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シャハルとハルシヤ  作者: 芳沼芳
幕間 庇護の国
30/56

セーヌ川の身元不明少女はデスマスクか否か

『駆け込み直訴』の続きです。アルファには投稿済み、pixivにもその内上げます。少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 エリコはスケッチを中断して、アグスチーノと駄弁っていた。そこにルシーアが、ジョアンの腕を引いてやって来た。


「ねえエリコ、アタシあんたが好きみたい」


「へえ、そいつはどうも。で、オレにどうしろっていうんだ? 抱き締めてキスの一つでもすれば良いのか?」


「ま、そういうこと。こうなると、踊りに集中出来なかったのもあんたのせいとしか思えない。この前アグスチーノがメールで、あんたにジョアンっていう意中の人が出来たって書いてて……」


「アグスチーノ、テメェの仕業か!」


エリコは隣に座っていたアグスチーノに向かって、自身の松葉杖を片方ぶん投げた。


「暴力反対!」


「教えてエリコ。アタシとジョアンどっちが好き?」


「強いて言うなら…ジョアンだな。――遠くに住んでいる親類より、近くにいる友人のほうがよい」


そこへたまたま通りかかったコンスタンチノが話しを聞き付け、血相を変えてバルトロメ神父を呼びに走った。


神父(パードレ)神父(パードレ)今すぐ来て下さい! エリコの奴がジョアンに対して、とてつもなく怪しい発言をしています」





――あなたは女と寝るように、男と寝てはならない。これは忌みきらうべきことである。


――男がもし、女と寝るように男と寝るなら、ふたりは忌みきらうべきことをしたのである。彼らは必ず殺されなければならない。その血の責任は彼らにある。


――あなたがたは、正しくない者は神の国を相続できないことを、知らないのですか。だまされてはいけません。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、自制の欠落によって過度な欲望にふける男、少年性愛者、盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者はみな、神の国を相続することができません。


――すなわち、律法は、正しい人のためにあるのではなく、律法を無視する不従順な者、不敬虔な罪人、汚らわしい俗物、父や母を殺す者、人を殺す者、不品行な者、男色をする者、人を誘拐する者、うそをつく者、偽証をする者などのため、またそのほか健全な教えにそむく事のためにあるのです。


――こういうわけで、神は彼らを恥ずべき情欲に引き渡されました。すなわち、女は自然の用を不自然なものに代え、同じように、男も、女の自然な用を捨てて男どうしで情欲に燃え、男が男と恥ずべきことを行なうようになり、こうしてその誤りに対する当然の報いを自分の身に受けているのです。



「……この他にもありますが、これらの聖句に基づいて、我々聖職者は、教義の一内容として同性愛を否定しているのは事実です」


小聖堂で、バルトロメ神父は聖書のページを開き、ジョアンの為に公用語との2ヶ国語で同じ内容を繰り返した。やがて朗読が終わると、バルトロメ神父は聖書を閉じ、再びエリコ達6人に向き直って話しを続けた。


「しかしながら――実際に発覚しているだけでも、君達のような未成年者に対して、チャイルド・マレスターになる聖職者は跡を絶たない……また、そもそもな話、チャイルド・マレスターと同性愛者は同じではありません。あるいは小児性愛者が、必ずしもチャイルド・マレスターになるとは限らない。――ところで皆さん。自身を大切にした上で、誰を好きだろうと構いませんが、相手を悲しませることだけはしないで下さいね。私からは以上です」


そう言って、バルトロメ神父は小聖堂から歩き去った。エリコは前の椅子の背もたれに頬杖を突きながら、バルトロメ神父の足音が遠ざかり、この場から完全に居なくなったことを確認すると、密かな本音をぶち撒けた。


「ヘスースにだって親は居た。そもそもが産まれて来たからには、オレ達みんな誰かと誰かの子供な訳だ。だがオレやルシーアは、それがどこのどいつだかさっぱり分かんねえ。だからひょっとしてオレとルシーアは、本当の家族なのかも知れない。 それでなくったって、捨てられるのは何かしらの事情があった筈だから。…例えば近親姦児、とか。オレの左脚の奇形だって、もしかしたらそのせいなのかも知れないだろ? そんな奴が女、しかも身内かも知れねー女に手を出すなんて……。なあ、そっちの方がよっぽど罪深いだろ?」


「ちょっと待てエリーコ。聖書によれば、ロトの妻は滅び行くソドムの街を振り向いたが為に塩の柱にされ――その後、残されたロトと娘達のあれこれについては、別に何とも無かった。 よって主は、同性愛よりは近親交配派だから安心しろ」


「どういう解釈だよ、コンスタンチノ! オメー、実は中々ぶっ飛んでやがるよな」


それまで黙って状況を見守っていたダミアンが、頬を掻きながらポツリと言った。


「ていうかさー、何それ。ヤル気満々じゃん」


まだ複雑な文章は解さないジョアンを除いて、小聖堂の中を気まずい沈黙が流れた。


「おおーい!ルシーア、迎えに来たぞ~」


「あっ、エフライム コーチ!」





数週間後、ルシーアから映像媒体の小包が届いた。


――続きましては新進気鋭の若きサルサダンサー、ラハブ&マナセの登場です!


「えー意外!ルシーアのダンスパートナー、見た目全然イケてないじゃん。眼鏡掛けてて、パッと見ダンスする様なタイプにも見えないし。これならまあ、エリコの方がいくらかマシか……」


「どういう意味だコラァッ、あっ、待てアグスチーノこの野郎!」



その頃、バルトロメ神父のもとへは、ある大物夫妻が面会に訪れていた。


「家庭の輪という代物は、たまさか彼らを弾き出しておきながら、あらゆる場面で社会に君臨する。だからこそ機会があれば、信頼の置ける養父母や里親に託さなくてはならない」


「おっしゃる通りです。しかしながら――人の親の心は闇にあらねども、子を思う道に惑いぬるかな、とも申します。もちろん努力は惜しみませんが。ねえ、デヴィン?」


「そうさ、ネイオミ。と言っても、弁護士のルペンは、いたく環境の変化を心配しているようでね。まずは本人には何も知らせず、留学先のホストファミリーとして受け入れてはどうかという提案だった。その方が(ジョアン)も気楽だろうからね」





月日は流れ、その日は8年制のプライマリーの卒業日だった。


「えーと、エリコはクラウドファンディングで海外進学、アグスチーノは入隊、コンスタンチノは神学生でしょ。あれ? これから地元に居るのダミアンだけじゃん」


「そうだね。私は父さんの所でペンキ屋の見習いやるから」


「なあジョアン、前にも言っただろう。オレの進学は16歳になってからだ」


「えっ、じゃあまさか…それまで1日中ブラブラしてる気?」


「んな訳あるか! まあ良い、ライフマスクを取らせろ。ジョアン」


「エリコって、ホント強引だよね~。それってハンデも由来してるの? でも見てて思うんだけど、その傍若無人っぷり、案外、君の美点の一つかもね」


ダミアンは相変わらずの二人の関係に笑いながら、珍しくエリコを褒めた。そのまま3人で、エリコがアトリエと称して不法占拠中の倉庫部屋までやって来ると、エリコはジョアンを椅子に座らせ、早速ライフマスク作りに取り掛かった。


「別にエリコの好きなようにすれば良い話だけどさ、何でわざわざ表に出せない作品を作る訳? 材料費も馬鹿にならないでしょ」


「もう、アルジネートが口に入るぞジョアン。しばらく喋れなくなるからな。…見せびらかすだけが芸術じゃねーんだよ」


そう言って、エリコは鼻孔を塞いでしまわないよう細心の注意を払いながら、ジョアンの顔に下地のアルジネートを塗りたくった。やがてアルジネートが固まると、溶かした石膏に包帯を浸し、アルジネートの上をその包帯で覆った。その様子を見守りながら、ダミアンはふと思い出して訊ねた。


「エリコが拘ってるアレさー、何だっけ。デスマスクの」


「ああ? セーヌ川の身元不明少女のことか?」


「そうそれ。あれってさー、生きてるうちに取ったって説もあるんだろ。でも今見ててさ、そんなのマスクに鼻の穴開いてるのか見りゃ、一発で分かるじゃんって思って。オリジナルってどこにあるんだろうな?」


「そんなん知るかよ。自分で調べろー」




【参考文献】


聖書は同性愛を本当に罪だと教えているか? ―キリスト教の疑問 BYTRUE-ARK·2017-10-20

https://true-ark.com/homosexuality-bible-teaching/#i-11


ライフマスク制作体験記

https://youtu.be/JZUb45zxdqc



少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです。

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