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シャハルとハルシヤ  作者: 芳沼芳
第二章 雪けぶる町
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会いたくて堪らない

『見開きの目蓋』の続きです。アルファには投稿済み、pixivにもその内上げます。少しでも楽しんでいただければ幸いです。


 シャハルは鎮静剤を打たれ、病院のベッドに眠っていた。元々ハンガー・ストライキ中で衰弱気味ではあったが、その彼に更なる追い打ちを掛けるショッキングな出来事があったのだ。


 セーアン地方・スミド太守を代々務めるヨウゼン家は、シビル連邦全土のニュースでも流された、シャハルの動画に対し、緊急記者会見を開いた。

 海外記者の注目も集まる中、そこにスポークスパーソンとして登壇したのは、誕生日の関係でまだ弱冠15歳のシャハルの従弟、ハルシヤ=イェノイェだった。


「これは1番先に伝えておくよ。シャハル、君が私の従兄で本当に良かった」


 シャハルの醒めることのない悪夢は、この母方の従兄弟同士であるハルシヤ=イェノイェの、その一言から始まった。

 


 皆さんは、「背乗り」をご存知でしょうか?

いわゆる身分や戸籍の乗っ取り行為で、実在する他人に成りすまします。

 例えば私も良く知る伯父の、トビラス=イェノイェは別人でした。そして本当のトビラス=イェノイェも、既に亡くなっています。


 シャハル。あなたの父親の本当の名は、シャマシュという。

彼の最初の雇い主である祖法学者、シェイマス氏が名付けたそうだ。


 これからお話しするのは、どうして私の伯父が、トビラス=イェノイェに背乗りしたかについてです。


 大変長くなりますが、ご容赦くださいね。


 現代に生きる我々にとって、呪詛など馬鹿馬鹿しく、滑稽な迷信の類に過ぎませんが――少し時代を遡ると、まだ熱心な信奉者が存在しました。


 その信奉者とは、現スミド太守の母親です。何ら根拠の無いオカルトじみた考えに取り憑かれていた彼女は、幼い子供の生き血に、何らかのパワーが宿っていると信じ込んでいました。


 夫から飽きられ、蔑ろにされていた彼女は、やがて他の妻達を憎悪し始め、ある異常な儀式を考案します。しかしそれには必ず、生きた子供達の大量の血液を必要としました。


 彼女は孤児院を開き、沢山の子供達を集めると、日課として子供達から血を集めました。公衆衛生など無いに等しいその時代、たちまち孤児院では感染症が蔓延し、多くの子供達が命を落としましたが、生き血を欲した彼女が、行いを改めることはありませんでした。


 スミドから子供を集められなくなると、彼女は遠い首都にまで目を向けました。ここシビル連邦は、当時はまだ旧スメク王国の時代でしたが、既に首都近郊には、世界有数の売春地帯、倡店街(ラパタ)が存在しました。


 お集まりの海外記者の方々の国からも、毎年多くの外国人旅行者が訪れているのは、周知の事実です。その結果として、倡店街(ラパタ)の落とし子と呼ばれる子供達が、産まれています。


 私の伯父、シャマシュもその一人でした。産みの親の顔も分からず、物乞い用の赤ん坊として、物乞い達の元締めから、貸出される毎日を送っていました。


 そんな伯父はある日、風邪か何かで、いよいよ死ぬ寸前まで陥りました。

最後の最後まで伯父を金に換えたかった元締めは、首都界隈で子供達を買い集めていた、現スミド太守の母親に売り渡しました。首都で子供達を仕入れ、変わらず呪詛を繰り返した彼女でしたが、やがてそれが発覚し、怒り狂った夫に処刑されました。


 彼女の息子である現スミド太守は、呪詛には全くの無関与でしたが、連座で処刑されかけ、乳母と家庭教師だったシェイマス氏の、助命嘆願で救われました。


 その後シェイマス氏は職を失って、祖法学者としても干されてしまい、妻は彼と娘を残して、実家に帰りました。更には現スミド太守を庇ったことで、その母親の行状の責任を取るようにと、引き取り先が見つからなかった子供を1人、ヨウゼン家の上役から寄越されました。この子供にはちゃんとした名前が無かったので、先程言った通り、シャマシュと名付けました。


 シャマシュと娘の3人で、細々と貯金を切り崩しながら生活していたシェイマス氏は、ストレスから酒に溺れ、夜の街で1人の女性と知り合います。

彼女には2人の息子がいて、弟の方はまだ赤ん坊でした。兄の方の名はトビラスといい、彼こそが本当の、トビラス=イェノイェとなるはずでした。


 内縁の妻となった彼女の支えによって、シェイマス氏は徐々に立ち直り、祖法学者としても、再び評価され始めました。そんな彼の評判を聞き付け、一度は出て行った彼の妻は、シェイマス氏の留守中に、内縁の妻と鉢合わせしました。


 そこで何があったかは定かではありませんが、内縁の妻は赤ん坊を連れ、川に身を投げました。結果としてシャマシュと買物に出ていた、トビラスだけが残されました。


 数年後、そのトビラスも病気で亡くなりますが、亡くなる前、自身の亡父の名を、シャマシュに明かしました。それが、私と同族でもある、マキリ=イェノイェです。同時に、マキリ=イェノイェの形見である、守刀も譲られました。


 シャマシュがそれを雇い主のシェイマス氏に報告すると、シェイマス氏は、亡くなったトビラスの遺体を、シャマシュとして届け出ました。一使用人の名前など、誰も気に留めたりしなかったので、将来に渡って、何ら問題は生じませんでした。


 やがて現スミド太守が、シェイマス氏を頼って逃げて来て、屋根裏で潜伏生活を送るようになります。この時家で暮らしていたのは、シェイマス氏と、彼の幼い一人娘、10代前半くらいのシャマシュ、その3人でした。


 前提として、現スミド太守は一介の君子ですので、倡店街(ラパタ)通いをするような、不逞の輩とは違います。女性を常に尊重し、倡店街(ラパタ)の未成年者にも心を痛めています。ですので、シェイマス氏の娘に対しても、劣情を催した事は一度として無く、その様な事、夢にすら思ってもみませんでした。しかし伯父は、妹同然の童女の身を案じ、自ら現スミド太守の元へ通ったようです。


 やがて潜伏生活は終わり、現スミド太守は、シェイマス氏の家を去りますが、もし仮にこの時伯父が、シャマシュのままであったとしたら。


 現スミド太守の秘書として働くことはおろか、医者の娘である妻を娶り、子を設けることすら叶いませんでした。


これらの話は全て、亡き伯父が遺した手記に基づいており、嘘偽りはございません。この後、抜粋したもののコピーをお配りしますので、質問は受け付けておりません。


――Thank you for listening.



 シャハルは、ネイオミの別荘にあるパソコンを使って、シビル語圏のネットサーフィンをしていたらしい。そこでたまたま、スミドのヨウゼン家に仕える従弟が行った、この長い記者会見の動画を見て泣き崩れ、恐慌状態をきたしてしまったのだという。


 シャハルの従弟の記者会見は、最後の挨拶以外、全てシビル語で話されているが、おそらくネイティブスピーカーによって、きちんと監修された字幕が、全編に渡って付けられており、その会見内容は全て、外国人である弁護士、ルペン・メスキータにも把握出来ていた。


「この子の身内に、人の心は無いのか!?

所詮夫婦とは他人の集まりだ。だが子供は違う! どんな親だろうと、生物学上の繋がりだけは断ち切ることが出来ない」




少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです。

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