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シャハルとハルシヤ  作者: 芳沼芳
第二章 雪けぶる町
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毒と薬

『愛しているから、産まれて来るな』の続きです。アルファには投稿済み、pixivにもその内上げます。少しでも楽しんでいただければ幸いです。


 その時私ハルシヤは、イェノイェの集落に里帰りしていて、だからこれは後から聞いた話なのだが――事件はソピリヤ様の父である現スミド太守、御年61歳の誕生会で起きた。 



 ロンシュク家の次男坊、ホセア様はとてもやんちゃないたずらっ子というか、はっきり言ってクソガキだった。

物を壊すわ、人は蹴るわ、妹は泣かすわと、とにかく最悪なお子様で、私もよく標的にされて、ほとほと困り果てていた。


 その祖父のスミド太守は、本来ならシャハルみたいな、人前でお行儀のいい子が好みのはずだった。


 だけどやっぱりそれが自分の孫だと別なのか、割とホセア様を可愛がっていて、その日は膝に座らせていたらしい。すると卓の上の葡萄酒を見たホセア様が飲んでみたいと駄々をこね、ちょっとだけだぞと飲ませてやった。不味いと大部分を吐き出したホセア様だったが、急に血を吐いて苦しみ出し、周囲は騒然となった。


 するとホセア様の双子の妹であるエイダ様が泣きじゃくり、数時間前、ホセア様にホウ酸団子を菓子と偽って食べさせたことを自供した。すぐにお抱え医師達による胃洗浄が行われようとしたのだが、そこに待ったを掛けた人物が居た。


「おい待て。毒を盛ったのはこの私だ。解毒剤もここにある。使ったらどうだ、胃洗浄では間に合わない。ホセアは確実に死ぬ」


「何の冗談だハンムルーシフ、流石に非常識だろうっ」


スミド太守が怒鳴りつけたが、そんな岳父の叱責にも怯まず、ウキン太守は言葉を続けた。


「あよー…馬鹿か。やっとあんたを殺せると思ったのにさ。つくづく悪運の強い…いや、私がツイてないだけか。待て、それ以上近付かせるなハンムラビ。あんたの最愛の娘は、今どこに居る」


そう。今や謀反人となったウキン太守ハンムルーシフ・アビスは、スミド太守の娘婿にして、三女キオラ様の夫君だ。そしてキオラ様はこの時、お風邪を召されたという理由で欠席されていた。

 スミド太守は、要求通り護衛のウラシッド兵等をハンムルーシフの側からは下がらせると、秘書に命じてウキン諸島にあるアビス家まで電話を掛けさせた。


「あらまあ、急にどうなさったんですかお父様。まさか…やだもうっ、気が早いんだから。残念ながら、本当にただの風邪です」


電話口からは至って平和そのものなキオラ様の声が聴こえて来て、これが録音や脅しによるものじゃないのなら、ひとまず彼女の無事だけは確認が取れた。電話を切ると、スミド太守はホセア様に解毒剤を投与するよう命じた。が、当然医師は渋った。


「よいからやれ、どうせこのままでは死ぬ。ハンムルーシフ、解毒剤を医師に渡せ」


 ハンムルーシフは、身に着けていたピアスを耳から外して、近付いてきた医師に渡した。どうやらそれがアンプルになっているようだった。ハンムルーシフは袖から注射器も取り出したが、流石にそれは使われることなく、ともかく解毒剤を投与されたホセア様は息を吹き返した。


「それじゃ、私を五体満足の生きた状態で、ウキン諸島まで帰して貰おうか。我がアビス邸でキオラと交換だ。道中くれぐれも手荒な真似はしない事だ。キオラの死体が欲しいなら別だが」


 もはや誕生会どころの騒ぎではなく、出席者達は自分が何の為に集まったのかさえ忘れかけて帰って行った。

 面目丸潰れとなったスミド太守はカッとなり、ハンムルーシフに付いてきていたアビス家側の者達を、1人残らず殺させた。そして彼等全員の首を、ハンムルーシフへの嫌がらせの一環として、軟禁部屋に並べさせた。


「あよっ、はー…まったく残酷な。どうせこうなると思った。すまないな、できるだけ人数は絞って老い先短いのを連れて来たんだが」


 ハンムルーシフが一人一人の虚ろな目を閉じさせていると、部屋の前で何やら見張りと押し問答する声が聞こえ、その後扉がノックされた。


「どうぞ入りたまえ、ヨウゼン家の女若様。何か聞きたい事があるんだろう」


護衛に囲まれながら部屋に入ったのは、ソピリヤ様だった。


「その呼び名は嫌いです。男が若様でも、男若様とは呼ばれないのに」


「そんなこと、今から気にしてたら切りが無いぞ。どうせ次は女太守だ。でもまあ妙だな、男太守とは中々言わないものな」


「此度の謀反、いつからのお考えですか」


「いつってだいぶ前からだが。君は今年で15になったか」


「惜しい。16です」


「もうそんなになるのか、じゃああれから丁度10年だ――15歳の時、私はまだ11歳のキオラと結婚させられた」


 それまでどうしていたかというと、君の父親の愛人だった。

 知っての通り、私は昔から容姿に優れた子供だったんでね。あちこちから目を付けられた。最終的に私を手に入れたのがあいつだっただけで、私の人生など、どの道詰んでいた。


 今はもう廃寺だが、昔ここいら一帯に、広大な私有地と絶大な権威を持つ寺があった。エーレマス寺だ。君の父親も一時期、そこでエーレマス=エンシウという一介の修行僧だった。生母の呪詛が発覚し、その処罰の巻添えを食らったらしい。


 そのまま一生そこで冷や飯食いなら良かったんだが、奴は元家庭教師の家に脱走して身を隠し、壮絶な権力闘争の末にスミド太守になった。

 だが奴は見てしまったんだ。エーレマス寺では夜な夜な、堕落した高僧達と、身の回りの世話をさせられていた少年達の現場があちこちで繰り広げられていた。それをあいつは元家庭教師の家で、使用人相手に実践しやがった。


 ま、それはそれとして。話を戻そう。私は元々、ウキン太守アビス家の傍系の出だ。それに相応しい扱いを受け、幼い頃エーレマス寺に差し出されそうになった。が、たまたま私に目を付けた君の父親は、ついでに目障りなエーレマス寺を潰しておこうと考えた。


 使われたのが、武家ウラシッドの四男坊だ。彼は事情も告げられず、突然出家してエーレマス寺に入ることを強制された。しかし彼は強かった。迎えの僧侶を連れ込み宿で刺殺すると、一目散に脱走したんだ。


 彼の勇気で最初の計画は頓挫したが、計画責任者だったトビラス=イェノイェはそれを揉み消した。


 代わりに寺の少年達の中で、連れ去られて来た者達の親族を調べ上げ、彼等を煽動し、お上に窮状を訴えるという形を取って、見事エーレマス寺を潰した。こうして私は奴に差し出され、散々弄ばれた末に奴の愛娘をあてがわれ、この謀反を企てるに至ったという訳だ。


 まあせっかく来てくれたんだ。ついでだから、さっき使った暗殺の手口も教えておいてやろう。


 今私が着けている羽織留め、綺麗な石だろう。――これは猛毒だ。そして私は洒落者でも名を馳せたから、こんな付爪してたって誰も違和感を持たない。これで削って、乾杯した際に隙を見て奴と自分の杯に鉱物毒を仕込むんだ。後は自分だけピアスに仕込んだ解毒剤を投与して軽い症状を見せつけ、同じく狙われて助かった生存者となり、周囲からの疑いの目を逸らして完了だ。


「これで完璧なはずだったんだがなあ……。ああ、安心しろ。こんな所で自殺はしないさ」


「……お話しありがとうございました。ハンムルーシフ殿は、もはやヨウゼン家の敵ですが、それでもホセアを助けて下さいました。私はその良心と、今して下さったお話を、覚えておきます」





少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです。

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