プロローグ:4月1日②
どうにかルームメイトの鈴鳴から色々と守りきったボク、天峰詠美だが、結局の所自体が進展したわけでも何でもない。パソコン辺りで検索かけても同じ様な症例何か調べた限り出なかったり…ちなみに、アナ○パールについて調べたらだいぶいかがわしい物だとすぐに分かったので後で鈴鳴は制裁しないと…
そうして時刻は午前9時。冬用のコートを羽織り季節外れになってるニット帽を被ったボクは今、通っている学校の第2保健室の前に鈴鳴と並んで居る。保健室の名がついてはいるが、どちらかと言えばカウンセリング専門の部屋と言う話を聞いた事はある。今回の件、カウンセリングとは全く関係無い筈なのに何でここに来ているかというと、それは
「という訳で、しず姉の保健室についたぞ」
「わざわざ言う必要あるの、それ」
鈴鳴の言い回しにツッコミを入れながら、この第2保健室に勤めている人物の事を思い出す。
ここにいるのは蟹岸静音(かにぎししずね)、隣にいる蟹岸鈴鳴の姉だという。
…何だか凄く静かそうな名前の人。対して同じ姉妹でこっちの鈴みたいによく鳴りそうな方はといえば
「ん、何?こんな所でキスねだるなんて…部屋に帰って二人っきりになったらね」
「何いきなり言っちゃってるのこの子!?ボク一言もそんな事言ったりねだったりしてないんだけど!」
「んもう…ルームメイト同士、目と目が合った時はキスの合図だって昨日の夜ベッドであたしに言ったじゃん?」
「記憶すら捏造?!そもそも別のベッドどころか鈴鳴は昨日コタツで寝てたじゃない!だから回りの皆もそんな変な目向けないでねー、全然そんな事実無いんだからねー…うん、痴話喧嘩じゃないよ!?ボクはノーマルだからね!」
「あ、乙女の秘密をバラしたな!?周囲に対して丸裸にしたな!?まあ詠美に丸裸にされると思うとあたしはもう…もう!」
「興奮しだすな?!というか本来の目的、本来の目的忘れないで!?」
「分かってる分かってるって、詠美はかわいいなぁ!」
「か、可愛いって言うなぁ!」
鈴鳴、ルームメイトであり、女のボクから見てもだいぶ可愛い部類に入る…とは思う。
思うんだけど、口を開くとこんな調子で…どこまでが本気でどこからがふざけているのか、実の所掴み所が分からない。
…頼っても良かったのかな、そんな風に不安な気分になれば
「ま、とことん付き合うしフォローもするからさ?」
なんて、人の気持ちを見透かす様な事を言ってくる。
とりあえず、今さっきのやり取りはこっちの気持ちをリラックスさせてくれる為の物だと納得して、第2保健室へと二人で足を踏み入れる。
掃除の行き届いた清潔な室内、保健室として変わった物は特に置いてはおらずごく普通に治療用の器具やベッド、流し台に冷蔵庫なども完備されている。
そして部屋の片隅には机があり、そこには……心地よさそうな寝息を立てて、誰かが突っ伏していた。
…はい?
「あ、しず姉また寝てるわ…」
「…え?いや、え!?またって一体」
いやー、それがね?と言いながら鈴鳴が冷凍庫から氷を取り出して、寝ている後ろに回り込んで、首元を少し開けて、氷を滑りこませて
「ひっ!あだっ、くぅぅぅぅ…っ!うぐっ!?」
あ、跳ね起きた。しかも起きた拍子に脛を机にぶつけたのか蹲って、頭もぶつけて…涙目になってる。
何となくだけど…この人に話してもボクの耳と尻尾の事、進展しそうにないなぁ。
「えー…すみません、お見苦しい場面をお見せしてしまって…」
「ああいえいえ気にしないで下さい、ぶつけた所は大丈夫ですか?」
申し訳なさそうにしている目の前の女性、30前位かな?眼鏡をかけてポニーテールをつけて…さっきまで突っ伏して寝てたから服の皺の跡が顔に移ってるのは黙っておこう。
「じゃあ詠美、紹介するよ?こっちの、さっきまで寝てたせいで顔に服の皺の跡が残ってるのがしず姉…蟹岸静音。私の姉でGカップ」
「ええ!?嘘、そんな跡が…あ、後何を勝手に人の胸のサイズ発表してるんですか!しかもこの間サイズが大きくなったばっかりなの、誰にも言ってないのに…」
「HAHAHA!妹の情報網を侮らない事だね!んで、こっちが今回相談したい事があるって言う天峰詠美、私のルームメイトでボクっ娘で平カップ」
「何かロクでも無い情報網を持ってるみたいだけどね、何だよ平カップって!せめてアルファベットで答え・・・って、そう言う問題でも無いよ!早速脱線してるし!」
「いやー、あたしなりに場の雰囲気を和ませようと思ってね?ちなみにあたしはDカップなんで。」
「え、何それ思った以上にある…!?って言及するのは良いから本題に入らせてよ!」
埒が明かないとばかりに帽子を外し、コートも脱いで耳と尻尾を見せる。
「…か、蟹岸先生?何故か今朝起きたら急にこんな事になっちゃってたんですが」
「なぜ言いにくそうに私の名前を…静音で構わないですよ?それにしても今朝急に…ですか、鈴鳴?もしかして詠美さんに悪戯を…」
「詠美には、寝てる時には何もしないよ?」
…ボクじゃなかったらするんかい!それで何か納得している静音先生も静音先生だよ!?顔立ちは似てるけどこの辺の理解の度合いは姉妹っぽいね
「そうですかー…ちょっと見させて貰って良いですか?うん、完璧にくっ付いてますもんね。尻尾の方もアナ○ビーズの類では無いようですし」
ああうん、完璧に姉妹だこいつら。尻尾=アナ○関連って、こんな発想がおかしいよ!でも、変に突っ込むと話が進まなくなるし…ああもう!こっちは真剣に悩んでるってのに!
「ね、ね?しず姉しず姉、詠美がガチで頭抱え始めてるからそろそろ何か具体的な対策してもらえない?」
「あー…そうですねー…とりあえず、似た様な症例が無いか友人知人に当たって見ますよ。後、学校の方には私が対応しますんで、髪の毛ならウィッグとかで隠したりしてそれまで凌いで貰っていいですかね?」
「……あ、はい」
なんか急にまともな展開になってきた。…これはこれで慣れないな。
…それにしてもこの耳、何か変な感じがするんだよね。
鏡で初めて見た時、実の所少し引き込まれそうな、魅せられたというか…そんな感じがして、ただの耳の筈なのに…何か変な感じ。
静音先生はしばらくどこかに連絡を入れてから、ボクと向かい合って色々と質問をしてくる。
何か前兆みたいなものが無かったのか、というのを調べようと思ってるのだろうか…まあそれで元に戻るきっかけが出来るならお安い御用だけど。
名前や、趣味や、得意な教科や、普段の生活や、鈴鳴が何をやらかした等…
「なるほどなるほど…あ、ちなみに詠美さんって出身はどちらの方に?」
「隣の県、籠杜(かごもり)市って所です。結構山が近い所に…」
「…籠杜市?」
…特に眉を顰められる様な所じゃないと思うんだけど。
そんな風に不思議に思っていると
「あの…もしかして詠美さん、今朝のニュースを見てはいなかったりします?」
「え?えぇ、今朝はちょっとお宅の妹さんを押しのけてたんで…」
思えばあれからバタバタと冬物コートを引っ張り出したりで、ゆっくりテレビも見ていられなかったっけ?
そんな風に思っている横で、漏らす様な鈴鳴の言葉
「あ、もしかしてあたしが今朝見てたニュース。山崩れがあった所って詠美の出身地…」
「…え?」
時間が止まった…そんな錯覚を覚えるほど、信じられない話で…山、崩れ?…え?ニュースになるレベル…それってまさか…
「そうですか…。まあ山の一部が崩れただけで、実質街や人的被害は無いって話ですんで、詠美さん?一応ご家族の方にご連絡を入れた方が……詠美さん?」
「…あ、ああ!そうだね早く連絡入れて確認しないとね!?」
慌てて携帯を確認すれば、母や父、地元の友達からのメールやら着信履歴やら…どれもこれも無事を知らせる物で
全く…心臓に悪いよ、ホント……
そうしてその安堵が、何やら重要そうな出来事をスッと流してしまった事に気付くのは原因が発覚した直後の事であったのは言うまでもなく。
……だって安心したんだもん、無茶いわないでよ。