プロローグ:4月1日③
時刻は正午を少し回った頃、家族の安否確認の後もとりあえず色々と聞かれて答えて…その途中で鈴鳴が話の腰を折りまくり、その腰を折る話題に流されて静音先生、そして諌めるボク。何だこの状況。
「…二人共、途中からわざとやってない?」
てへへっと照れた様子の鈴鳴と、対照的にテンパって「違います違います!」と手を横に振ってる静音先生。鈴鳴は1年も付き合ってるから分かるけど先生の方は天然かぁ…
妙な疲労感にため息をつくと同時に、ぐー…と鳴るお腹の音。
顔を赤くする静音先生。
「あ、あははは…えっと、お腹空きましたね!」
「うん、笑って誤魔化し切れないと思うよしず姉?つーか、年齢的にダウト!」
「ね、年齢は関係無いじゃないですか年齢は!それに私だってまだまだ制服を着ればイケない事も…」
「…先生、それは流石にちょっと」
「…ホントに着たら姉妹の縁を切らざるをえないよ、流石のあたしもそれは引くわ」
ボクも大概容赦ないと思うけど実の妹も容赦してないね!?あ、静音先生机に突っ伏して唸ってる…
「さて、唸ってるしず姉は置いといてご飯食べに行こうか?」
「反応全力スルー!?というか、放置プレイで大丈夫なの!?」
「一番良いツッコミを頼む、という訳で詠美?さ、ずずいっと」
……え?え、何この無茶振り。そんな事実際に振られてすぐさま反応出来るほどボク柔軟性高くないよ!?
何て内心オロオロしている様子に、鈴鳴はニヤニヤしているし静音先生はじーっとこっちを期待している様な眼差し送ってきてるし
「……って、よりにもよってツッコミ待ち!?何なの!二人共仲良し姉妹なの!?」
「そうだよ?もちろん、性的な意味で」
「ありません!仲は良い姉妹ですけど性的な意味ではありませんからね!?」
誤解されたらどうするんですかと続ける静音先生。…なんなの、姉妹漫才?それともフリ?
「そうそう仲の良い姉妹、つまりロッド姉妹…!」
「鈴鳴、それ血縁とか関係無いですよ?というか真昼間から下ネタ全開とか詠美さんが置いてけぼりになっちゃいますよ?」
「○ナルパール発言かました口が何を言うんですか。というか、ロッド姉妹の部分かな?…って、何が下ネタ?」
不意に口にした疑問、固まる静音先生、声を挙げずに大爆笑している鈴鳴。置いてけぼりのボク
「あー…詠美は知らなくて良いよ?うん、まだ知ってちゃいけない!綺麗なままの詠美でいて?あたし色に染めるまで!」
「な、何言いだしてるの!第一ボクはそっち方面の趣味ないって言ってるしそんなはぐらかす様な事なら最初から言うなっての!」
「…ところで痴話喧嘩は良いですけど、ご飯行きませんか?先生奢っちゃいますよ?」
…奢られるのはともかく、お腹が空いてるのはこっちも一緒なのでとりあえず近くに食べに行く事になった。
なったのは、良いんだけど…
「…大丈夫?目立ってない?」
「大丈夫大丈夫!イケてるイケてる!」
何故か第2保健室に備品として置いてあったエクステ、それを付けて耳を隠して出かける事になり
…帽子被るよりは楽なんだけど、何か落ち着かない気分。人目が気になるって言うか…
「うん、近くでじっくり見ない限りは大丈夫だと思いますんで安心してください。私が保証します!」
「しず姉のお墨付きは正直妹のあたしとしては物凄く不安になるんだけど、でも見る限り大丈夫そうだしフォローはするからさ?」
それにずっと帽子被りっぱなしってのも出来る訳じゃないし、試せるときに試しとかないとね?とか言われたら、確かに正論…
いつ治るかはっきり分からない現状誤魔化す手段も出来れば大目に欲しいってのはある訳で。
「いざとなったらコスプレ趣味です!って言い張っちゃえば大丈夫ですよ、きっと!」
「その時の周りの反応次第によっては心に傷を負うんだけど!?」
「そうなった時は私がケアすれば問題無いですよ!一応カウンセリングとかも出来ますし」
…そういえば第二保健室、カウンセリング専門だって言ってたね。その割に普通の保健室っぽい内装してたけど
「…って、とかもって何なの。静音先生カウンセラーじゃないの?」
「ああ、カウンセラーも出来ますけど…こう見えて医者なんですよ」
「…………うん?」
「あ、そういえば詠美にはまだ言ってなかったっけ。しず姉医師やねん、のっとモグリ」
「え、ぇー……」
パッと見だとどうにもそんな風に全く見えないというか…何か納得いかないというか
「実はこの学校の理事長と昔からの知り合いで、そんな縁があって良かったらここで働かないかって言われまして…」
「ほらほら、しず姉?そんな話はとりあえずご飯でも食べながらすれば良いじゃない?」
「ですねー、じゃあ行きましょうか」
…平然と話聞き流してたけど何なの!?というかどんなコネだよ!…色々と言いたい事はあるけど、とりあえず学校近くの喫茶店へと向かう事になった。
途中そんな唐突な話題に軽く混乱しかけつつも、目的地に向かって歩いていると
…何かさっきから、すれ違う人すれ違う人全員こっち見てる気がする。
鈴鳴の制服姿も、この近辺なら同じ格好をチラチラと見かけるし、静音先生も特に変わった格好している訳じゃない。
ボク自身も尻尾は厚手のコートですっぽりと覆い隠してるし、耳はエクステで見えづらい様にしてる。
春先なのに冬物を着ているのがおかしいのかと思ったけど多少の差異程度なものの筈。
そうして喫茶店に着いて食事をしている間も同じような状況が続き、鈴鳴も気づいたのか少し眉を顰めている。
その時静音先生はストローの袋が縮こまった状態に水滴を垂らして…
「って、何してるの!?本当に何してるの!」
「え、え?あ、これですか?紙製のストローの袋ってこうするとじわーって広がるんですよ?」
「うん、うん、それは分かってる。分かってるけど…今どきの小学生だってそんな事やらないよ!?」
「…ちょっと童心に帰ってみたくなったり?」
「しず姉…いや、最早何も言うまい」
…この先生、ちょっとどころかだいぶ抜けてるというか…自分で他の解決方法探そうかな。
そんな風に思い始めた学校への帰り道で、事件は起こる。
散々ツッコミを受けてやや凹み気味の静音先生と、追い打ちをかけている鈴鳴。そして他人の振りをして少し距離を置いて離れてるボク。
…頼って良いのか今更ながら不安だけど、少なくともボク自身に治せそうなツテが無いんだよね。なんて溜息をついているボクの前を、急に男が遮る。
突然遮られて何事かと思い、相手の顔を見ると
…見覚え、無いよなぁ
少なくとも初対面の男、年齢は大学生位だろうか?整った顔立ちで、まあイケメンって言われる部類なのかな?
少し気になるのは、何故か頬を紅く染めている事くらい…そんな風に思っていると
「あ、あの!一目惚れなんです!俺と付き合ってくれませんか!」
「……はい?」
いや、いやいや!?何なのその唐突な告白!と言うかボクそういうのあんま興味…いや、まったく無いと言い切れないけど、そりゃあ年相応にそういう話は興味あるにはあるよ!?でもこんな風にいきなり告白されるとか想定していないというか…もうちょっとこう、何らかの前置きとかあった方が気持ちの整理も付くというか。そりゃあ好きな相手とか気になる相手とか確かにいないけど、でもでも!やっぱりこういうのって慎重になりたいってのはある訳で…と、とにかく色々と時期尚早だよね!うん、冷静に考えていきなり言われてもボクは目の前の相手の事全く知らない訳だしこういうのって少なくとも互いを最低限知っている事が前提になるんだよね!なる、なる筈なんだよ!なるよね?なる、かな……なれっ!よし、という訳で断ろう。スッパリキッパリ断ろう!それにしてもボクのどこが気になったんだろうな…というか一目惚れって言われても一体何処に惹かれたんだろう。…髪色?確かにボクはクォーターで、あんまり見ない銀髪だけどでもそれだけが理由になるのかな…身体?いや、いやいや!もしそうだとしたらそれは全力で断るよ!って、ボクみたいな真っ平選ぶような物好きがいる訳ないか………自分で考えてて何か悲しくなってきたけど、そもそもボクは今コートを着ている訳だから身体のラインが出たってのは考えにくい。じゃあ、顔?いやいやそれこそありえないって!そんな一目惚れされる様な顔持ち合わせてないよ!もしそうだとしたら眼鏡ショップでも紹介するべき?あ、でもコンタクト着用してるって可能性もある訳だよね。…それこそ何でボクに一目惚れする事になるんだろう?うー、うー…ダメだ全く思い当たる節が無い…いっその事、断ってから理由聞いてみるのもアリかな?ああでも断ってからわざわざ聞くのってやっぱ失礼だよね?ああもう考えがまとまらない!もうちょっとシンプルに考えよう!とりあえず返事をする事が先決…それは断るとして、そこからどうする?………あ、そうか別にどうもしなくても良いのか。落ち着け…落ち着け天峰詠美、いきなり告白されたからと言って動揺して頭で考え過ぎだ!普段通りのボクらしく普通に応対すれば別に問題無いんだからね!?よし、じゃあ言うぞ…言うぞ今言うぞ!
「あ、えーっと…すみませ」
「ちょっと待ったぁッ!!」
…何、今の声。断ろうと思ってたら、何か後ろの方から聞こえてきたけど
「その子の事はさっきから見ていた!抜け駆けは許さん!ソイツなんかより俺と付き合ってくれ!」
「ちょっと待て、彼女は俺の告白に今答えようとしてくれてるんだから邪魔しないでくれ!」
「いや今明らかにすみませんって断ろうとしてただろう!見苦しいぞ!」
え?ちょっと待ったコールかかって別の男が乱入してきた?少し呆然として言葉を失っていると
「君達ちょっと待ちたまえ。今、私が彼女に交際を申し込もうと思っていたのに何勝手な事を」
「待たんか!こういうのは年長者から告白するもんじゃろうが!」
「恋にそう言った順番は無粋だと思います!」
「待ちなさいよ、この子は私が可愛がろうと思ってたのにしゃしゃり出てきて!」
「女は引っ込んでろ!」
「何よ、愛に性別は関係無いわ!」
「旦那と別れるから私と一緒になって!」
「Oh...プリティーガール...ミーのワイフにナッテクダサーイ」
「ねーちゃんとはオレがケッコンするんだぞ!」
「むぅ…拙者、忍びとして生きて十余年…このような気持ち生まれて初めてで御座る…」
「お姉さま…妹と呼んでくださいまし…」
………何だこの状況!?周囲に居た老若男女がわらわらと集まって何でボクに対して告白して争い始めてる訳!?
え、もしかしてこれがモテ期?…モテ期!?いやいやいや幾らなんでもこれは無いわ、性別とかそんなもん越えてるし…
というか今忍者混じってた!明らかに忍者混じってたよね!?
そして気が付いた時には何か周囲で取っ組み合いの喧嘩が始まってて…本当になんだこれ?
「おーい、詠美ー?大丈夫ー?」
「鈴鳴?…何だろう、現実味が無さ過ぎて逆に冷静になってきたけど…どうしようこれ?」
「ん、それはしず姉に任せてあたしらは一旦学校戻ろう?」
任せて良いのか物凄く不安なんだけど、とにかく騒ぎがこれ以上大きくならない内に退散する事にするのだった。