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プロローグ

「そっか!」



あいつは笑った。

愛情に満ちた、慈悲深い眼差し。

信頼できる仲間を携えて。




「可哀想に…。洗脳されてるんだね!」



-------鳥肌が立った。



「安心して。もう君はひとりじゃないよ」



まことに安い言葉だ。

けれど、奴は私のことを分かり切ったように、それが正しく私の望んでいる言葉なのだと全て理解した顔で微笑む。

帰れ。



「適当なこと言わないでくださいますか」



私は渾身の力で睨みつけた。

とんでもない。

気持ち悪い。

なんてことをしてくれたんだ。



「私は好きでここにいました。あんたには関係ないです」



突き放したのに、いきなり抱きしめられた。意味がわからない。

嘔吐感を催した。吐かなかったのは、私の強靭たる精神によるものなので、貴様は背中を私の吐瀉物でドロドロにならなかったことを感謝して然るべきで、つまりだ。離せ。



「大丈夫。辛かったね、もう心配しなくていいよ」



慈愛の声音。天に愛された勇者のお言葉。


--------なんだこいつは。

なんだこの勘違い野郎は。


離せ!と私は叫んだのだと思う。

思うっていうのは、魔力が暴走した爆発音で自分の声も聞こえなかったからだ。

どおん、と大きなクレーターが出来て、やつが吹っ飛んで行った方向に向かって私は罵詈雑言を浴びせた。



「キモい! 胡散臭い笑みやめろ! 触るな変態!!」



ありったけの憎悪を込めて叫んだのに、やつは気持ち悪く頬を弛ませて微笑んだだけだった。


--------まじ鳥肌。








「ユズリハ!」


勇者アンリが笑う。こちらへ走ってくる。勇者にしか引っこ抜けないらしい聖剣を放り投げて、両手を広げている。

近寄るな!と私は叫んだはずだが、どうにも聞こえないふりをして走ってくる。うざい。死ね。



「…ほんとゾッコンねえ」


隣で踊り子のヤヤが呆れたように言った。しゃん、と耳の飾りが鳴って、私を横目で見やる。色気がパない。女なのにドキドキする。でかい乳に、しなやかなくびれ。なんといかがわしいのか。実は淫魔なのではないかと思っている。露出が多くて目の毒なので、お前も死んでしまえ。



「さあ、みんな座って。ユズリハも、休もう」


無意識で女をたらしこむ笑顔を意識的に使う王子が鍋をいじくっている。けど、その無駄な特技は我々勇者パーティではなんの意味もないどころか、むしろうざがられている。そして、腐れ王子のシードは、王子のくせに鍋奉行だ。重いマイ鍋を持ち歩き、出汁をとる薬草の補充もこまめに行う。こいつはどうでもいいけど、事あるごとにボディタッチしてくるので、やっぱり死んで欲しい。



「アンリまじうぜぇし、ユズリハは口悪りぃし、ヤヤはうるせぇし、ロンはひょろいし、シードは下半身過ぎて死にてえ」


だるそうに呟いたのは、女盗賊のジュディアンナだ。私除く全ての感想に同感。代わりに言いたいことを言ってくれるので、こいつは生きててもいいけど、事あるごとになぜかピュア発言をして私の精神を不安定にするので、どちらかというと死んだ方がいい気がする。というか、悪口言われたな。てめえほどじゃねえよ盗賊。やっぱり死ね。



「……チッ」


小さく舌打ちをしたのは、僧侶のロンだ。口数は少ないが、このパーティで1番性格が悪いと私は踏んでいる。この舌打ちも聞こえてないと思っているに違いない。面白いから、どちらかというと生きててもいいと思う。どちらかというと、だから別に死んでもいい。



「ユズリハ、今日もかわいいね」


近寄ってきたアンリが寒気のすることを言いつつ、私の肩へ手を回そうとした。はたき落とす。



「触るな。きもい」


「ふふ。ユズリハは照れ屋さんだね」



すすっと素早く私はアンリから距離をとった。

仕方あるまい。鍋奉行の隣へポジショニングする。そして、手を差し出した。


「おい、鍋よこせ」


シードは、皿によそうときにもこだわりがあるらしく、適当に触ると面倒臭いので全て任せる。

ふふん、と満足げに口角をあげたシードは、華麗な手さばきで鍋の具材を皿に盛り付け、私へ手渡した。その際に、まずはこの魚と薬草の組み合わせから食べるべきなんだ、と鍋の導入を語り始めたため、華麗に無視する。

隣へは、ジュディがやってきて同様に手を差し出している。僧侶は、鍋のルールをわきまえているので、自分で取り分けていた。ヤヤは、飲み物を用意しているようだ。アンリは知らん。


食う。美味しいと言えば、シードはとろける笑みを浮かべた。

うざいけど、私でなければ、恋に落ちている。ヤヤでなければ、襲っている。ジュディでなければ、押し倒している。



「そりゃそうさ。出汁はきっかり30分間アルヤマスの骨でとって、その後はアルヤマス特有の臭みを抑えるために、王国の郊外、山岳地方にある赤い薬草をすり潰していれてあるんだから。その10分後に肉をいれてそのあと……」


だが、話が長い。

話が長いので誰も聞いていない。けれど、よいのだ。重要なのは聞いてあげることではない。的確に相槌を打つことでもない。そう、思う存分しゃべらせてあげることなのだ。邪魔をすれば、鍋のルールを仕込まれる。



「ねえユズリハ」


アンリが向かいから呼びかけてきた。



「ユズリハ」



アンリが、もう一度言う。



「ユズリハ」

「ユズリハ」

「ユズリハ」


5回呼ばれたところで、私は目線だけアンリへ向けた。

今まで散々無視してきたせいで、めげなくなってきた。打たれ強い。うざい。



「なんか用?」


「明日は、迷宮に行くけど、ユズリハのことは俺がちゃんと守るからね」



満面の笑みのアンリ。また勘違いが始まったのだ。たったそれだけ言うために、よくもうざい問いかけを5度もしてくれたな。反省しろ。

私はうんざりとした声音で、奴を睨みつける。



「結構です。私は自分の身は自分で守れるし、パーティのことも守れる。そういうのうざいので、話しかけんな」


けっ、と悪態をつくと、アンリはふふ、と微笑む。



「ユズリハは、そういうところあるよね」



…はあ?

なんの話してんだこいつ。


私はあからさまに嫌な顔をした。


どういうところだよ。ちゃんと言えよ。そうやって、わかった気になってんなよ。ちゃんと否定してやるからちゃんと言えよ。



「うぜえ勘違いすんな。私がここにいるのは、てめえが魔王様を殺したせいだ」


睨みつけると、うん、とアンリはまた笑った。


「ユズリハを助けることができてよかった」


「はあ? まじで話通じねえな! だから、私は好きで魔王様のとこにいたんだっつの」


「わかってる。洗脳だよね」


「ちげえよ!!私は魔王様が好きだったの!!」


「…うん。わかってる。………これは洗脳これは洗脳これは洗脳これは洗脳…」


「まあまあ、ユズリハ。鍋のときにそんな無粋な話はよくないよ」


「黙れ鍋」


「な、鍋!?」


「そうよ。アンリもいい加減諦めなさいよ。しつこいのよ。ユズリハはあんたのことなんて好きじゃないのよ」


「よくぞ言ってくれたヤヤ。むしろ嫌いです」


「鍋……ほめられた…」


「だから、うざいって言われるのよ。いてくれるだけでもありがたいと思わなくちゃ」


「そうだ魔王様に感謝しろ変態。魔王様が勇者とともに行きたまへユズリハ…って麗しく遺言したからだぞ!わかってんのか変態!」


「わかってるよユズリハ。一緒にいられて嬉しい。怒っててもかわいいね」


「キモい!!!」


「けっ! 変態って呼ばれて喜んでっから変態なんだよきめぇ勇者とりあえず死ね」


「うるせえジュディ。俺はユズリハからの罵倒しか受け付けない」


「そういうところがきもいんですけど」


「はあ?あたしだっていたくてここにいるんじゃねえんだぞ死ね!」


「神よ、荒ぶるこの者たちに制裁を与えたまへ…」




ロンがぶつぶつと呟いていて怖かったので、私たちは再び黙って鍋を食べ始めた。否、けれども、唯一、シードは鍋のこだわりについて語っていた。幸せそうなのでよいのだろう。








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