その男、嘘つきにより
「リョウ、6限目終わる」
私の言葉を聞いているのか、いないのか、リョウはちらりとこちらを向くと、また何事も無かったかのように白い煙を吐き出した。学校の屋上で行われる行為としては、喫煙なんてもっての他だ。そんな私も、一緒になって授業をサボっている訳だから、同罪なんだけれども。
秋風はリョウの茶色の髪をなびかした。傾きかけた夕日の光を浴びた耳元のピアスは、小さく輝きを発している。
「リョウ!」
「はいはい、行きますよ〜」
まさにへらへらというように笑ったコイツの言動の半分は嘘だ。
「ハルナ、リョウちゃん、遅い!」
そう言って愛らしく顔を膨らませているのはナツミは、私たちの大切なお姫様だ。オレンジ色に染まった教室には、私たち以外誰もいなかった。
「ごめんって。怒らない怒らない」
「ナツミ、今日四之宮さんとデートでしょ?早く行かないと間に合わないよ」
「そうなんだけど、二人にバイバイ言ってから行こうと思って」
何の照れも無く、純粋にそう言ったナツミを、私はとても愛おしいと感じた。そして同じようにリョウも思っているはずだ。
「いいねぇデート。ハルナ俺らもどう?デートしない?」
「リョウ、うざい」
これも嘘。全部嘘。
「んもーハルナぁ、リョウちゃんに優しくしないとダメだよ」
ナツミは笑いながら冗談っぽくそう言うと、幸せそうに愛しい彼の元へ去って行った。
「ハルナぁ、リョウちゃんに優しくしないとダメだよ」
リョウがふざけてナツミの真似をして言った。私はそれを無視して、帰りの支度を始める。
「相変わらず俺のお姫様は機嫌悪いなぁ」
嘘つき。リョウのお姫様は私じゃなくてナツミじゃない。私はリョウの嘘を聞く度、バカみたいに腹を立てていた。
リョウがナツミを好きなんだと気付いたのはいつ頃だっただろうか
リョウは私に好意をもっているフリをする。それはあくまでもフリであって、本当に好きなのはナツミなのだ。私はナツミに気付かれないためのカモフラージュ、それだけの存在。いつまで茶番劇を続けるつもりかは分からないが、私の苛立ちは限界に来ていた。
「ねぇリョウいつまで嘘つくの?」
「何の話?」
「ナツミのこと好きなんでしょ」
「んなわけないじゃん。俺が好きなのは……」
「私とでも言うつもり?そうやってまた嘘つくの?」
私はいい加減はっきりさせたかった。ナツミを傷つけたくないのは分かる。でも、私にはちゃんと気持ちを言って欲しかった。本当のリョウの気持ちを。
「ははっ、まいったな、ハルナ気付いてたんだ」
リョウは悪びれる様子も無く笑い、内ポケットから取り出した煙草に火をつける。
「俺にしては珍しくマジだったよ」
リョウは誰もいない教室の窓を開け、煙を吐き出す。毒を含んだ煙は、やんわりと空気に混じり、私を追い詰める。ナツミを傷つけたくなかった訳じゃない、自分が傷つくのが怖かったんだ、そう言ったリョウを見ていたら、本当に苦しくなってきて、悲しくも無いのに涙が出そうだった。
「リョウ、こんな所見られたら退学だよ」
「俺が退学になったら泣いてくれる?」
「絶対泣かないわよ」
リョウは私の顔を見て、一瞬驚いた様子だった。
頬を伝う冷たい液体は決して涙なんかじゃない。そういくら強がってみても、目から零れ落ちる涙は止まらなかった。鼻の奥がつんと痛む。
「泣いてんじゃん……って、俺もか」
リョウは笑いながら、一筋の涙を流した。リョウの整った顔を、真っ直ぐに流れ落ちる涙は、本当に綺麗だと思った。
「かっこわりぃ俺」
「かっこ悪いよ。バカみたい」
私はリョウの煙草を持っていない方の手を取り、強く握り締めた。
「ハルナ、こんな時になんて奴だって思われるかもしれないけど」
リョウの言葉の半分は嘘。
「俺、お前が好きだよ」
「ホントになんて奴だ」
例え半分は嘘だとしても、私は残りの半分に賭けてみたかった。信じてみるのも悪くない。だって君を思う私の気持ちは、本当の気持ちなのだから。