ」
「本当に、苦労人よね。ユズリハって…。ちゃんと否定してるのに、なんで頭おかしいやつにばっかり好かれるのかしら」
「なのに、あいつ、気丈に頑張ってるよなあ。悪口言って悪かったな…」
「ユズリハは、きっと気にしてないわよ。だって、アンリがうるさすぎて他に気が回らないわ」
「アンリ、勇者の力にメーター振り切れて、他に全然栄養いかなかったんだなって最近すげえ思う」
「なんで、あんなのに好かれちゃったのかしら。アンリのユズリハへの執着って、ほんとに最初からだったわよね。魔王城行く前よ」
「そうそう、あたしが出会った時には、もう会いたい連呼してたぞ。…やべ、思い出したら鳥肌が…っ」
「けど、ユズリハは美人だし口は悪いけど素直だから、僕はアンリとフーリエの気持ちもわからなくはないけどな。嫉妬はよくないよ、ヤヤ、ジュディ」
「……は?」
「ロン、真顔でシードを抓るのやめなさいよ。シードは激しい王権争いの果てに、毒で頭がやられたんだからしょうがないでしょう。許してあげて。……むかつくけど」
「えっ! まじで!? こいつ、そんな悲惨な人生だったわけ!? ……今まで下半身とか言って悪かったな、シード。これからは分かりあっていける気がするぜ。……むかつくけど」
「え、え?いや、そんな事実ないよ?だいたい、僕の王位継承権って低いし、そんな争いに巻き込まれるほど……って、痛いよ! 離してロン!」
「……は?」
「しょうがないわね。離してあげなさい。ロン、抓るなら二の腕じゃなくて、乳首よ。ほら、こうやって」
「ぎゃー!!!!」
「ほう…。なるほど。なかなかの手腕だな、ヤヤよ」
「ヤヤ、なんか最近下劣になってきたな…なんかすまん……」
* * *
ギリムの背中が見える。
ちゃんと最後まで見送ってやろうと思ったけど、デカすぎていつまでも見えているから、なんの感慨深さもない。
少し遅れて、フーリエが何かわめいている。はやく帰れ。
そんなフーリエに向かって、アンリも何かわめいている。
うるせえから、背中を蹴飛ばしてやった。ちょっと喜んでいた。ちっ、無視しとけばよかった。
愛情表現、なんて呟いてるから、私は心底震えた。
鍋を作ろうとして水をくんできたシードから鍋を奪い、アンリに触れてしまった足を洗浄した。
案の定、シードがキレた。鍋が絡むと、すぐこれだ。シードを見ていたら、何故だか乳首が腫れていたので、思わず笑った。余計にキレた。
すると、ヤヤが何故だか味方をしてくれた。彼女がシードに、じゃあ一人でここで鍋してれば?と一言言うと、すぐさま鍋奉行は黙り込んだ。トラウマちょろい。
だが、味方をしてくれたときのヤヤの目線が哀れみと申し訳なさに満ちていたことだけはいただけない。なんだよ。ちらりと横を見れば、ジュディも同んなじ目をしてた。
悩みがあったら聞くからな、とか言われた。あと、ヤヤは怒らせんなよ、と耳打ちまでされた。
わけわかんねえな、と思ってロンを探すと、シードの乳首を熱く凝視していたので、………。いや、私は何も見ていない。見てないぞ。
勇者パーティから脱出する気持ちを改めて強く持った。