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第二話 おんなたちの忍法合戦

 六乳の一人、マチルダは戦慄していた。

 目の前には卜部流緋袴装束の女が立ちはだかっている。髪は床に届かんとするほどの長髪で、前髪も長く伸ばし、表情を完全に隠している。六人衆の一人、巳舟千鶴子みふねちづこ。彼女の足下には普通ではあり得ない量の影が、シャンデリアの明かりに逆らい存在している。

 純白のシルクドレスの裾を翻し、手にした狙撃銃レミントンを斉射する。が、弾丸はすべて地より立ち上った影の盾が飲み込んだ。

 一対一で戦った場合、六乳よりはあざら志六人衆の方に分があることは、これまで集めた情報でわかっていた。戦力を補うため、マチルダには四名の黒子が付いていたが、全員千鶴子の操る影に飲み込まれた。

 ショートボブのブルネットを乱して走りながら、間断なく引き金を引く。が、ただの一発さえも緋袴装束に届くことはない。千鶴子は、その場から一歩も動いてはいないというのに。

「右」

 千鶴子が小さく囁く。

 影が帯状に伸び、九つに分離してマチルダに襲いかかる。まさに右に跳ぼうとしていたマチルダは動きを止め、脚に負荷をかけてブレーキをかけた。紙一重の場所を、影の刃が通り過ぎる。

 心を読まれている。そう気付いた。

 マチルダは銃を投げ捨てると、床に手を突いた。

「レオン!」

 マチルダを中心に六房星が床に描かれる。六房星が一瞬光り、消えると同時にマチルダの影から黒豹が飛び出した。

 黒豹の牙が黒い帯を噛み千切る。弧を描いて黒豹はマチルダの前へ降り立った。

「ほう。そなたも影を使うか」

 長い黒髪の向こう側で、千鶴子が笑みを浮かべたように見えた。


 ピンクのカットソードレスを靡かせて、ブリトニーはそびえ立っていた。粉雪が舞う屋外である。金色の巻髪を弄りつつ、傲然と相手を見下ろしている。

「どうした。かかって来なよ、お嬢ちゃん」

 視線の先では、学校指定セーラー服を身につけた少女が、鎖付き鉄球を振り回している。周囲には頭部を潰された黒子の死体が幾つも転がっていた。

 少女は無言で鉄球を回転させ続ける。六人衆が一人、ゴーゴー前張まえばりは警戒していた。

 前張の身体能力は六人衆の中でもトップクラスである。忍術に於ける優劣を除けば、前張に比肩する忍びは首領の暮子くらいしかいない。その自分を前にして、目の前の女は平然としているのである。

 何らかの術を持っている。前張はそう判断した。

「にゃんにゃん、しちゃう、ぞ」

 前張の腕が、猫の如くしなやかに動く。鉄球はそれ自身に意思があるかのように、縦横にブリトニーを襲った。

 ドレス姿のブリトニーは軽やかにそれをかわす。初撃で決めるつもりであった前張の予測を上回っていた。なるほど。この女も己の肉体に自身があるのか。

 休まず鉄球を振るい続ける。回転数を上げる。前張が飛び抜けているのは筋力だけではない。持久力もスタミナも、常人のそれとは段違いだった。

 ひとでなし。それが前張の通り名だ。文字通り人を辞めた者という意味での「人でなし」である。前張の遺伝子情報には、幾つかの猫科肉食獣の情報が組み込んである。人としてみれば、ブリトニーの身体能力はその頂点に位置するであろう。だがそれはあくまでも人の範疇内であり、それを越えるものではなかった。

 仕留められる。そう判断した。

「ご奉仕する、にゃん」

 右手で鉄球を引き寄せつつ、左手から四本の飛刀を擲つ。前張必殺の型だ。ブリトニーは体勢を崩している。殺した。そう思った。

 ブリトニーは飛刀をすべて、腕で受け止めた。

「このクソアマ。たった四本で、このブリトニー様を仕留められると思ってんのかよ」

 両腕から膨大な血を流しながら、ブリトニーが立ち上がる。

「ヤるんなら、これくらい激しく突っ込みな」

 飛刀が二本刺さった右腕を前方へ突き出す。そして、叫んだ。

「我が槍どもよ(ブリトニー・スピアーズ)!」

 中空に亀裂が走る。その狭間から。次元歪曲道を通り、十一世紀のローマより召還された一千本の聖槍が飛び出す。

 一斉に、前張に向けて降り注いだ。逃げる時間も、空間もない。

 鉄球を振り回す姿のまま、前張は槍襖に沈んだ。

 ゴーゴー前張はX県内の赤谷で生まれた。生まれ落ちてより三時間で立ち上がり、二十四時間で歩行を始め、半年で歯が生えそろった衿座に恐れをなした両親は、隣県へ前張を捨てた。

 その前張を拾い、育て上げたのが寒座一党であった。

 その強靱な肉体に目を付けた寒座の小頭たちは遺伝子操作の実験台として前張を用いた。実験は成功し、前張は人を越える力をその身に備えることとなった。

 それはまた、人としては生きてゆけないことも意味していた。誰かと握手をすれば、握りつぶしてしまう。軽く叩いただけで、首の骨を折ってしまう。

 前張は誰と触れあうこともなく。ただ一人の生を生きてきた。

 救いの手を差し伸べてくれたのが、寒座暮子だった。

 住んでいた家と両親を燃やしてしまった者。愛する男性を底なし井戸へと落としてしまった者。暮子の周囲には、前張と同じく人として生きられぬ女たちが集っていた。そして、暮子自身も。

 暮子の下で前張たちが励んできたのは、自らの力を伸ばすことではなく、その異能を抑えることであった。人に近づけるように。人に混じれるように。

 何でもない。ただ一つの生を、生きられるように。

 それらを、伽羽氏の一党どもは誤解した。

 ようやく店に出られるようになったのに。握り潰したり、噛み切ったりしないよう、できるようになったのに。

 これからいくらでも。にゃんにゃん。してあげる。のに。

 ひとでなしと恐れられたあざら志六人衆が一人は、今その生を終えた。

 四本の飛刀を引き抜き、髪を掻き上げて、千本槍のブリトニーは舌打ちした。

「髪に血が付いちゃったじゃねえかよぉ」


 由紀恵はジョリー天使といた。

 六乳の中で由紀恵の戦闘能力は格段に低い。直接戦闘向きの力の持ち主ではないからだ。その力はむしろ本来の諜報や隠密行動でこそ活かされる。六対六の同数とはいえ、そういう意味合いでは伽羽氏側は不利な情勢であった。

 チャイナドレス姿の隣のジョリーはタンクトップにホットパンツという戦闘用の衣装に着替えている。両の手には一丁ずつの拳銃。タンクトップの胸が大きく盛り上がっているのが由紀恵には羨ましかった。

「いいね、由紀恵。挟み撃ちにするんだ。アンタの足りない部分をアタシが補えば……きっとエレクトさせてやれるさ」

 由紀恵は頷いた。

「ゴー!」

 柱の影から飛び出す。先に佇むのは清朝の派手な皇后衣装を纏った女。六人衆が一人、葉赫那拉エホナラは笑みを浮かべていた。

「愚かな。二人がかりであれば勝てると思うたか」

 京劇風の化粧を施した顔に長く爪を伸ばした左手近づけ、犬歯で小指を噛みきる。血が糸のように床へと垂れ落ちる。

 次の瞬間、その血が踊るように宙を舞った。

「由紀恵! 触れるんじゃないよ!」

 ジョリーは葉赫那拉の能力を知っていた。血液を自在に操る能力。その血は時に剣になり、盾になる。

 葉赫那拉は吸血鬼でもあった。己の血を介して、他者の血液を吸い取ることができる。また、そうすることで彼女は生き延びてきた。齢は二百を越えるという。だがその容姿は、ジョリーたちと変わらない。

 この能力に部下が何人も殺された。今日こそは敵を取る。

 ジョリーの身体が宙を駆ける。ワイヤーアクションではない。これがジョリー天使の能力だった。

 空気を蹴り、ジグザグに動く。赤い鞭が虚空を叩く。ジョリーは銃口を向けた。

「くたばりな!」

 二挺拳銃から弾丸が飛び出す。同時に由紀恵がトランプカードを投射する。葉赫那拉の左手が薙ぎ払われる。血の筋は縦に広がり、弾丸とカードを受け止めた。

「これなら!」

 中空を蹴る。空気の塊が血液の壁を突き破る。葉赫那拉は動いて避けた。由紀恵がサーベルで突きかかるが、華麗な体捌きでいなした。

「由紀恵、離れろ」

 ジョリーが肉薄していた。至近距離から連続で撃ち込む。真紅の壁が立ちはだかったが、数発が抜けて新たな血の筋をつくった。

「おのれ!」

 葉赫那拉の形相が変わる。四方から血流の棘が襲い、ジョリーの身体に撃ち込まれた。

「お主はそのまま、乾いてゆけ」

 ジョリーが苦痛の叫びを上げる。豊満だった肉体が、見る見るうちに痩せ細っていく。だが、ジョリーの口の端に浮かんでいたのは、笑みだった。

「由紀恵、狙いは」

「完璧です」

 由紀恵が左手小指を噛みきった。血の筋が伸びる。

 真紅の槍は、過たず葉赫那拉の頭部を貫いた。

「計算完了。分析完了。……模倣コピー完了」

 二人の女が同時に頽れる。由紀恵は葉赫那拉を無視し、ジョリーに駆け寄った。

「天使さん」

「みんな苦戦しているはずだ……助けに行ってやれ」

「天使さん」

「アタシがいなくったって、アンタはやれる。だってアンタは……」

 ジョリーの身体から、力が失われた。

 ジョリーを静かに横たえると、由紀恵は立ち上がった。

「……ええ。私は奇術師マジシャンです。天使さん」

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