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シャハルとハルシヤ  作者: 芳沼芳
第一章 シャハルとハルシヤ
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そしてこれからの日々

『真夜中の天狗攫い』の続きです。アルファには投稿済み、pixivにもその内上げます。少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 自ら川に飛び込んだか、それとも何かのはずみで落ちただけなのか。水音がしてから車の灯りを川に向け、必死に名前を呼ぶも答える返事は無く、ハンムラビ・ヨウゼンは、いつしか我を忘れて許しを請うていた。


「守上、守上っ、お気を確かに。大丈夫です、シャハル様は泳げます。人を呼んで探させましょう」


ようやく耳に入った護衛兼運転手の進言を聞いて我に返ると、ハンムラビは車に積まれた無線で別荘と連絡を取り、シャハル捜索の為の人員を至急手配するよう指示を出した。そうしている間にも次第に強い風が吹き、次の日からは一帯は土砂降りの雷雨に見舞われ、シャハルの痕跡は跡形も無くなった。無論必死の捜索が行われたものの、手掛かりは全く無く、シャハルの行方もようとして知れず、近くに出没するという山犬に食われたのか、はたまた通りかかった人攫いの仕業ではと言い出す者もあった。公式発表では行方不明となり、シャハルはその経緯と共に尋ね人として登録された。しかしその後のスミドではまことしやかに、太守ハンムラビ・ヨウゼンが死なせた、あるいは手に掛けたのだという流言蜚語が飛び交った。


そのどれもがシャハルの母親であるレラムの耳にも入ったが、レラムの心に迷いはなかった。


「そんなはず無い。シャハルは絶対に生きてる」


「そうですよ。レラムさん、シャハルを探しましょう。俺も最大限協力します」


レラムと使用人のアナンは、シャハルの生存を信じて疑わず、公式発表の行方不明情報を元に地道な捜索を開始した。セウロラはそんな二人程確信を持てず、だがそれよりもシャハルが既に死んでしまっている方がずっと嫌だったので、そのことは黙って手伝った。やがて捜索網は拡大し、心臓の弱いレラムが留守番して、アナンとセウロラは長期間旅に出てシャハルの行方を探し歩くようになった。


「お兄ちゃあん、シャハルが、シャハルがっ」


シャハルのはとこに当たるイェノイェ本家の娘、シトナは、山に篭もって生活している兄、サイモン=イェノイェの元へひた走り、泣きじゃくりながら事の次第を訴えた。


「殺されたっていうの、太守様に。ねえどうしよう、あたし、もうどうしたらいいか分かんないよお~」


「殺されただって、そんな馬鹿な。何かの間違いじゃないのか」


「本当よおっ、お父さんもお母さんも言ってたもん」


サイモンは泣いて取り乱す妹の姿を見て、今更ながらに世間に背を向け、世情に疎い自身の境遇を嘆いた。そしてもう一人の妹であり、とうに結婚してスミドを出た筈のマウラのことを思い出し、こんな時彼女が居てくれたらと願いながらも、そんな自分に嫌気が差した。


「ようやく分かったよシトナ。私は山を降りる」


「えっ、そんな。何で急に」


「私が不甲斐無いばかりに、イェノイェは弱い立場のままだ。クルガノイの学校で理不尽な目に遭い、心が折れたが…山に登って見てみれば、太守のお膝元であるスミドの街は、とてもとても小さかった。世界はあんな小さな街の、そのまた小さな学校の便所だけで終わっているんでは無いんだ。その事に、もっと早く気が付ければ良かったんだ……。つまり、偉くなろうと思うんだ。一国の太守如きに手出しさせない、間違っても私の一族を害そうなどとは、二度と思わせないぐらいに」


「うん、うん。分かったよお兄ちゃん、一緒に山を降りようっ。お父さんもお母さんもお祖父ちゃん達も、お兄ちゃんの帰りをずっと待ってるの」


サイモンはシトナと手を繋ぎ、久方振りに山を降りた。家路に向かう途中、ちょうど街での聞き込みから戻って来たアナンと偶然すれ違った。


「あっ、アナンさん。…この度は、お悔やみ申し上げます」


一礼して通り過ぎようとしたアナンだったが、サイモンの言葉がどうしても聞き捨てならずに立ち止まった。


「サイモン様。お言葉ですが、シャハルは生きています。必ず生きてどこかに居ます」


「すみません。軽率なことを言って……おっしゃる通りです、まだ死んだと決まった訳でありませんね」


「それはそうとして、シャハルの捜索で忙しいので、私が読み書き計算やらをイェノイェのお嬢さん方や、クルガノイに入校前の子達に教えているのは、今後定期的には難しくなります。早いうちに代わりの者を雇われるなり、私塾を見つけるなりされた方が宜しいかと。それでは急いでおりますので、失礼します」


あんなに仲良くしたいと気にしていた相手の逆鱗に触れてしまったことに、サイモンは気落ちしながらも家路を急いだ。



 その知らせを聞いた時、真っ先に嘘だと思いたかった。


「本当だって、うちの親が夜中にこそこそ話してたんだ」


地獄耳のファティリク様の言う事だから、たぶん聞き間違いとかでは無いんだろう。この人の聴いてくる話は大人達の相談している先の話で、いつも大体当たっていた。


「私は信じないぞ。いくら腹を立てておられたところで、お父様がそんな恐ろしい真似をなさるはずが無い」


ソピリヤ様がそう言うと、ザブリョス様が別の説を持ち出した。


「じゃあシャハルは、山犬に出くわして食べられちゃったんですか」


「それもどうだか。何の手掛かりも残さないというのは、山犬には無理だろう」


この説もソピリヤ様に否定されて、私が少しだけほっとしていると、ラフェンドゥ様は話の途中から茶化しながら言った。


「それならもう人攫いしか…待てよ。あっ、分かった。神隠しだ」


「ふざけるなラフェンドゥ、ハルシヤの気持ちも考えろ。とにかくお父様が悪いのは間違い無い。その場に居た大人なんだから」


「ソピリヤ様。――お願いがあります」


「何だハルシヤ、辞めたいっていうのは無しだぞ。頼むから」


「それなら大丈夫です。全然違いますから」


私はソピリヤ様とイリークフ=イェラ尼に手伝って貰って、自転車の練習を始めた。沢山転んであちこち擦りむいたり、(あざ)を作ったりもしたが、最終的には後ろから支える振りをして、実際には途中で手を放すという騙し討ちを仕掛けられたことで、何とかコツを掴んで乗れるようになった。


「シャハル。やっと私も自転車に乗れるようになったんだ」


――前に手伝ってくれた時は、たぶん結局シャハルに甘えちゃって、ちっとも上達しなかったけど。


あんなに下手くそだったのにって、びっくりするだろうか。そうしたら二人共自転車を漕いで、どこか遠くへ遊びに行こう。きっとどこまでも行ける、だから。


「早く帰って来てよ……シャハルが居なきゃ、何もつまらない」




第一章『シャハルとハルシヤ』完




第二章『雪けぶる町』に続く




少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです。まだまだ続きます。

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