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シャハルとハルシヤ  作者: 芳沼芳
第一章 シャハルとハルシヤ
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ナルメ駅の罠 前編

『ラルムータの教え』の続きです。ようやく佳境に入りました。pixivにもその内上げます。少しでも楽しんでいただければ幸いです。


 日の出前のナルメ駅には、ナルメ太守、カナート・サペリの演説がこだましていた。


『今現在、追放先の海外に居られる帝王室との繋がりによって、我々ナルメのサペリ家は苦境に立っている。セーアン地方の支局庁は軒並みスミドに奪われ、ナルメ港の貿易港指定も外された。公共設備の劣化も著しく…そうそう、今私の後ろにある連邦鉄道の本数も、ごっそりと減らされたな』


カナートは親指で背後の列車を指し示し、どっと聴衆に笑いが起きた。


『これより私は、帝王室が去り空(から)の都となって久しい、ポンチェトプリューリへ出向き、前大長官エウリヤ/ナタルコと面会する』


ジズ・サペリはそれを聞く余裕も無い程、昨日からの体調不良に悩まされていた。いよいよ限界を迎えたジズは、しきりに気分の悪さを訴え、父カナートの妻子が並ぶ列から、侍女に付き添われて抜け出した。


『しかし諸君、これは帝王室に対する裏切りではない。ナルメ太守国は、これまで唯(ただ)一(いっ)国(こく)、孤高を保って参ったが、時代は変わった。継承資格をお持ちの傍系の帝子女様方は、いずれも追放先に根を下ろし、帝王位は望まれないとのことだ』


とにかく早くサペリ邸に帰り、横になりたいと訴えるジズだったが、侍女は勝手に連れ帰る訳にも行かず困り果てていた。そこへ連邦鉄道員の格好でスーツケースを運んでいた男が声を掛け、事情を聴いて救護室に案内しようと提案した。二人は安堵して、人気の無い方に付いて行った。


『ただし、帝(てい)上(じょう)は御年60歳に差し掛かろうとしておられる。考えたくも無い事だが、スメク朝最後の帝王たる御方が、異国の地で没するというのでは、見るにしのびない。ひいては帝上に付き従った我が叔母と、その姫君達の将来のため、私は行くのだ』


カナート・サペリの演説が終わると、割れる様な拍手が鳴り響いた。その瞬間、男は豹変して侍女を刺し殺し、ジズは恐怖のあまり全く動けなくなった。


――騒ぐな。鞄の中に入れ。


男は片手でスーツケースを開けながら、もう片方の手で血の付いた刃物を突き付けた。ジズはふらふらとスーツケースの中に倒れ込み、男がジズの姿勢を直して蓋を閉めた。それから男はすぐさま返り血の付いた衣服を旅行者風に改め、カナート達が居る場所とは反対側のホームに移動し、スミド行きの列車に乗り込んだ。駅構内で起こされた惨劇は未だ発覚していない。カナートは、彼の父で先代の太守でもあるワジ・サペリに向き直った。


「それでは行って参ります」


「おう。早よ行け」


ワジはカナートに返事をしながらそっぽを向き、ワジの隣に立っていた、カレーズ・サペリが苦笑した。


「カレーズ、長子のそなたが頼りだ。後のことは任せたぞ」


「はい。行ってらっしゃいませ、お父様。くれぐれもお気を付け下さい」


カナート・サペリはそれに頷くと、再度聴衆に向き直って笑顔で手を振りながら、シビル連邦政府が手配した特別列車に乗り込み、ナルメ駅を出発した。列車が見えなくなり、ワジとカレーズが一息吐いたところで、ジズの生母ホマが小走りでやって来て訴えた。


「先代様、以前お仕えしておりましたホマです。どうかお助け下さい。わたくしの一人息子、ジズが居なくなりました」






その頃、男は何食わぬ顔でスミド駅の改札を潜り、最寄りの電停に丁度止まっていた、真新しい路面電車に乗り込んだ。そこから六駅目で電車を降りると、少し歩いて、スミド一(いち)の巨大さを誇る、停留所兼車庫に忍び込んだ。その中で無用心にも、ヨウゼン家御一行様と明示されたバスの荷物入れにスーツケースを載せ、誰にも気付かれること無く速やかに立ち去った。


こうして狭く身動きのとれないスーツケース内部は、わずかに開けられた空気穴からさえも、全く光が入らなくなった。ジズは更に恐ろしくなり、さめざめと泣いた。


そんな事は露とも知らず、やがて貸切バスが動かされて向かった先のヨウゼン邸では、スミド太守ハンムラビ・ヨウゼンと、彼に招聘された各尼寺の三住職達を中心とする面々が集まっていた。


「生母の業を鎮めるためとはいえ、毎年毎年面倒なことだ。だが、こうした機会でも無いと、旧友に会う機会も無いな。思えばお互い出世したものだ。しがない修行僧と見習い神官が、今や太守と神殿長とは。ついでに懐かしい顔も拝めるな。まだ生きていればの話だが」


ハンムラビの長いぼやきに反応して、イリークフ寺の住職が、“懐かしい顔”の近況を伝えた。


「エーレマス=エキュならご存命ですよ。変わらず廃寺で寝起きし、近辺で托鉢を行っておられるとか」


「ふっ、大袈裟な。よして下さい、あれはただの物乞いだ」


やがて到着したバスの荷物入れの中には、子供が一人入りそうな大きさのスーツケースが積み込まれていた。今回の護衛を仰せつかったクルガノイ兵達が恐る恐るスーツケースの中身を検めると、泣き腫らした顔のジズ・サペリが現れた。


「何だ何だ。浮浪児でも入り込んだか」


クルガノイ兵のどよめきに、ハンムラビがひょいと覗き込むと、とても浮浪児とは呼べないそこそこの身なりをした子供が泣きべそをかいていた。ハンムラビが無理矢理その子の顎を掴んで顔を上げさせると、どこか見覚えのある顔立ちをしていた。思い出せそうになった所で、子供は顔をずらして不快な大人の手に思い切り噛み付いた。ハンムラビは苛立ち、すかさず子供を蹴飛ばした。


「今はっきりと分かった。ワジ・サペリだ。彼奴め、子どころか孫沢山は結構なことだが、あまりに数が多過ぎて、躾はまるで行き届いていないと見える」


ハンムラビの怒りように、ヨウゼン家とは特に縁の深い、カルクール寺の住職が慌てて取り成した。


「まあまあ、子供のした事ですし。貴方様にも、ケイレブ様というお孫様がいらっしゃるではありませんか。聞きましたよ。齢1歳にして、もう外国語を話されるとか」


「なあに、異国で生まれ育っているのだから当然です。私はむしろ、自国の言葉を大切にして欲しいと常々長女に伝えております」


初孫が話題にのぼり、気を良くしたハンムラビは、自分の秘書であるトビラス=イェノイェを近くに呼んだ。


「ナルメ行きの列車に乗せて放置しろ。サペリの連中が何を言ってこようと、知らんで押し通せ」


そう言い残すと、ハンムラビはトビラス以外の全員を引き連れて貸切バスに乗り込み、最初の目的地である伽(が)藍(らん)神殿に出発した。

残されたトビラスが泣きじゃくるジズの健康状態を確かめ、名前と年齢を聞き出している間に、異常事態を目撃した使用人達によって、話は瞬く間に南側の洋館まで伝わった。洋館の主である太守正夫人ロミネ・ハルサナワは、自身の実家やサペリ家に直通電話を掛け、情報収集に努めると共に、腹心で太守夫人の一人を現場に派遣した。


「御機嫌ようトビラス。随分とお困りのようですね。して、その子はどうするお積もりですか」


「ヤシリヤ夫人、おはよう御座います。そうですね。少なくとも、ここに置いておく訳には参りませんので、どこかに移動しませんと」


「では、ソピリヤ様の学問所に連れて行かれてはどうでしょう。良い経験になると思います」


「それは…奥方様のご意向でしょうか」


「さあどうでしょう。事態がお家騒動の一環であれば、ナルメ太守の留守を預った、期待の長子に消えない汚点を残すことが目的か。はたまた会談に反対する王党派の報復かも知れません。しかし動機が分からない以上、守上の命に従えば、その子は死ぬかもしれませんね」


「おそらく守上は、それでもスミドには悪影響が無いとお考えです。あの方はとかく面倒を嫌う。私だって逆らいたくは無いが……分かりました。今回はお話に乗りましょう」


「ご了承に感謝します。これより奥方様がナルメとの折衝役を召集致しますので、彼等を通じて正式に伝えるとのことです」


「痛み入ります。こうなると、まともな兵力は動かせませんね。そこの君、私の家に行き、学問所までアナンを呼んで来てくれ」


トビラスがヤシリヤに付き添って来ていたウラシッド兵達の一人に頼むと、そのウラシッド兵は返事をするやいなや、全速力で駆け出して行った。


「それにしても、貴方は本当に良い人を拾いましたね」


「ええ。私には勿体無いくらい、良く働いてくれています」





所変わって、ナルメ太守カナート・サペリは、ポンチェトプリューリ郊外の質素な佇まいに案内され、前大長官エウリヤ・ナタルコと対面を果たしていた。


「セーアン地方から遠路遥々ご苦労。ようこそ我が家へ」


「ナルメです。地方名では、スミドやら何やらと一緒くたではありませんか。早速ですが、追放先の帝上より親書をお預りしました。どうぞ」


「まあ、海外郵便なぞ検閲済みだがね。結論から述べると、帝王家の処遇については、現状維持以外を認めない。ただし、あなた方サペリ家が完全に、帝王家への支援を打ち切るならば、ナルメへの制裁措置は解除しても宜しいが」


そう言って、ナタルコは老眼鏡からじろりと上目遣いに、相手の出方を伺った。


「ナルメ太守、心配なさらんな。帝王家なぞ放っておいても、どうせどこぞの貴族達が面倒を見る」


「そのつもりでこちらに来ました。父は叔母への負い目があるが、私は違います」


そう言って、カナートは淡々とナタルコに提案した。


「焼失した帝王宮の代わりに、シビル連邦政府管理下で厳重警備の邸宅をご用意して帰国用の片道切符をお送りすれば、帰国したが最後、幽閉生活が待っていることは明白です。これならば余程のことが無い限り、それこそ死期を悟るまでは帰って来ないかと思いますが、如何でしょうか。ああ、その際叔母と2人の姫君達は、我々サペリ家がナルメに引き取ります」


「最後通牒を突き付けようというのか」


「はい。サペリ家とあなた方シビル連邦政府の連名で。断れば今後の支援は無い、と」





ハンムラビ一行を乗せた貸切バスは、伽藍神殿に到着した。降りてきたハンムラビを、彼と親しい神殿長が出迎えた。


「おお守上。少し見ない間に、また老けてしまわれましたなあ。これから登山だというのに、いやはや大丈夫ですかな」


「黙れ神殿長。私はまだ52だぞ、まだまだ行ける」


しばし談笑しながら伽藍神殿で昼食を饗された後、ハンムラビ一行は、伽藍神殿から程近く、人の足でしか通れない奥深くの山道を進んでいた。やがて荒れ果てた廃寺に到着すると、ハンムラビは外の木陰に用意させた折りたたみ椅子に腰掛け、草木が生い茂る境内や、ほこりまみれの本堂を出来る限り掃除して回る、自分と護衛要員以外の全員を眺めていた。境内ではキンスター寺の住職が、茂みに隠れていた廃寺の元僧侶、エーレマス=エキュを発見していた。


「エーレマス=エキュではありませんか。宜しければ貴方もお掃除に加わりませんか。本当は守上こそなさるべきなのですが」


「断る。拙僧は、尼ごときに指図されるいわれはない」


「はあ、相変わらずなのですね」


出来る限りの大掃除が終わると、ハンムラビは、自身を睨みつけるエーレマス=エキュには目もくれず、護衛の安全確認が完了した寺本堂に入って行った。本堂内部には灯明が燈され、天井から吊り下げられた巨大な壺を薄ぼんやりと照らしていた。各寺の住職達は、付き添いの尼達が置いた座布団の位置を調整して壺の真下を囲むように座り、お互いの手を繋ぐと、目を瞑った。それからしばらくすると誰とは無しに、なるほど、そうなの。そうなの。と傍からは何も聞こえないのに相槌を打ち、終いにはわらべ唄を歌い出した。


〽山々に たなびく 霞(かすみ)

おぼろに 聞こゆる 鳥の聲(こえ)

赤き 白きに 扱(こ)き混ぜて

亂(みだ)れつ 香(かお)れる 櫻花(さくらばな)

自然の音楽 調(しらべ)を合わせ

天女の姿 風に舞う

【新式日本唱歌:酒井勝軍(1874~1940)、明治37年】




「何度見ても不気味だ」


異様な雰囲気に、ハンムラビは鳥肌が立って身震いした。





その少し前、トビラスは思わぬ道草を食っていた。自転車の後部座席にジズを乗せ、学問所まで走り出したまでは良かったが、ジズが空腹であまりに泣きわめいてうるさいので、手っ取り早くそこいらの屋台で買い食いしたところ、更に菓子まで要求されたのだった。


「はい、ぼうや。口を開けて~。うふふ、美味しいでしょう。良かった~」


ジズは菓子屋の看板娘に甲斐甲斐しく水飴の食べ方を教えられ、今日初めて緊張が和らいだ。その様子を見ていると、トビラスも少し気分が上向いた。


「やれやれ、これからどうなることやら」



【参考文献】

花見/うたごえサークルおけら より

http://bunbun.boo.jp/okera/w_shouka/m_kyouiku/k2_sentou_ka.htm

閲覧日時:2018/03/24


カナート・サペリ

ナルメ太守。カレーズ、ジズの父


ワジ・サペリ

先代ナルメ太守。カレーズ、ジズの祖父


カレーズ・サペリ

カナートの長子。ジズの異母兄


ホマ

ジズの生母


エウリヤ・ナタルコ

元シビル連邦政府 初代大長官


ヤシリヤ【再掲載】

ソピリヤの生母


少しでも楽しんでいただけたのならば幸いです。


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