プロローグ:4月1日④
「い、一体…何だったの…?」
そんなこんなで第2保健室まで戻ってきてようやく一息つきながら、先ほどの謎の状況を思い返す。
……少なくともボクに対して言い寄ってきたのが十数人?あの行きがてらの視線は全員こっちを見てたって訳?
ダメだ、ボクには理解できない…
「詠美ー?何だか解せないって顔してるけど、もっと気軽に考えよう?おっ!ナイス人生の絶頂期!」
「いや、いやいや…明らかに全員おかしいって!昨日まで何とも無かったし!せいぜい髪色で振りかえられるくらいだったのに…」
「そこは、ほら…エイプリルフールのドッキリ?」
「どんだけ大がかりで仕掛け人多いの!?あれ全部仕込みだとしたらそれはそれで尊敬するよ!」
「いやいや、まだまだ小規模だって…ドッキリの本場になると街行く奴ら全員が全員仕掛け人だっていうじゃん?」
「こーこーはーにーほーんっ!ジャパン!とにかくそっち方面は考えづらいから置いておくとして!」
本当に、一体全体何が原因なの…?
「まあしず姉の犠牲もあってあの場は乗り切れた訳だけど、街を歩くたびに言い寄られてたら煩わしいったらありゃしないね」
「…死んでません、実の姉を勝手に殺さないで下さいよ、もう」
そんな事を言いながら静音先生がフラフラしながら戻ってきて
「静音先生…大丈夫ですか?」
「あー…大丈夫ですよ?皆さん静かにさせてきましたんで…それより、何で私を勝手に置いてくんですか…」
「いやぁ、しず姉はあのゲームで暴徒鎮圧に慣れてると思って…」
「慣れてません!というかその話はしないでって言ってるでしょう!?」
何かトラウマ踏み抜いたのか、激しく感情露わにしてるなぁ…まあ姉妹間の事はボクの管轄外なので適当に聞き流しながら
…ホント、何が原因なのやら。
「ところで詠美さん、ちょっと良いですかね?」
「何ですか静音先生、藪から棒に」
「いやね、出来れば実際にどんな風に生えてるか見せて欲しいって、連絡入れた知人の何件からか送られて来てるんですよ。…写真撮らせてもらって良いですか?」
「…はあ、確かに写真なりを見ないと調べようがないかもしれないけど…恥ずかしいんで、顔が出ない様にして欲しいんですけど出来ますか?」
「そんな時はあたしにお任せ!」
そこには丸いサングラスをかけてカメラを構えてる鈴鳴の姿が!
しかもカメラが妙に本格的というかプロ仕様というか…ええい突っ込んだら負けだ、気にするなボク!
「そんじゃま、詠美?とりあえずベッドの上に座って、耳と尻尾が良く見える様なポーズ取って?」
「…何でベッドの上にわざわざ座る必要があるの?」
「ほら、その方が尻尾も同時に写せるじゃん?いいからいいから、あたしに任せんしゃい」
どこの方言だ!何だか釈然としないけど、カメラに背中を向けて尻尾も耳も映る様な見返りポーズ。
そしてフラッシュと共にカシャっと鳴るカメラのシャッター音…
「って、待て待て待て!これじゃあボクの顔丸写りじゃない!」
「いやいや、とりあえず全体の構図を確かめる為のテストテスト、これは送らないから安心して?そんじゃ次はそのまま手で顔を隠して」
「ん…こうで良い?」
「ああ違う違う!両手で顔を覆うんじゃなくって片手、片手で目の部分だけ覆えば良い亜から…そうそう、それでニッコリ笑ってみようか?」
言われるがままカメラを向けられてシャッターを切られ、途中で色々とポーズも変えさせらる。
…段々と、鈴鳴のテンションが上がって行ってるみたいで何か嫌な予感しかしないんだけど?
「よーし、詠美?次はちょっとスカート、スカートね?うん、ちょっと降ろして見ようか?」
「はぁ?!何でそんな事までしなくちゃ…」
「何言ってるの詠美!身体から尻尾が生えてるって証拠見せなくちゃダメだよ!しず姉の知り合いが折角貴重な時間を費やして探してくれてるんだから、ねえしず姉?」
「あ、そ、そうですね確かにその通りですが…」
「ほらほら!と言う訳でちょっとだけ、そうそう生えてる部分だけ確認出来る様にね?脱ぐヨロシね?」
「うぐぐ…わ、分かったわよ分かってるからそんなカメラで食い入る様に見るな!」
物凄く押し切られてる気がするけど…何かエスカレートしてる気が…
とは言え、ハッキリ見えない事にはただの飾り物だと思われるかもってのはある訳で…
…気が重くなりながらも、カメラに背中を向けたまま膝立ちになってスカートを降ろし、尻尾が身体から生えてるというのを垂れ下げさせて見せる。時折軽く揺らしたりしながら
「ほっほー…いいよ、いいよー…可愛いよー、詠美良いよー ふへへっ」
「へ、変な笑い方しないでよ!後…さらっと可愛いって言うな」
「やーっ、被写体の素材が良いと撮ってる側としてはやっぱり嬉しくなる物なんだよ。よっ、被写体のプロ!プロモデラー!」
「そ、そんなののプロになりたいなんて思った事一度も無いから言われても嬉しくないよ!?と言うか何枚撮るつもりなの、何かさっきからずっとこんな感じだけど!」
「それは芸術を追い求めて納得がいく作品になるまでさ、じゃあ次は思い切って全部脱いじゃおうか?」
「脱ぐかぁ!いやもう十分撮ったよね!?明らかにこれ以上は必要ないよね!?」
「えー?まだコレクションには程遠い枚数しか撮れて無いのにー…」
「途中から明らかに自分の目的の為にすり替わってるー!?」
「…いやあ、こういう時でも無いと霰も無い姿写真に収められないし…」
「いや収めなくて良いから!そんな方向の写真とか撮るなぁ!」
「ちぇー…ああでも、こうして多角的な写真ってのはやっぱ重要な資料になると思うから無駄じゃない?いやあ、あたしってばホントしっかりしてるわ」
うん、鈴鳴も静音先生もしっかりして無い姉妹だと思うよ。少なくとも鈴鳴のそれはしっかりじゃなくってちゃっかりって言うんだよ、OK?
…ところでしっかりしていない静音先生がいつの間にかいなくなってる?
「あ、二人共とりあえず返信は終わったから……どうしたんです詠美さん、そんな急に項垂れてしまって…」
「ああいや…こっちの話なんで静音先生は気にしないで…」
おのれ鈴鳴…余計な体力を使わせて…!
「ところでしず姉、言った通りに加工して送ってくれた?」
「一応言われた通りにはしましたけど…撮った写真に煽り文句入れるのは流石にどうなんですかね…?」
「…静音先生、如何かと思う様な煽り文句が入った写真を本人の断り無く勝手に送らないでよ」
何なの…今日のこのアウェー感100%な展開の数々は、それにしても何て入れて送ったんだろう?
疑問に思って静音先生に訊ねると
「あ、あ…いや、あの……多分見ると後悔しますけどそれでも、見ますか?」
「後悔させるようなものを書いて送るなぁーっ!」
「ちなみに内容はあたしが考えたよ、ほめて!」
「褒めるかどうかは実物見て決める…九分九厘は覚悟しとく事ね」
静音先生のパソコンには送ったであろう画像ファイル、編集後の保存だけはしたけど閉じていなかったのかまだ開きっぱなしになっており
さっき手で顔を隠したポーズやらいくつかチョイスされてるが、スカート脱いでるのだけは入ってない。結局アレ鈴鳴の趣味の為だけじゃないか!
そして問題の煽り文句、何々と読んでみると
「…『ボクの身体の秘密、貴方にスミからスミまで解き明かして欲しいな♪』?」
あ、声に出して読まなきゃ良かった。怒るより先に頭痛が、眩暈が…
そのまま椅子から転がり落ちる様に床に崩れて、代わりにモニターの前に座るのは静音先生
「あれ?早速返事が来てますね。というか送った全員分の返信が…どれどれ『何この子、直接調査したいから紹介してくれ』『何だこの扇情的な写真は!けしからん!もっと調査様に渡してくれたまえ!』『良いね!実に良い!狐耳イヤッフゥゥゥ!』『いやあ、なかなか興味深い。調べたけど合成じゃ無いみたいだし是非とも本人を拝ませて貰いたいものだな、実に素晴らしい』『見事な写真だと感心するがどこもおかしくはない、しかしどちかというと資料が足りない。9枚で良い』…うん、なるほど…」
うわあ…なんだか全く役に立ちそうに無い返事しか無いぞ、そしてそれを見て何か分かった様子の静音先生…え?
「こんな返事で何か分かったの!?」
「こんな返事とはなんですかこんな返事とは。ぶっちゃけ私も思いましたけど」
ぶっちゃけ過ぎだよ静音先生…しかし気付いた事って何だろう?
話を聞くと、一つは狐耳と一通だけだが断言している物。送ってきたのは動物学、特に哺乳類研究の権威であるとの事。一つは、返事の全部が全部…まるで何かに吸い寄せられるように夢中になっている事。そう、魅了されてるかのような状態…
「判断材料は少ないですが、多分狐憑き…それも、耳を見たら魅了される系の物でないかと。あくまで推測に過ぎませんが」
「…しず姉、スーパーリアルロボ大戦のヘビープレイヤーなだけじゃ無かったんだ」
「鈴鳴…私の事を何だと思ってたんですか!?」
鈴鳴の言いぐさは酷いけど、正直ボクも同意見だったよ…。でも、そうなると疑問も出てくる訳で
…何で鈴鳴と静音先生はボクを見てもそんな反応にならないのだろう?
鈴鳴は色々と怪しい言動も多いけどこれは大抵いつも通りだし…
「でもそれっておかしくね?しず姉の推測がかなり正しいと仮定するとして…何で、あたしとしず姉だけ、その効力関係無いの?女には効かない?」
「それは無いんじゃないかな…ボクらが戻って来る前、囲まれた時の男女比って結構拮抗してたよ?忍者混じってたのが気になったけど」
「ちなみにその時はウィッグで目立たない様にしてましたが、隠し切れて無かったので効果が発動した…って言う所でしょうか。いやあ注意しないといけませんね…」
それにしても何でだろう?ふと疑問が浮かんで…二人の顔を見比べていると
「私と鈴鳴は多分何らかの耐性を持っている…って事になるんですかね?」
「まあ、あたしの場合は最初から詠美の事を性的な目で見てたからあんまり効かなかったんじゃないかな!」
…良く1年間も、ボクの貞操が無事守り抜けたと思うよ。
「さて、大まかな所まで分かりましたし…戻す方法ってなると除霊とかの類になるんですかね?多分すぐに用意出来そうにはないですが…」
静音先生の言葉にどれくらいの費用がかかるんだろう、むしろ何時除霊出来るんだろう?そんな思考しか浮かんでこない。
「ま、いざとなったら帽子被ったり覆面被れば問題無いさ!あたしもフォローするし」
「問題だよ!?帽子はともかく、覆面していいのはレスラーかパトカーだけだよ!そしてそのフォローが一番ボクには不安の種なんだけど?!」
「はっはっは、照れるな照れるな。お互いの黒子の数は知り合ってる仲じゃないあたしら」
「んなもん知ってるかぁっ!」
夕暮れ時の校舎にボクの声が響く。しかし、これはそんなボクの受難に満ちた物語の序章に過ぎないのだった…