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シャハルとハルシヤ  作者: 芳沼芳
幕間 庇護の国
25/56

それぞれの旅立ち

『庇護の国』の続きです。アルファには投稿済み、pixivにもその内上げます。少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 レラムに頼み込み、セウロラは産まれて初めて髪を短くした。次は衣服だ。タイとスラーに服選びを手伝って貰いながら、篁屋で旅支度の買い物をしていると、色々と積もる話もあり、時間はあっという間に過ぎていった。


「ねえタイ。わたし、大丈夫かなあ。変な目で見られてないかな」


「何でだよ。今は髪が短いのに、女物着てるからか」


「それもだけど。何だか恥ずかしくって。だって女の子が、男物の下着が売ってある場所に居るんだよ。それって本当は駄目じゃないのかな」


「うーん。まあ、あまり良くないだろうけど。今回は仕方無いんじゃないかな。アナンさんに言われたんだろう、危ないから男のふりをしないと、旅になんか連れて行けないって」


「そうなんだよね…。あのさスラー、やっぱり下着も男用じゃなきゃ駄目なのかな」


「そりゃあそうだよ。だって洗って干しとくのに女物の下着があったら一発でバレちゃうじゃないか、君が女の子だって。――シャハル、見つかると良いね。でもシャハル探しとは関係無しに、単純に旅って良いなあ。父は若死に、祖父は呆け、家には母と私だけ。いっそ自分も旅に出たいよ」


「おいおい、サニュも居るだろ。お前の許嫁も連れてってやれよ」


「どうしよう、色々頼まれた分まで買ったら嵩張りすぎちゃった。後で必ず取りに来るから、タイん家に置いてて貰っていいかな」


「貸せよ。また戻って来んなら面倒だろ。俺らも運んでやるからさ、なあスラー」


スラーもタイの言葉に頷きながら、セウロラに荷物を渡すよう促した。


イェノイェが住まう土手近くの集落までたどり着くと、スラーは首の関節を鳴らしながら言った。


「何だかここに来るとほっとする。家で勉強しながらサニュとかと居ると、正直息が詰まるから」


「お前なあ、仮にも未来の花嫁にむかって、その言い草は無いんじゃねえの。勉強のし過ぎだって、たまには外に出ろよ」


呆れ笑いしながらのタイの言葉に、セウロラもうっかり笑ってしまった。



 私もソピリヤ様も、突然居なくなったシャハルを探す自由すら無く、今日も今日とて勉強三昧の1日だった。こんな学問所生活では、シャハルが最後に目撃された場所であるヨウゼン家の別荘敷地内を見に行くだけでも夢のまた夢だし、ヨウゼン家の後継ぎであるソピリヤ様はまだ分かるけど、何で身分低くて準ご学友みたいな扱いの私まで……。


私以外のご学友方は、皆良い家の坊っちゃま達だから、課題の勉強量も増やされず――羨ましいことに、私とソピリヤ様からはとっくに取り上げられてしまった、貴重な馬術の時間も彼等にはまだあって、馬術指南役が仕事の私の父さんとも、息子の私が会えないのに、彼等はしょっちゅう会っていた。それに私だけ住み込みだから、家族との大事な手紙のやり取りも、色んな邪魔が入るせいでどんどん減っていた。




 次の日はお休みだったので、ご学友方は学問所に来なかった。ただし学問所に住む私とソピリヤ様は、ヨウゼン邸の南側に建てられた洋館に呼び出された。その場にはクサンナも居た。

私達を呼び出したのは、洋館の主であり太守様の令室ロミネ・ハルサナワ様で、ソピリヤ様の養母でもあった。ロミネ様は机に腕を乗せ、ひじが当たった巨大な蝋燭を横にずらすと、両手を組みながら話し始めた。


「ごきげんよう。今日呼んだのは他でも無い、これはまだ内々の話ですが――ソピリヤと従弟君は、近々ポンチェトプリューリの首都教学院中等部に推薦入学し、クサンナはそのお供として同行させることが決まっています。で、あるからして。今後最低限必要となる知識を伝えます。――さ、どうぞ手に取って」


ロミネ様が執務机の引き出しから取り出したのは、四角くて薄い包みが数個連なった物体と、色とりどりの錠剤が1枚の板状に包装された物の束だった。私は四角い包みの方を摘んで、じっと観察した。


「うーん何じゃこりゃ。ソピリヤ様、よく見たら中に何か入ってるみたいなんですけど。これって何ですか」


「知らん。そんなの私だって見たことないぞ、こっちはこっちで何の薬だ。クサンナ~、何か知ってる」


「いいえ、ちっとも。ハルシヤ、何だったら開けて見たら良いのではありませんか」


「もう開けましたけど、本当に何なんですかこれー。あ、引っ張ったら結構伸びた。うーん……これってあれじゃないですか。書類見る時、くっついて重なってないか確かめる奴」


「えー、それはおかしくないか、指用にしてはだいぶ余ってるじゃないか。大体表面がつるつるしてる、書類用のじゃ意味が無い」


「良い観察眼ですね。確かに、書類整理に使うのは指スキンです。そちらはスキンと呼ばれる男性用避妊具です。もう片方の錠剤はピル、こちらは女性専用の避妊薬です」


「へー、そうなんですか。書類のあれってそんな名前だったんですね。ロミネ様、スキンはどうやって使うんですか」


「その前にちょっと訊いておきたいのだけれど。貴方達、どうやって子供が出来るのかご存知ですか。今まで妊婦を見掛けたことくらいはあるでしょうけど――彼女達は何の前触れもなく、突然そうなる訳じゃなくてよ」


私の純粋な疑問は後回しにされ、ロミネ様はそう質問すると、まずソピリヤ様の方を向いた。


「ソピリヤ。例えば貴方の長姉ザビネには5人の子供達が居ますね。全員彼女が産んだ子達だけれど、そもそもどうやって、あの子達はザビネの下腹部の中に宿ったのだと思う。貴方の率直な意見を聞かせて頂戴」


「え、それは…結婚したからではないのですか、ロンシュク家のギリタ義兄様と」


私もソピリヤ様も、ロミネ様が突然何でそんな事を聞くのか、心底不思議でしょうがなかった。


「うーん、それだけかしらねえ。結婚、それ自体はただの契約に過ぎないのですよ。たかが紙切れ一枚役所に提出しただけで、どうやって物理的に胎児が召喚されるというの。しかもそれはいつ、どうやって決まるの。皆が皆、結婚して子供が出来る訳でなし。何なら結婚せずとも、子供は出来るものなのですよ。さて、お次は従弟君に聞いてみましょうか」


ロミネ様に手を差し向けられて、私はおたおたしながら答えを探した。


「はいっ。えーと、たしか昔、親達に聞いた覚えがあります。一緒に寝れば出来るそうです。だから男女七歳にして席を同じゅうせずという言葉があるんですよね。あまりにも近くに居過ぎたら、うっかり一緒に眠ってしまって、まだ子供なのに子供が出来たら大変ですから」


私の解答に、何故かにっこり微笑んだロミネ様は、最後にクサンナの意見を訊いた。


「わたくしは、ザビネ様が女だからだと思います。今まで男の妊婦なんて見た事がありませんもの。ですから、男女の組み合わせではだいたい1人産まれて、女同士の組み合わせでは、少なくとも2人産まれるのだと思います」


「どうもありがとう。皆まぶしいですね、影に日なたに守られて。大変恵まれたことですが、もはやそのままでは居られません。――結婚、一緒に寝る、女だから。どれもあながち間違いでは無いけれど、一番重要な真実を隠しています。それは房事、いわゆる性交渉のことです」


最後の言葉を聞いて、私達の間に衝撃が走った。


というのも、性という言葉は最近の学問所内では妙な雰囲気を持って扱われていて、例えばフヌ家のゴルシッダ様なんかが、よく辞書を引いてはにやついて、他のご学友方と回し読みしだしてからは、皆いつの間にかそれに影響されて、ソピリヤ様が居ない時の話のネタは、もっぱら猥談になっていたからだ。




「それは…剥けるようになったら風呂でちゃんと洗うようにって、父さんが言ってました」


「へえー、じゃあ貴様はまだなのか」


ある日の午後、何故か勝ち誇ったような顔をしたコシヌ家のレジーヴォ様には無性に腹が立ったが、果たして皆そうなのだろうか。もしかして私だけが遅れてしまっているんじゃないだろうか。そう思うと不安になり、風呂で試したのも一度や二度ではなかったが、正直痛いし怖いし――ま、いっか。別に厠で困った事なんか無いし。


でも見た目はともかく、別の問題も発生した。一番最初に気が付いた時は焦ったが、どうやらお漏らしとは違う。

学問所には元々洗濯専門の人が雇われて居る上に、その人は聾唖者で読み書きは習っていないそうなので、私が学問所に来たばかりの頃の、本当の不名誉も表沙汰にならずに済んだと思っていた。しかし最近になって、洗濯係さんは発音が難しいだけで喋れなくは無いし、身振り手振りで仕事の遣り取りをしていることを知ったので、今までのことを洗濯係さんに感謝して、朝、濡れた下着だけは下洗いすることにした。


「えっ何それ。どういう淫夢見た訳」


「へ、何ですかそれ」


「はああっ、そっちが何言ってんの。淫夢だよ淫夢、お色気要素満載の。好きな子が出てきたり、裸だったり、あー、知らない誰かの場合もあるのか。それでも素っ裸か何かでポロリだよ。興奮して鼻血出すくらいの」


不名誉部分は言わずに朝の悩みを言ってみたところ、ウツ家のファティリク様は、私が寝ている間に見た夢のせいだと決め付けた。そんな事言われても、残念ながら私には身に覚えが無かった。


「うわ、それって本当かい。哀れな奴だな君も。その年でもう枯れかけてるって……大体ちゃんと抜いてるのか」


マヌ家のエリシュ様は上から目線の同情がこもったまなざしで、私に抜き方を口頭で伝授した。聞いた通り寝る前に厠にこもって実践してみると、成程確かに心地良い。頭がぼうっとして、どうにもならない悲しみや不安が押しやられていく。それにお漏らしと一緒で、先に出しておけば寝ている間にうっかりという事も無くなるらしい。


けれど私とご学友方にも何となく、女子であるソピリヤ様には、こんな猥談を聞かせてはいけないというのは分かっていた。かといって、最近お前達何をこそこそニヤニヤと、と誰も居ない時に問い詰められれば、私は立場上黙っている訳にはいかず、話の中身は伏せて猥談をしていましたと報告した。ソピリヤ様は、そんな話どこが面白いのかさっぱり分からん、と流石に困惑しきりのようだった。


それなのにロミネ様はあっさりと性交渉なんて言ってのけたので、私とソピリヤ様とこの様子ではクサンナも、めちゃくちゃびっくりしたんだった。




ソピリヤの場合、内心でもかなりうろたえていた。


――いきなり何を言い出したかと思えば性交渉ですって。お義母様、それって猥談じゃないのですか。ポンチェトプリューリの名門ハルサナワ家出身で、産まれながらの貴婦人ともあろう御方が……


「ちょっと待って下さいお義母様っ」


ソピリヤは面食らいつつ、ふと過去にあったある出来事を思い出した。


「うっわ、何これ汚なっ。筆が突き刺さってるのを見せてるの、この人」


それはある昼下がり、そもそもソピリヤの父であるスミド太守ハンムラビ・ヨウゼンは、庭に建てた小屋に書斎を設け、その縁側でよく煙草を吹かしたり、微睡んでいることが多かった。


その為の揺りかご椅子と木机――机下の物置きには折りたたみ式の盤上遊戯、そして積み重なった数多の新聞と雑誌類に紛れ無造作に隠された一冊の煽情雑誌。ソピリヤはハンムラビが席を外した隙にその雑誌を発見してしまい、好奇心の赴くままに、おそらくは何らかの名目でその場に呼び付けられて居たシャハルを共犯に引き入れて、誰も居ない2階へ続く階段を駆け上がると、収納部屋の一つに隠れて雑誌をめくり、中の裸写真を覗き込んだ。


「わー、やばい写真。こんなことして痛くないんでしょうか、でも胸の写真の方が沢山載ってますね。大きい胸は色っぽいけど全体的に美人が少ない。ハンムラビ様ってこういう雑誌が好みなんですね。ふっふっふ、おっもしろーい。僕も家で探そっと」


「あっ、やばい。そろそろお父様が戻って来るかも。シャハル、これ戻して来て頂戴」


「えーっ、嫌ですよ。見つかったら僕が怒られるじゃないですか。ソピリヤお嬢様も同罪でしょう。僕は何もしませんよ、どの道怒られるくらいなら」


直後、シャハルとソピリヤの間で、動かぬ証拠となる煽情雑誌をお互いがお互いに投げ付け合う、醜い争いが勃発した。


しかしいざハンムラビが実際に戻って来ている様子を窓から見て取ると、ソピリヤは慌てて雑誌を引っ掴み軽く手で払ってから、急いで元あったのと大体同じ場所に戻すことに成功した。その間見張りを引き受けていたシャハルに手招きされ、二人は揃って裏口から外へと退散した。その後ソピリヤが再び机下を物色したところ、例の雑誌は無くなっていたものの誰からも何らお咎めは無く、事なきを得た。


――そうだったそうだった。ずっと黙ってて、自分でもすっかり忘れかけていたけど。考えてみたら私だって、別にお綺麗な存在じゃ無かった訳で。全然純粋培養でも無いのに、これじゃ恥ずかしがってたのが馬鹿みたい。




クサンナの場合、実のところ名前こそ知らなかったものの、四角い包みには見覚えがあった。それはシャハルの身の回りの世話を命じられていた頃に、何度も目にした物だった。見ていると息苦しくなり、ある晩彼に言われた言葉まで脳裏にまざまざと蘇った。


「狂ってる。あいつ本当に狂ってるよ、君としても良いと言われた。いや、実際はもっと酷い言葉で。君として、また産まれた子供もきっと可愛い……って、もう嫌だ、もう駄目だ。全部お父さんが悪いんだっ」


――まさかそんな、もし女に手を出して男子が産まれれば、ソピリヤ様の地位ばかりか、家中全体を揺るがすことになる。……それで代わりにシャハルを、……駄目っ、こんなこと絶対に言っちゃいけない。


クサンナは悲鳴を上げそうになり、慌てて両手で口元を抑えた。


――それにわたくしだってシャハルを見殺しにしたんだから、結局あの人達のお仲間なんだ。


泣かないまでも目の縁ギリギリまで涙が溢れ、クサンナは必死に涙を堪えた。


――心底助けようと思えば、例えばシャハルをお風呂に呼びに行く時だって、油断して眠っているところを刺せた。寝室はいつも人払いしてあったんだから。


目に見えてうろたえるソピリヤとハルシヤ主従の後ろで、一人うなだれるクサンナの様子に、正面に座るロミネだけが気が付いていた。


――失敗しても悪事を思い知らせてやれた。どうせわたくしは一人ぼっちだし、わたくしを見捨てやがった酷いお父様、嫌な本妻、その息子である異母弟のレジーヴォ、みんなみんな連座で処罰されたのに。何であの時そうしなかったんだろう。その方がずっと良かった



「ちょっと皆さん、帰って来て頂戴。意識がお留守になってますよ」


執務室に、ロミネ様が両手を打ち鳴らす乾いた音が響いた。物音に少し驚いて視線を向き直すと、ロミネ様はお話しを続けた。


「少々刺激が強かったようですが。まあ話を戻しますと、男と性交渉したから女は妊娠するんだ、ということは覚えておいて下さい」


そう言いながら、ロミネ様は懐から小刀を1本取り出して、机にあった巨大な蝋燭を削り始めた。そういえば、洋館内の廊下や部屋の色んな場所に飾られた彫刻は、ほとんどロミネ様が趣味で造ったものらしい。


「ただし性交渉というのは、何も妊娠目的だけではありません。気持ちが良いことなので、その快楽目的の方が多いかも知れませんね。その他にも愛情を確かめ合ったり――」


蝋燭はどんどん削られていって、代わりに不思議な物体が、形を現しかけていた。


「でもたかだかそんな事の為に妊娠すると、物凄く大変です。結婚もせずに妊娠したりさせたりすると、皆さんは周りの人達や双方の保護者から、とても悪く言われて立場を失います」


ロミネ様は不思議な物体を完成させると四角い包みをちぎって、中のスキンを取り出した。


「何より自分自身がまだ保護者に養われている身では、満足にお金も稼げないので生活出来ず、親子揃って不幸になります。だから産まれて来ないように処置をしたり、それが間に合わないと産まれてすぐに、赤ん坊を他所にあげたりします。そんなことが起きないように、また病気を防ぐ為にも、世の中にはこんな物があるのですよ」


ロミネ様はスキンの飛び出している先っちょを摘みながら、それを物体の天辺に乗っけて、それから周りのめくれ上がっていた部分をするすると降ろし、物体に満遍なく被せて完全に覆った。


「スキンはこんな風に使います。この蝋燭で出来たものは、男の下半身の一部と考えて下さい。興奮したらこうなりますから、今見せた様に覆います。それでも使っていると破けることがありますから、女側はピルを服用します。ただしピルはスキンと違って病気が防げません。この他詳しい内容については学問所の書庫にも資料を用意してありますし、今後必要になったらお抱え医師のミランダが処方してくれますので、皆遠慮なく申し出るようにね。それといつも言っているように、体調の変化があればすぐ診てもらって下さい」


その資料については、思い当たる本がいくつかあった。確かにロミネ様の言う通り、学問所の書庫の一角には性教育関連の資料が置いてあって、ご学友方が面白がってよく読んでいた。今度あの人達が居ない休みの時に覗いてみよう。


「それと性交渉は、暴力の一種として起きる場合もあります。しかしいつ何時、暴力や、一時の気の迷いや、不幸な事故が起こるかなんて予測不可能です。ただピルにも色々種類があって、こちらは先程より強めのピルです。避妊に失敗した性交渉の後、72時間以内に2錠、その12時間後に再び2錠服用すれば、絶対ではありませんが高確率で避妊が出来ます。こちらは全員肌身離さず持っておくように」


「あのう、ロミネ様。私の分まであるのは何故ですか。私は男なんだから妊娠しませんよね」


「貴方の主人であるソピリヤを守る為ですよ。ソピリヤが持っていなくても、貴方が持っていれば間に合うかも知れないでしょう」



少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです。

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